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安定同位体比を用いて農地生態系の食物網を探る
農地生態系の食物網構造を正確に把握する手法として安定同位体比分析法があります。
窒素安定同位体比を比較することで、土壌動物の体およびその生活を通して生成される糞および土壌(土壌有機物)の関係を理解することができます。
農地に棲息する動物のはたらきを把握する
有機物を利用した有機農業畑では、慣行農業畑に比べ多様な土壌動物が棲息しています。
土壌動物はそれぞれの食性によりその機能(はたらき)が異なります。土壌動物の種間の関連や機能を明らかにし、農地生態系の食物網構造を正確に把握することは、そのはたらきを栽培に活かすうえで重要です。
これを可能にする手法として注目されているのが安定同位体比分析法です。一般に多くの動物では、体の炭素安定同位体比は餌とほぼ同じか、体の方が1‰(パーミル、1000分の1)程度高く、餌と動物の窒素安定同位体比の差は3-4‰であるとされ、この関係を用いて農地生態系の食物網構造の研究が可能であると考えられます。
動物およびその餌、糞の関係を明らかにする
土壌動物体およびその餌、糞の窒素安定同位体比を比べたところ、餌資源に比べ、動物体および糞の窒素安定同位体比の値は高くなりました(図1)。
すなわち、動物の活動を通じて土壌有機物、そして土壌の窒素安定同位体比の値が高まっているのです。
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土壌動物の体およびその生活を通して生成される糞(土壌有機物)は、土壌中の窒素安定同位体比を増加させるのに寄与しています。
安定同位体とは
同位体というのは原子番号(陽子数)が同じで、質量数(陽子と中性子の数の和)が異なる物質のことをいいます。同位体には、放射能を発して中性子を放つ不安定な放射性同位体と、常に安定な安定同位体とがあります。たとえば炭素では、12Cと13Cが安定同位体(Stable Isotope)であり、14Cが放射性同位体です。また、12Cに対する13Cの割合を炭素安定同位体比、δ(デルタ)13Cといいます 。
窒素安定同位体比(δ15N)は食物連鎖に従って、濃縮していくことが知られています。炭素安定同位体比(δ13C)は初期生産者(陸上--植物、海洋--植物プランクトン)の値を反映します。これより、安定同位体比は食物連鎖などの生態系を知る手がかりとなります。
なお、ここで用いている数字(12、13、14、15)は、本来は上付き文字です。
引用文献
藤山静雄・藤田正雄・U. K. Aryal( 2002)農業生態系の土壌圏-安定同位体比を用いて食物網を探る-.環境科学総合研究所年報21:59-64.