ベナ拡第6夜:進む道が違っても
本気の遊び
「くらえ、我が必殺の…」
「磐長の舞!」
ユッフィーと巨人の決闘は続く。勇気と誇りを胸に、シェルターの人々が見守る中。
「踏み込みが遅かったな」
「まだですの!」
ドリルシーカー改の必殺技を潰せず、渾身の突きを許してしまうユッフィー。とっさに浮遊岩の盾で防御を図る。ドリルが巨大な醜女の面を穿つ。
「…からの、竜巻怒輪斧!」
岩の盾を貫通するドリル。ユッフィーのすぐ脇をかすめて、右肩の肩当てを弾き飛ばす。同時に、岩に挟まれたドリルへコマのように全身を使った回転斬りが食い込んだ。衝撃波があたりに散る。
「何っ!」
よろめく巨体。ユッフィーは木の葉の如く、後方へ跳ね飛ばされる。直撃はしてないが、かすっただけで黒鉄の鎧は大破。片方の刃が欠けた戦斧が、道路に突き刺さる。これは拡張現実による演出で、実際はアスファルトに傷ひとつ付いてないが。
「ユッフィーさぁん!」
思わず、私のエルルちゃんが光の蝶羽で飛び出して。後頭部から地面に叩きつけられる前に、ユッフィーの身体をキャッチしてくれた。死にはしないが夢落ちしたら、復帰に時間を要しただろう。
「エルル様、助かりましたの」
「わしにも感謝するんじゃな」
どうやら、首飾りのオグマも直撃を避けるサポートをしてくれてたらしい。胸元を見る。首飾りの周囲だけ無傷で、肩周りの鎧は全損して下乳も露出。キワドイ有り様になっていた。
「これじゃ、マキナにあった状態異常の『服破り』ですの」
防具が破損し、防御力が低下した状態。以前流行った美女同士で脱がし合う剣闘士ゲームを意識した「その手のイラスト発注」を見込んだ設定だ。CGやドット絵を使わず、ビジュアルは全てイラストに依存したPBWならではの。
「まだ、終わってませんわね」
ユッフィーが立つ。歩いて、近くに刺さった長柄の戦斧を引き抜く。両刃なのが幸いして、片方の刃はまだ使える。
「姫。それでこそ、我が宿敵よ」
岩の盾は完全に砕け、あたりに散った破片が消えてゆく。巨人の腕を見ると、ドリルがひしゃげて回らなくなっていた。
「ここからが本番ですの。本気の遊び、ご覧あそばせ!」
ユッフィーが気合を入れ直した。どうして、そこまでするのか。
血と汗と涙を流せ
お互い、満身創痍での殴り合いが始まった。アクション映画のクライマックスで、弾切れの銃を捨てた男同士が殴り合う…意地と意地のぶつけ合い。
「安心なさい。あなたはわたくしの宿敵、この場で介錯してさし上げます」
「我がドリルも、喜びに震えているぞ!」
戦斧の一撃が、動きの鈍った巨人の頬を打つと。巨人もただの鉄塊と化したドリルで殴り返す。それでも、のけぞるだけで倒れないユッフィー。彼女のタフネスが圧倒的な体格差をも凌駕しているのか、それとも巨人のパワーが極端に落ちているのか。
「おぬし、イカれておるぞ」
首飾りのオグマから、再度あきれた声が。彼にも動機が分からない。
「おおっ、なんかカッコいいぞ」
「いいぞ姉ちゃん、もっと脱げぇ!」
1031シェルターから見物するプレイヤーからも、歓声が飛ぶ。
「ところで、そこの少年よ。不自然とは思わんかね?」
「そうですね、HPが1になっても倒れない不屈の戦士みたいな」
駐車場に降りて見物していたリーフの幻影に、ご隠居が話しかける。なお、悪夢のゲームにレベルや経験値や能力値の表示は存在しない。ヘイトパワーだけが唯一、明確な戦闘力の指標。
ガーデナーの目的は地球人からヘイトを集めて、それを原料に悪夢の怪物や呪いの武具、災いの種を製造し「最前線」へ送ること。プレイヤーをヘイトパワーに依存させるなら、極めて合理的なゲームデザインと言えた。
「正直、地球人にあそこまでの頑健さがあるとは思えません」
「でも君には、心当たりがあるんじゃないかね」
鋭い観察眼。このご隠居、リーフ少年がフリズスキャルヴを使う異世界の地球観測員だとは知らないのに。漫画でよくある解説役のオーラを感じ取ったのか。本当に、謎のご隠居だ。
「RPGも、一種のヒュプノクラフトです。ユッフィーさんはそれを理解して夢の中にゲームや漫画、アニメや映画のお約束を持ち込んでる…?」
フリズスキャルヴは、異世界を見れるテレビみたいなもの。インターネットに直接アクセスはできなくとも、映画館などは研究と称してタダで見放題。だから彼は、地球の文化にも詳しい。
ご隠居とリーフが見守る中、ユッフィーと巨人が殴り合う。思いの丈をぶつけあいながら。
