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朝ドラで出会った「妄想の話」

もうすぐ朝ドラの「らんまん」が終わる。

ご存じの方も多いと思いますが、、、
(そりゃ国内で最も有名なドラマ枠ですからね。。。)
神木隆之介さん演じる植物学者「牧野万太郎」と浜辺みなみさんが演じるその妻「すえちゃん」を中心に、江戸末期~明治にかけての日本植物学の黎明期を描いている作品です。

歴史ものが好きな自分にとっては、ライトな大河ドラマを見ているようで興味深くて(同時並行の大河ドラマ「どうする家康」もライトな大河かもしれない。。。内容は意外に玄人好みですが。。。。)見られなかった日は、NHKオンデマンドで後追いするほどに見続けてきた。

=ここから少しネタバレを挟むことになるが…=

この話のなかで、主人公と同様に話を盛り上げてくれるのが主人公の妻「すえちゃん」です。
(「すえ」と呼ぶには気安いが、「すえちゃん」と呼ぶのも、気持ち悪さが否めない。。。)

その「すえちゃん」は、母親譲りの起業家気質があり、全体を通して、少しつづつ起業家として花開いていく姿は、なかなかに見物である。

実は、本編に登場する主人公の姉「あや」さんも、主人公の代わりに女性として酒蔵を継いでいた(育ての親であるおばあちゃんも女主人であった)。また、振り返ってみると、前回の朝ドラ「舞い上がれ」の主人公「まい」も女起業家として大成していく物語であった。

さらに、広げると昨年ヒットした「ガンダム 水星の魔女」も女子が起業していく(そのほか、ドラマなど入れると枚挙にいとまがない。。。)

「女性活躍推進=女性起業家」というエッセンスが所々に踏まえられていて、そういう時代の風を感じるとおもう。

そのこと自体はロールモデルを示すこととしても一定の有効性があって、憧れてめざす人がどのくらいいるかは脇に置いたとしても、いいことなのだと思う。

結構脱線してしまったが、今回お話ししたかったことに話を戻す。
そうそう、「妄想」についての話だ。

話は、朝ドラに戻るが、
妻「すえちゃん」が終盤で、大きな事業を始めるにあたって、
勤め先の女性から、「事業をしてみないか?」と誘われるシーンがあるる

その女性が。。。

これはあくまで妄想の話なんだけどね。。。
(実際のセリフとは違いがありますが、本論ではないのでご容赦を…)

と切り出して、
「このようであったらよいと思わないか」という話を「すえちゃん」にするのである。

そして、
「その妄想を実現するとすれば、こういう必要がある」と話しつつづけるのである。

これって、
ビジネス界隈で一般に言われる
「バックキャスト型の思考」というやつだなと思いました。

ただ、何がいいって
「目標」とか、「ゴール」とか言わないところがいいんです。

あなたには、こんな目標があるのじゃないの??
とか、先輩の女性が頭ごなしに行って来たら、ホント興ざめです。
(自分も結構後輩に言っちゃっているかもと、、、反省しつつ、、、)

「妄想」という言葉は、万人にとてもフラットだなと感じました。

「目標」や「ゴール」というと、「達成しなくてはならないもの」という一種のプレッシャーや、言葉に内在する「良さ」や「善」みたいなものがあるような印象をうけます。

しかし、その点「妄想」は「妄言」の「妄(まことがない。うそいつわり。でたらめ。)」であるように、その思考自体には良いも悪いもなく、(むしろ悪いくらいかもだけど??)まさに「ゼロベース」の思考実験ができる、しかし、具体的に事象も設定でき「達成目標」としても機能するのかもと。

だから、実はプレッシャーなくフラットに、
ゼロベースで思考できる強力な思考ツールなのでは??と思ったのでした。

だから、最近はそんな狙いをもって

「此れは飽く迄も妄想の話」なんだけどね。。。
って言葉を枕詞にして、いろいろなディスカッションをしています。

今回、初めてnoteに手を出すにあたって、
このタイトルで書いてみようかなって思います思います。

実は、noteに参加しだしたのも
別の「妄想」に基づいて、動いてみた実験なのです。

さて、どんなことが起こるか、変わるか、もう40近いいい年ですが、
再度エンジンをかけ直したくて。。。

「此れは飽く迄で妄想の話」というマジックワードで新たなことに出会いたいなと思う次第です。

長文となりましたが、最初なのでご容赦を。
何卒よろしくお願いします。

イノコマサカズ

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イノコマサカズ
ありがとうございます!ぜひあなたの「妄想の話」もお聞かせください。