ベナ拡第8夜:強襲!ブラックマーケット
ブラックマーケット
松戸市内のあちこちに点在する、不思議な空き地。
何のためにあって、なぜそうなったのか。それは人々の想像をかき立てる。
今はもう営業してない、飲食店の廃墟。かつての宅地開発の名残。それらは夜になると、夢の中で息を吹き返す。空き地に別の店が立つ。現実の夜景と重なった、拡張現実の夢ならではの光景。
「変な子ぉが住んでるぅ、変な街はぁ♪」
「カオスでマッドな、マッドシティ♪」
夜の街にどこからか、エルルちゃんズの歌声が。松戸市で夕方に流れる、子供らに帰宅を促す防災無線の替え歌か。ある有名なコメディアンの持ちネタと混ざってるよ。
ARは、現実にありもしない蜃気楼を重ねて見せる。中でも最大のものが、罠の谷のブラックマーケット。昼の顔は、松戸南部市場。住所の表示は松戸新田だけど、夢の中ではニューフィールド。
各地のパワースポットから採取されたレア素材、ヒュプノクラフトを用いた魔改造で付加価値のついたガチャ装備に、姫ガチャで当てた異世界の姫まで人身売買されるとウワサの、何でもアリな闇市。昼間は、普通の魚市場。
市場の脇には、大きな体育館が丸ごと収まりそうな駐車場。なぜか車一台止まっておらず、放置されてる。夜になれば、炎を噴き上げる塔をバックにアラビアンナイトの宮殿が現れる。闇市の主、山椒太夫の奴隷御殿。
(目立つオレっちが、まさか潜入任務とは思ってなかったっす)
目線を悟らせないゴーグル。人目を引くドレッドヘア。宮殿の警備を装いながら、あたりをうかがうのはゾーラ。周囲のプレイヤーは全員、仮面を着用してるだけあって違和感がない。
(マリカっちは、うちらのボスを探してくるって行っちゃったし)
フリズスキャルヴは便利だが、万能ではない。むしろ便利であるがゆえに、氷の都が抱える様々な問題への対処に追われるのだ。リーフくん、大忙し。
ここへたどり着くまでの、長い道中を思い出すゾーラ。転移装置の不具合で不意に飛ばされた先は、スペインのサグラダ・ファミリア上空。そりゃあ、石工として無意識に憧れてたけど。いきなり落ちそうになって、ヒヤリ。
幽霊の少女に、子猫みたいにタンクトップの首根っこをつかまれるゾーラ。
「猪の牙、青銅の手、黄金の翼。あんたの祖先は、飛べたのよ」
「マジっすか?」
牙は首飾りに。ブロンズ色のグローブをはめて、金の翼をヒュプノクラフトで生やしたゾーラは、マリカの故郷・北イタリアのフリウーリ地方を経由して日本へ飛んだ。
「コロナ禍で観光客が減り、水路が綺麗になったらしいけど。昔は、これが当たり前だったのよ」
ヴェネツィア上空を飛びながら、愚痴るマリカ。いったい、いつの時代の人なのか。ふたりとも実体がないから、飛行機よりも早く飛んでこれたけど。
「ゾーラ!お仕事、ご苦労さん」
誰かに声をかけられて、回想から我に返る。目の前に、和服のおてんば娘。肩と胸元をはだけた着こなしに、雪のように白い肌と髪が人目を引く。仮面はつけてない代わりに、首には呪いの首輪。姫ガチャの被害者だ。
「アンジュっち、出歩いて大丈夫なんすか?」
「宮殿の中ならね」
地球人は、みな邪悪。マリカの言葉が、ゾーラの脳裏に思い浮かぶ。その割には、この「安寿姫」は楽しそうにしてるのが不思議だけど。モヒカン頭のプレイヤーから影響を受けて、前髪に赤いメッシュを入れるほど。
「ゾーラはさ、来ると思う?」
「また、その話っすか」
