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メルマガ~いのちの授業 あの日から(9号)
『尊厳ある生』
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「お願い、もうやめて…。お願い、もうやめて…」
ターミナルを迎えた景子は、無意識の中で何度もそう繰り返しました。誰よりも頑張った景子が、最後を悟った。私は景子に言いました。
「もういいよ。もう頑張らなくていい。もう、いきないさい…」
翌朝、景子は顔面蒼白になって全身けいれんを起こしました。脳への転移が進み、脳圧が上がったのです。主治医が私に尋ねました。「どうしますか?」
私は、痛みや苦しみがコントロールできなくなったら、鎮静剤で眠らせてほしいとお願いしていました。
それが、事実上の別れになることは十分認識していました。鎮静剤を投与すると、景子は静かに眠ったままになりました。私は主治医にお願いをしました。「痛みと苦しみは除去してください。それ以外の延命処置は望みませんので、治療を止めてください」
主治医は驚いた表情をしながら言われました。
「個人として、そのお気持ちは分かります。でも、それは安楽死になります。もう景子ちゃんに良いことしかしません。あと数日、一緒に良い時間を過ごしましょう」
自分の子どもを殺そうとは思いません。
しかし、これ以上治療を続ける意味が私には分かりませんでした。でも、あと数日とのこと。医師に任せることにしました。
しばらくすると、看護師長さんが病室に来て淳子に言いました。「お母さん、泣いてちゃダメですよ。景子ちゃんは、まだ頑張っているのだから」。その二人の姿は、まるで水槽の中のように映り、全く現実のことに感じられませんでした。
その後、私には信じられないことが続いたのです。
ある看護師さんが体拭きに来てくれました。タオルを持つと、「あれ、冷たいね。景子ちゃん、冷たいのは嫌だよね。温かいのと替えてくるからね」。別の看護師さんが食事を持ってきてくれました。「景子ちゃん、大好きなハンバーグだよ。みんなでいっぱい旗を立てたから食べてね」。主治医が排尿の処置をすると、「景子ちゃん、すっきりしたね。いっぱい寝れるぞ」と。みんな、景子が意識がないことを知っていました。
私は初めて気づきました。
私は、どう看取るか、尊厳ある死を思っている。周りの人は、どう寄り添うか、尊厳ある生を思っている。尊厳ある死は、尊厳ある生の先にあるんだ。
尊厳ある生―。景子が旅立つ十数時間前にやっと思い至りました。
日本では、昨年、約158万人が亡くなりました。
ひとり一人が、「生」と「死」の選択を求められる時代になっています。一つの「いのち」は、周りの人に大切なことを届けてくれます。その思いを心に刻んでいたいと思います。
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