「わたくし、こう見えて戦闘狂ではありませんの」
「知っている。姫は、優しいな」
お互いを讃える言葉をかけながら、一切の手加減なく武器を交える。血と汗とオイルを飛ばしながら…これもヒュプノクラフトによる演出だけど、アニメの一場面と思えば違和感もない。
「勇者殿のヒュプノクラフトは『お約束』を再現する技だとでも?」
「ええ。夢の中ですし、身体能力や物理法則を曲げてでも」
主人公が何らかの武道やスポーツをやってる作品は多い。それらも夢の中で具体的なイメージの助けになるだろうが、現実の身体能力に制約を受けるのと表裏一体だ。経験がないからこその、自由な発想力。
「あなたの尊厳を傷つけた、ビッグ社長。今のわたくしは、彼への反感で強くなったようなものですわ」
「そうだな。現に姫は、我を宿敵として扱ってくれている」
ユッフィーと宿敵の激しいバトルが、走馬灯の如くフラッシュバックを起こす。まるで映画に入り込んだような、場の全員を巻き込む鮮明なヴィジョンとなって。
回想シーンを他人と共有させるって、なんて便利なヒュプノクラフト。とりあえず「上映」とでも呼んでおこうか。
マキナのアンケート掲示板に並ぶ、玉石混交な作戦プラン。明らかにおバカな選択肢に、あからさまな組織票が入っている。素人は三人寄っても、たいてい素人のままだ。話を面白くするには、編集者の目線が欠かせない。
予備知識なしで、誰でも楽しめるようにと考えた結果がマンネリな展開を生んだ。運営のMP社もまた、プレイヤーからアイデアを搾取して雑に使い捨てるだけで自己満足していた。
「おい、PBWあるあるだな」
「どっかの小説投稿サイトも、通った道じゃないか?」
「あっちは、季節のイベントか」
マキナのプレイヤーたちも、次々と切り替わる場面を見上げている。中にはビッグ社長とご隠居の姿も。仮面の下は、どんな顔をしてるのやら。
水着コンテストやハロウィンの仮装イラストが、あたり一面に投影される。ガチャには手を出さないが、イラスト商売で結局プレイヤーをATM扱いするPBWの運営各社。二次創作に寛容な素振りの裏で、自分こそが公式で一番偉いとふんぞり返る矛盾。
真に創作を愛する者なら、公式と二次創作の関係に権威主義は持ち込まないものだ。親と子が、人として対等であるように。
悪い運営は、ランキングや目立てる要素で承認欲求をエサにする小悪党。スマホのガチャゲーもMMOも、本質は同じ。それらから、黙って静かに離れてゆく私。
「マキナの世界だけではないぞ。ゲームを取り巻く『憎しみ』の全てが、我らのような悪夢の怪物を、無尽蔵に生み続けるのだ」
ドリルシーカー改も、決まったセリフしか口にできないありきたりなNPCではなかった。この夢に生を受けて、彼なりに考えを深めたのだろう。
不毛な主導権争い。現実から逃げたいだけの異世界行き。札束で殴る連中を上客扱いする、人を見る目のない運営。
「わたくしは…」
それら、全ての逆を目指した結果。私は静かで豊かな「自分専用のRPG」を頭の中に築き上げ、小説のカタチで読者と共有できるようにした。作家としての私が産声をあげた瞬間。呪いの果ての祝福。
それはどこか、TRPGの成立に影響を与えた古典ファンタジーの作者たちが戦争体験を元に、豊かな世界を作り上げたのに似ていないか?
あたり一帯に投影される、漆黒の宇宙に浮かぶ星々。その間を流れ星のように行き交う、夢渡りの蝶たち。地球から飛び立つ蝶、地球へ遊びに来る蝶。夢は、人類最古のメタバースだった。
「…わたくしは、憎悪の連鎖を断ち切りますの!」
迷いは晴れた。快刀乱麻を断つ一撃が、巨人の首を斬り飛ばす。
「ドリルシーカー改。あなたのことは、決して忘れませんの」
上映の時間は終わり、ユッフィーが鎮魂の言葉を捧げる。
私がMP社の本性を見透かしながら、軽いお試しで発注してしまった形だけの「宿敵」への、最後の弔い。
「姫よ、我が心残りを晴らしてくれたことに感謝する。これを持ってゆけ」
ユッフィーの腕に抱かれて、巨人の首が光に包まれ小さくなりながら姿を変えてゆく。残ったのは、穂先がドリルの槍と一体化した戦斧。
「おおっ、ガチャにもないレア武器!」
「オレも、宿敵供養しようかな」
野次馬に向かって、私は忠告する。
「真心で接しないと、成仏してくれませんわよ」
彼は、私の無意識が生んだ「影」だったのかもしれない。もうひとりの自分との邂逅、そして対決。私の「忘れ物」のひとつは、これだった?