カオスな夢は無法地帯。自粛警察はいるけど、警察の仕事はしてくれない。略奪など当たり前だから、そこで商いをするには相応の武力が要る。だから山椒太夫の宮殿は、かなり警備厳重。どうやって用意したかは、謎だけど。
「囚われの姫を助けに来る、勇者様。あたしは来ると思うよ!」
「まあ、イノシシのおっさんまで待ち構えてるっすからね」
視線の先には、あの孟信。ガーデナーの尖兵までが闊歩する、ここは砂の星の暗黒街か。
(勇者育成プログラム、か)
エルルちゃんズが主張する「勇者育成プログラム」と、ガーデナーが運営を名乗る「悪夢のゲーム」の主導権争い。はたしてどちらが本物の運営で、どちらを支持するかはプレイヤーの間で話題になっていた。ガーデナーに属する孟信にも、それらの話は耳に入ってくる。
(要するに、戦国乱世だな。オレを復活させたガーデナーも、ここでは磐石とはほど遠いらしい)
自身の生きた時代に、思いを馳せる孟信。あのユッフィーが「勇者育成プログラム」側なら。正義の味方らしく、この闇市に乗り込んでくる。彼はそう読んでいた。猛き心に、新たな好敵手以上の感情を秘めて。
その孟信を、狙撃銃のスコープから秘かにのぞき見る人影。市場近くの団地の高層階からだろうか。
潜入任務
闇市近くの建物に潜むユッフィーの元へ、仮面の個別メッセージ機能を介して通信が入る。スコープ越しの映像も共有された。
「ユッフィーちゃん、孟信がいたよ」
人影は銑十郎だった。マキナでの得意技、衛生兵の医療技術が悪夢のゲームでは出番が少ないと知ったときから。激戦地の1031シェルターで磨き続けた狙撃手の偵察スキル。それは今、ユッフィーの大きな助けとなっていた。
隣では、彼のエルルちゃんも観測手として周囲を警戒している。すでに多くのシェルター防衛戦を経て、連携もしっかり。
「困りましたの。手ブラに偽装して必殺光線は、もう手の内バレてますの」
先日、ユッフィーは追ってきた孟信を不意打ちで退けた。後で地球観測員のリーフから聞いたが、オグマに触発された他プレイヤーの反乱に助けられた形らしい。そんなラッキーは、もう期待できない。
「さらわれたお姫様の誰かがぁ、ブラックマーケットにいるかもですぅ」
「ミキちゃんとアリサ様はぁ、すっごくつおいからぁ。別の人ぉ?」
私のエルルちゃんも、銑十郎のエルルちゃんと通信で作戦会議。
「エルルちゃんズのぉ、基本ルールぅ♪」
私のエルルちゃんが、改めてユッフィーと銑十郎に説明する。
「エルルちゃんはぁ、地球人のみなさんには攻撃しませぇん。エルルちゃん同士もぉ、基本的に仲良しですぅ」
「エルルちゃんと一緒にいるとぉ、ヘイトが少しずつ下がりますよぉ♪」
銑十郎のエルルちゃんも、解説お姉さんモード。地球人のヘイトをあおって利用しようとするガーデナーの道化人形と、みんなを笑顔にしてヘイトを下げるエルルちゃんはまさに、天使と悪魔みたいな対極の存在。
「では、わたくしがオトリになって注意を引きつけ。そのスキにエルル様が山椒太夫のハーレムへ潜入、囚われの姫を連れ出す作戦でどうでしょう」
「さっすが、ユッフィーさぁん!」
ユッフィーが、担当のエルルちゃんを見る。うなずくエルルちゃん。孟信と戦うにしても、勝つ必要はない。ウサギ年生まれの、おっさんの知恵。
「僕は狙撃手として、ユッフィーちゃんを援護するよ」
「わたしぃもぉ、観測手でお手伝いしますよぉ!」
銑十郎と、彼のエルルちゃんは突入のサポート。狙撃手は、敵からすれば「見えない脅威」で、その威圧感は大きい。狙撃中は無防備なスナイパーを守る、スポッターの役割も地味ながら重要だ。
