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商人のDQ3【66】ヘルコン㌦は飛んでった

「こっちだよ、冒険者さん!」

 少女時代のマリスが、山道を元気にスキップしながら道案内。後方から付いてくるのは、若かりし頃のピサロが率いるスパニアの探検隊。

「大丈夫なんですかい、ボス?」
「心配ない。彼女はインコの民、このあたりは庭のようなものだろう」

 どこまでも高く青い空を、野生のヘルコンドルが悠々と翼を広げて飛んでいきました。

 サマンオサ地方は、周囲を険しい岩山に囲まれた辺境の地。これまで多くの冒険者を拒んできましたが…同時に、独自の高度な文明を育みました。
 北のアズテカマーヤ、南のインコ。そのすべてが、東の海を渡ってきたスパニアのコンキスタドールに侵略され滅びることになるとは。

 このとき、若く世間知らずなマリスには知るよしもありませんでした。

「あれがデチュ・マチュの都だよ」

 高山の上に築かれた、石造りの天空都市。その壮麗さに、ピサロたちスパニアの探検隊が息をのみます。多くの商人が行き交い、市場の豊かさは目をみはるばかり。

「こんな山の上に…」
「避暑地には、もってこいだな」

 一行が目的地に到達すると、マリスが元気にピサロの元へ駆けてきます。

「ピサロさん、冒険のお話聞かせてよ!」
「そういう約束だったな、ラ・ピスピタ(おてんばさん)」

 自分の定位置とばかり、無邪気にピサロの膝へ腰掛けるマリス。その様子を、微笑ましく見守る探検隊の面々。
 身寄りのない孤児マリスが、あてもなく山々を渡りながら歩く先で偶然に出会ったスパニアの冒険者たち。それがマリスとピサロの馴れ初めでした。ピサロは、山歩きに慣れた少女をガイドとして雇うことにします。

 それが、各地を見て回る間に。マリスはすっかり探検隊リーダーのピサロに懐き、妹分のような存在になっていました。一部のメンバーからは、愛人とも現地妻ともからかわれます。

※ ※ ※

「ええ〜っ!?」

 マリスの昔話に、現在とのあまりの変わりように驚きを隠せないマリカ。

「そう。ボクはインコ出身で、ピサロの恋人だったんだ」

 ということは、マリスが船の上で産んだ子の父親は。

「隠してもしょうがない。いずれ分かることだしね」
「ピサロって、あたしの祖父にあたるわけ…?」

 静かにうなずくマリス。ショックでぼうぜんとするマリカを、アッシュ少年が後ろから優しく支えます。

「その頃のピサロさんって、きっといい人だったんだと思います」
「そうだね。一攫千金を夢見る、どこにでもいる冒険者だったよ」

 全ての冒険者は、道を誤ればピサロのような悪魔になりうる。悲しいけれどねと、マリスがかつて愛した男の行く末に目頭を押さえます。

 そう、幸運の女神に選ばれし者だったのに!!

※ ※ ※

 サマンオサ地方の探索で十分な成果をあげたピサロは、いったん本国スパニアに帰って報告。しかし半年後にマリスが再会したときには、侵略のための軍隊を連れていました。

 デチュ・マチュの都が、ピサロ率いるスパニア軍の攻撃で燃えています。

「これ以上、マリスを悲しませないでほしい」
「エリック、お前も私を裏切るのか」

 スパニア探検隊の一部は、本国に帰還せず孤児のマリスと一緒に暮らしていました。ピサロが本国から戻ってくるのを待ちながら。でもまさか、その結果が本国からの侵略だったなんて。現地の人々と深く交流し、親しみを抱いた探検隊のメンバーには受け入れられないことでした。

 裏切ったのは、はたしてどちらだったのか。

「ピサロごめんね、ボクもう…一緒にいられないんだ」

 マリスがひどい頭痛に苦しんで頭を抱えながら、大粒の涙をこぼして。

殺された人たちの声が、頭の中で消えないんだ! ピサロを殺せ、侵略者に復讐しろって!!」

 残留組のメンバーはまともに立てない彼女を支えながら、距離を置きつつピサロと対峙しています。

「撃て。反逆者どもを抹殺しろ」

 軍を率いるピサロが、鉄砲隊に指示を下します。このときすでに、インカの黄金に目がくらんだピサロは人の心を失ってしまったのでしょうか。
 サマンオサの民は奴隷として捕らえられ、ポトシ銀山で強制労働に従事させられていました。

(引用)精錬所で挽かれて粉になったのは鉱石ではなく、インディオの生命である。1ペソ銀貨の1枚1枚にインディオ10人の生命がこもっている。山にこだまするたがねの音はインディオの悲鳴であり、うめき声である。<青木康征『南米ポトシ銀山』2000 中公新書 p.129>

  インコの呪われた黄金が生まれた瞬間でした。それらの金貨銀貨はスパニアの債務返済や戦費にあてられ、広く流通した結果カリブ海の悪徳の都ポート・ロイヤルに集まります。のちに軟弱な地盤により、地震で海に沈んだとも伝わるポート・ロイヤルですが…それも、虐殺や強制労働で命を落としたインコの民の呪いに違いないと、人々はウワサしました。

イエローオーブは人から人へ世界中を巡り巡っているそうじゃ。

 さらに悪いことに、このときイエローオーブもポート・ロイヤルで売りに出されていました。呪われた黄金のせいで、ポート・ロイヤル近海には今も船が立ち入ることはできません。

「うわあぁぁぁっ!!」

 ピサロの指示で火縄銃が一斉に放たれた直後。マリスの全身から黒い鎖のようなものが無数に放たれて、全ての銃弾を弾きました。鎖はマリス本人と探検隊メンバー、さらにはピサロをもがんじがらめにします。

「何だ…これは!」
「悪魔憑き! デモニスタだ〜っ!!」

 マリスには、たぐいまれなシャーマンの素質があったのでした。それで、スパニアの悪逆非道により命を落とした人々の「声」を一身に集めてしまい膨大な負の感情エネルギーが暴走。それは制御不能の呪いとなって、マリスと仲間とピサロを人ならざる者へと変えてしまいました。

 以後、マリスと仲間たちは年を取らず7年に1日しか上陸できない呪いを受けて海へと追放され、紆余曲折の末に幽霊船フライング・ダッチマン号を手に入れます。そしてそこで、ピサロの子をみごもっていたマリスは女の子を産みました。
 ピサロは逆に、海(マリス)に拒絶されて年を取らず水に浮けない身体となり、さらに悪逆非道を重ねて人でありながら怪物ボストロールに成り果ててしまいました。悪魔の実の能力者ですか、あなたは。

「ピサロ! ボクがお前を止める、インコの民の生き残りとして!!」

 あまりにも悲しい、海賊少女マリスの誕生秘話でした。


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夢を渡る小説家イーノ
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