「ユッフィーさぁん!」
決着がつくと、エルルちゃんが駆け寄ってきた。私担当のじゃなく、ビッグ社長のエルルちゃんが。私のエルルちゃんは、面食らってる。
「腰元のエルル様。わたくしはもう、ビッグ社長を恨んでませんの」
「よかったですぅ!」
エルルちゃんズは、誰の担当でもユッフィーには好意的だった。けれどユッフィーとは犬猿の仲な、ビッグ社長担当のエルルちゃんには板挟みで辛い思いをさせてしまったと思う。
「ガチャゲーあふれる世の中で、少数派のPBWはRPGの多様性を守る砦のひとつ。喧嘩しても無益ですの」
暁の空を見る私。
「憧れはやがて憎しみに変わる。けどそれを乗り越えたとき、人はオトナになりますの」
これぞ、人生経験の差。少年主人公にない、おっさんの強み。思わず得意げに胸を張る私。当然ながら、男どもの視線が胸元に集まる。今、ヤバい格好なのを忘れてた。
「ユッフィーさぁん、お着替え行きましょお!」
私のエルルちゃんがスゴい勢いで手を引いて、ユッフィーを店員の更衣室へ連行しようとするが迷う。腰元のエルルちゃんが、親切に案内してくれた。
メリディアンなおっさん
「そうか、やっぱり行くか」
「今まで、お世話になりました」
ハロウィンマート、店内の片隅。ビッグ社長にあいさつする銑十郎。
「お前は激戦区の1 0 3 1を守り抜いた。悪夢のゲームに回復スキルが無いのを知ったら、衛生兵から狙撃手に鞍替えする世渡り上手だ。どこへ行ってもやっていけるさ」
社長は、銑十郎のことを評価していた。それでも引き留めない。ユッフィーと巨人の対決を見て何か、思うところがあるのか。
「お前が抜けた穴は、他の奴らが何とかする」
「みんなに代わって、外の世界を見てきますよ」
拳を突き合わせる男二人。隣では、痛Tシャツと腰元のエルルちゃんがハグを交わして別れを惜しむ。
「銑十郎様!」
外に出た銑十郎を、着替え終わったユッフィーが出迎える。
「ユッフィーちゃん、その衣装は!?」
ユッフィーが着ていたのは、黒い巫女服。銑十郎がガチャで当てたが、扱いに困ってた代物。キュロット風の緋袴は、動き易く愛らしい。
「わたしぃもぉ、着付けを手伝いましたよぉ!」
「ユッフィーさぁん、萌え〜♪」
「萌え萌えきゅ〜ん♪」
和服を着慣れてる、腰元のエルルちゃんがささやかな胸を張る。衣装を提供した痛Tシャツのエルルちゃんが思わず身悶えして、私のエルルちゃんまで一緒に悪ノリ。
「皆様、ご心配おかけしましたの」
伊達と酔狂に付き合ってくれた仲間に、頭を下げる私。効率に囚われた連中からすれば、狂気の沙汰。
「ドン・キホーテなんだし、仕方ないよね」
「ですの、わたくしのサンチョ」
改めて、夫婦のハグ。そこへご隠居が。
「君たち、姫ガチャの被害者を探してるそうだね。闇市の主・山椒太夫の所に行けば、いるんじゃないかな」
ご隠居が指差すのは、近所の松戸南部市場。闇に浮かぶアラブの宮殿は、誰が建てたヒュプノクラフトなのやら。
「では勇者殿、またどこかで」
謎のご隠居も、印籠係のエルルちゃんと旅立った。
「私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる」
「ユッフィーさぁん?」
唐突な呟きに、私のエルルちゃんが不思議そうに私を見る。
「ゲシュタルトの祈りですの。誰も、他人の期待を満たすために生きてるんじゃない。私は私の意志で、この道を」
私たちは旅に出て、RPGの未来を探す。
進む道が違っても、PBWは私の田舎。
アーティストデートの足しにさせて頂きます。あなたのサポートに感謝。