見出し画像

『VADER TIME ベイダータイム 皇帝戦士の真実』感想


2018年に亡くなったベイダーの自叙伝。
英語版が出てたのを翻訳したよう。
上下二段組で400ページなので相当な量があるが日本語版にするにあたってこれでもだいぶ短くしたらしく、原著はもっと長いそう。
バラク・オバマの自伝みたいだ。

ベイダーがもともとはアメフト(NFL)のスター選手だったのは知ってたが、引退後しばらく不動産業をやっていたのは知らなかった。
セールスマンとしてはわりと優秀で(本人談)、稼いでいたらしいがアメフトで鍛えた身体が崩れていくにつれ「このままでいいんだろうか」と考える。
そこで見えたのはくたびれたスーツを着て不機嫌そうに働く未来の自分の姿で「そんなのは嫌だな」と考え、大きな身体を使った仕事を考える。
このあたりは秋山準とまったく一緒なのが興味深い。

あるときジムで鍛えてると知り合いから「そんないい体してるんだから、プロレスでもやったら?」と言われ、「そうだな…プロレスか…!」と傾いていく。
その頃生活していたのはコロラド州デンバーで、そこではAWAがテレビ放送されていた。
当時のスター選手はスタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ、ジェリー・ブラックウェル、カート・ヘニング、スコット・ホール。

そこでAWAのオフィスに連絡して面談のため会場に行くも間違って選手の控室に入ってしまい、“闖入者”として見つかってブロディにドヤされる。
結局AWAでデビューできることになったが、デビュー後の相手は連日ブロディだった。
そこでベイダーはブロディから毎日バシバシやられて「ええ…プロレスこんな痛いの…?」となる。
とにかくダメージが回復しない。
次に戦うのはスタン・ハンセンで、やっぱりボコボコにされる。「ええ…こんな痛いの…?」と。
そうこうするうちに他の選手と戦うと、その選手が「ベイダーとはやりたくない」とオフィスに言うようになった。
ハンセンとブロディにやられて覚えたせいで、ベイダーは「力加減のできないレスラー」として育ってしまった。
その後いろんな選手に教わるにつれ少しずつ加減を覚えていくが、スタートがスタートだったためこの後もベイダーは「ハードヒットなプロレス」を求めるようになる。
仕事のやり方はだいたい最初の職場環境で決まる。


自伝はそこからベイダーのキャリアとともにいろんな団体に出ていろんな選手と戦い、いろんな事件のエピソードが細かく綴られていくのだが、読んでいて「よく細かいところを覚えてて、また表現が上手いな」と感じる。インテリジェンスな人だったんだろう。

たとえば後年のWWE時代にミック・フォーリーと戦って試合中フォーリーの耳が取れてしまう事故があったのだが、その試合の詳述はこういう言葉で締められている。

「大ケガをしながらやり遂げた試合というのは、不思議な道を示すものだ。俺の場合は目玉が取れた試合(=1990年2月のハンセン戦)でWCWに注目してもらえることになった。ミックは耳をなくした試合で、プロレス界の“ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ”になった(=ゴッホは耳を自ら切り落とした)」

このハンセンとの試合で眼がとれかかる話もまたえぐい。プロレス、過酷すぎる…!

ベイダーが語るプロレスの「ファイトスタイル」がまた面白い。
アメリカのプロレス、ヨーロッパのプロレス、日本のプロレス、そしてUWFスタイル。その違いを細かく説明している。
UWFスタイルは「勝敗は決まってるが、あとはシュートで入れてくる」。
だから基本、受けはできずブロックする。真剣に入れて、入れられてなのでダメージが残りやすい。
でもブロックしてばかりだと試合が面白くなくなってしまうので、盛り上げるためにある程度受ける。
ただ真剣に攻撃が入るのでダメージは尋常でなく、これはちょっとヤバい!というところで強引に反撃したりする。
そういう攻防がわりと上手くできたのが山崎一夫戦だった、とか。へええ。
Youtubeにあったので見てしまった。
たしかに観客がめちゃめちゃ盛り上がってて、なるほどなあと思った。


この本では今まであまり表に出なかったプロレス界のいろんな事件の舞台裏がベイダーの口から語られる。

新日本両国暴動、モントリオール事件、馬場逝去、ノア退団の舞台裏。

もちろん、“ベイダー主観“なので、他の当事者たちからは話を聞けば少し違ってたりすることも多いだろう。
それでもやはり当事者の言葉は生々しく、驚きをもって読むくだりも多かった。
リック・フレアーとショーン・マイケルズ、ハルクホーガンあたりは普通の感覚じゃ付き合えない人たちなんだろうな…というのはよくわかった。


後半はレスラー生活で何回か負ったケガの後遺症に苦しみ、それがもとでうまくパフォーマンスできないので心を崩し、心を崩して酒とドラッグに溺れてしまい、それによって深刻な体調不良に苦しみ、リングからどんどん遠ざかる…という負のサイクルが進んでいく。
読んでてつらい部分も多かったが、そこを含めてさらけ出すんだな…と実感する。


内容の濃さでは今年一番のプロレス本だった。

ベイダーで思い出すのは、この本の中でも出てくる猪木ファイナルカウントダウンの時の猪木戦かな。1996年。ベイダーの投げっぱなしジャーマンで猪木がヤバい角度でマットに落ちて「えええええええ!!!」となったのを今でも思い出します。あれは稀有な信頼関係だったんだな。

いいものを読ませていただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?