「わしの本体から連絡があった。市民軍の者がさらわれたパートナーを追って、ブラックマーケットへ潜入したらしい。どこかで会うかもしれんな」
首飾りからも、オグマの声が響く。準備は整った。
威風堂々
「姫ガチャでさらわれた姫君は、どこですの!」
ユッフィーが宮殿の門前で、大声をあげて呼びかけた。警備の者がわらわら出てきて、一斉に褐色肌の小娘を見る。
「なんだぁ、お前は?」
いかにもヤクザ者です、と言わんばかりの目力で。頭の上から見下してくる闇市の用心棒たち。実際に身長差があるし、坂の上にも立っている。
「わたくしは…ヨルムンド王国第一王女、ユーフォリア・ヴェルヌ・ヨルムンド!」
あれ、それってゲームの中の設定じゃ。でも、いいことを思いついたから、そのままで通すことにした。
「また、お姫さん?」
「いや、確かガーデナーの手配書に載ってた賞金首だろ。罪状は不正行為、ユッフィーの首飾りを奪えば、報酬で姫ガチャチケットがもらえるって」
チンピラたちが、仮面の機能を使ったホログラムで討伐対象の確認をする。
「それは、召喚した姫君から反逆者が出たことを隠す偽装ですの」
「なんでそれを!?」
上下ちぐはぐの鎧を着たゴロツキが、動揺した様子でドワーフの姫を見る。適当にカマをかけたつもりだったが、本当に反逆があったのか?
フェイクニュースに、ディープフェイクの世の中だ。フェイクのお姫様作戦も案外いけるかも。
「お前、余計なこと言うなよ」
「とにかく、やっちまおうぜ」
警備の目が、ユッフィーに向いた。数は多いが、私はもう自分の強みを見つけた。こんなサンシタに、おくれはとらない。
「悪は成敗して、囚われの姫をお救いしますの!」
ドリルの槍を構えて、宮殿に乱入するユッフィー。大立ち回りが始まった。
「はあっ!」
「こいつ、強い!?」
釘バットのチンピラがユッフィーの槍斧と打ち合うが、力強いスイングに押されてしりもちをついた。ホッケーマスクがチェーンソーを唸らせ斬りこめば、ドリルの穂先が回って火花を散らす。チェーンが切れた。
「何だよ、その武器?」
「秘密ですの!」
ユッフィー得意のヒュプノクラフトが、効果を発揮している。何かの役になりきって、思い込みの度合いに応じた強さを引き出す技。名前を付けるなら「ドン・キホーテ」。今の私は、奴隷を解放する流浪の騎士姫。
(ユッフィーさぁん、ファイトですよぉ!)
小さく拳を振り上げて、エルルが作戦通り裏口へ回る。難なく潜入成功。
ユッフィーの背後から鎖を巻き付けようとしたゴロツキが、銑十郎の狙撃に射抜かれて夢落ちする。銃声に騒然となる宮殿内。
「スナイパーがいるぞ!」
「仲間がいるのか」
痛Tシャツのエルルちゃんの誘導で、次の狙撃地点へ走る銑十郎。お腹が出てる割に、動きは機敏だ。
「敵襲だ!」
乱闘は、宴会場らしき場所へ雪崩れ込む。中央では、アラブの富豪めいた肥満体のリザードマンが、美女をはべらせ宴の最中だった。彼が山椒太夫か?その隣では、アラビアンナイト風衣装のエルルちゃんが首と両手を真横に動かしながら、奇妙なダンス。どんなご主人様にも合わせる、芸達者…!
「何ですか、あなたたちは!」
宮殿の主のヒステリックな叫びが、宴会場の空気を震わす。奇妙なことに、テーブルには料理の類が一品も並んでない。ヒュプノクラフトで再現できる者がいないのか?
「来たかユッフィー!待っていたぞ」
大広間の奥から、孟信の声。ボスキャラのお出ましだ。