『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』藤井一至氏のように現場で汗を流す研究者が必要だ(環境研究)
地球上には12種の土があり、ウクライナの小麦を生み出す土壌が、ミミズの作った肥沃な「チェルノーゼム(黒い土)」だということを知ってから、土壌の地政学への影響に興味を持つようになった。すると、藤井一至氏というユニークな研究者の存在を知ることになり、本書に行き着いた。
宮沢賢治が農学校の教師であったとこは知っていたが、酸性である日本の土壌を改善するため当時の小岩井農場(現在の小岩井乳業)が成功した炭酸カルシウムによる土壌改善事例から、石炭肥料のセールスマンになっていたとは知らなかった。彼は、「ご存知ですか新肥料・炭酸石灰 他の及ばぬ甚大なる効力」というキャッチコピーで、東北中に売って歩いていたという。また酸性化されている日本の土壌は、藍色の紫陽花を咲かせるが、糞尿のリンにより都市部と農村部でリサイクルしていた江戸時代の話にも驚きだ。どうやら江戸時代の糞尿には5段階の格付けがあり、一番高価なものは大名屋敷のもの、つまり、地位の高い人のオシッコは贅沢なものを食べているため、排泄物に含まれる肥料成分も比例して多いというのだ。しかも、オシッコはウンチより栄養分が多く、尿素はアンモニアより土が酸性化しにくく、土に優しい肥料とのこと。1ページ読むたびに発見がある実に楽しい本だ。
しかしながら、現在の日本の農業は肥料の大半を輸入に頼っている。以下の農林水産省の資料(肥料をめぐる情勢について)を見ると、経済安全保障の概念をビルトインする必要性があることを痛感する。
土を知ることは、人々の生活を支える基盤を知ることだということが、科学的に分かりやすく理解できる本書の存在は大きく、日本の貴重な知的財産と言えるのではないだろうか。「土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて」 (光文社新書) と合わせて読むと、日本とグローバルの土壌の両方を整理して頭に入れることができる。今回のウクライナとロシアの戦争で「土壌」というものも地政学の要素のひとつとなることを学ぶことができたのは、これらの本の著者である藤井一至さんのお陰である。彼の今後の研究成果を読書する日を楽しみにしたい。