迷子になりながら働いていた頃に頼ったアルコール《20代_4》
B型事業所に勤務していた頃
自分の働き方がこれでいいのか
この先続けていけるんだろうか
と迷いながら、働いていました。
相談したり頼ったりする事が苦手な私は、一人で何とかしようと考えます。
当然上手くいかず、学生の頃から習慣になっていた晩酌も、量ばかりが増えました。
働き出してすぐ一人暮らしを始め、同時に、疲れをお酒に癒してもらう生活になりました。
最初の頃は瓶で一升、銘柄も選んで買っていた焼酎も、一人暮らしを始めて数ヶ月で瓶の処理が面倒になり、紙パックに切り替えます。
紙パック、ほんと合理的です。
保存を考えれば瓶の方が良いのかもしれません。
でもどうせすぐ無くなるんだし。
むしろ、新鮮なうちに早く飲んであげないと!と思えるので、すぐになくなっても罪悪感ゼロ!
捨てるのも手軽!
良いことしかありません。
そんなわけで、家から徒歩一分の激安スーパーで銘柄も選ばず、安いものを買うようになりました。
一人暮らしを始めて一年もすると、焼酎を毎晩3、4合飲んでいました。
翌日に臭いを残さないギリギリの量。
…だと自分では思っていましたが、残っていたかもしれません。
仕事帰りに一人で職場近くの居酒屋に行き、ボトルを入れる。
電車で寝過ごしても帰ってから吞みなおす。
記憶が無くなることにも慣れ、転んで怪我をしたことも。
それでも休日には、呑みながら掃除もするし、食事もつくる。
迎え酒って、特別感もあっておいしかったんですよね。
ある時期までは。
楽しいことがあっても嫌なことがあっても、仕事が上手くいってもいかなくて困っていても、先の見通しが立たなくても、とりあえず呑んでいれば考えは保留できるし、寝てしまって翌日になって仕事に行く。
今でも贅沢な過ごし方だな、と思います。
当時、自分のことも他人の事も、身の回りのことほとんどを認められなくて、嫌いで、その感情処理をお酒に頼っていたし、頼らなければ暮らせなかった。
逃げていたと言われればそうかもしれません。
でも今振り返っても、この時期にお酒に頼り、何とか過ごして来れたからこそ今がある。
あの経験があって良かったと思えるようにもなった。
何より、当時は確かに助けられていた。
だからやっぱり、頼って、助けてもらっていたのだと思う。
そんな生活を送っていた頃、職業人生の中で大切な縁を頂きます。
異動先、次の職場で出会った上司と、勉強会を開催してくださっていた精神科医の先生方。
このあたりはもう少し先に、別に書かせてください。
長文読んで下さり、ありがとうございます。