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ベナ拡第1夜:カオスな夜がやってきた(改稿版)

太字が改稿した箇所です。

カラヴィアンの孤島にて

「我は、願いの叶え方が分からない」

世界中の、多くの人に共通する悩みだろう。私だってそうだ。でもそれを、まさか幻星獣ケルベルスの口から聞くことになろうとは。

「我ら星獣は人の想いより生まれし、形を成した幻想。故に人の願いを叶えるが、汝の願いをどう叶えれば良いか見当もつかぬ」

巨大なリンゴの木に絡まる、三匹の大蛇。見上げるのは、それぞれ特徴的な三人娘。栗毛の娘だけが生身で、残る二人は精神体。

白い砂浜と、波の音。海賊映画に出てきそうな南国の風景。ヤシの木が夜風に揺れる。瞳の中に星を宿した、赤毛の人魚が水面から顔を出して。空には流れ星に乗る獣の姿。ここは異世界、カラヴィアン。

「そぉんなぁ!」

三つ編みの金髪娘が、大げさなリアクションで途方に暮れる。ここまで多くの仲間に支えられ、この生まれたての世界で願いの果実を育て、収穫までこぎつけた。あとは星獣に果実を与えれば、願いを叶えてくれるはずだった。

「我の初仕事にしては、荷が重いようだ」
「そっかぁ。最高位の星獣でも、赤ちゃんじゃ無理なのかな?」

栗色の髪を毛先で束ねた娘が、事情に理解を示しつつも打開策を思案する。

「テロ組織『ガーデナー』が使う『災いの種』よりは、信頼できます。願いを勝手に歪めず、エルル先輩の期待に応えようとする誠意を感じますから」

銀髪をサイドテールにまとめた踊り子の娘が、金髪娘を元気づける。

「ミキちゃん、ありがとぉ!」

エルルと呼ばれた金髪娘と、銀髪娘ミキがハグを交わす。

「そうだ、リーフくんに聞いてみよっと。ボクたちのこと、見てるよね?」

栗毛の娘が、月明かりの照らす満天の星空を見上げると。

「ええ、マリスさん。前代未聞ですけど、フリズスキャルヴでサポートすれば赤ちゃん星獣でも、効果的に願いを叶えられると思いますよ」
「星獣は幾星霜を重ね知恵を蓄え、力の使い方を学ぶ。我ひとりでは、経験不足だが。なすべきことが明らかなら、成功の可能性は高まるだろう」

眼鏡をかけた少年の幻影が、マリスの隣に浮かぶ。髪は緑で、乙女桔梗の花がまばらに咲いている。

「わたしぃはぁ、ユッフィーさぁんの考えた勇者育成プログラムを地球で実現させてあげたいんですぅ。ヴェネローンでは、叶いませんでしたけどぉ」

エルルの脳裏に、蘇る言葉。

「夢を忘れる地球人など、信じられるものですか」

それはエルルとミキの上司、神殿長エンブラが発したもの。惑星バルハリアに全球凍結をもたらした、災厄の記憶に心を凍らせた頑迷な老婆。

「ユッフィーさんは、ヴェネローンのために尽力してくれました。けれど、地球人への差別感情がそれを許さなかったのでしょうね」

ミキの脳裏には、彼女にフィギュアスケートを教えてくれた「地球の英雄」の姿が浮かんでは消えた。少女のような、淡い憧れ。

氷の都ヴェネローンの研究施設。三人娘を遠隔で見守るリーフが、手元に投影された画面を操作する。隣でもうひとり、オーロラカラーの髪の女性も忙しそうに多数の情報ウインドウに視線を走らせて。

「いま地球は、表も裏も百年に一度の異変に見舞われているようです」
「ええ、アウロラ様。地球のガーデナーたちも混乱してますね」

通信途絶

「まだ、外部との連絡は取れないのですか」
「地球各地で、人間どもの負の感情が過負荷を起こし。悪夢のネットワークに重大な障害が起きています」

闇に浮かび上がる、いくつかの人影。手足も胴も異常に細く、まるで人形のようだ。どこかのデータセンターにも思えるが、魔術的な要素も見える。

「ファイアウォールが暴走し、内外のアクセスを遮断したようですね」
「当面の間、大規模な救援は期待できず。我々だけで事態を収拾しろと?」

人形たちの会話からは、焦りの色が濃厚に読み取れる。

「昔は、夜中に畑を荒らす程度だった悪夢の怪物。情報化社会の到来は人間の悪意を際限なく増幅し、ついに我々の制御すら及ばぬ化け物になるとは」

思わず、人形の一体が愚痴をこぼした。

ええ。人間どもの言うロックダウンが、まさか夢の世界でも起こるとは」
「庭の手入れだけでなく、武器の出荷まで制限されれば。最前線での戦いはより厳しいものとなるでしょう」

彼らにとって地球は、別の戦場における生産拠点らしい。

「この際、問題の原因に解決を手伝ってもらいましょうか」
「人の不幸は蜜の味。働き蜂の人間どもを使う、いつものやり方ですね」

ガーデナーのやることは、養蜂業に似ている。集める蜜の名は、負の感情。その毒は、弱者に復讐の刃を授ける。彼らの掲げる、野蛮な正義。

エルルの決意

三人娘の眼前に投影される、地球のガーデナーたちの慌てる様子。これこそフリズスキャルヴの異世界を見通す力。

「あいつら、悪夢のゲームとか言って夢の中で地球人に仮面を配り、事態の収拾に動員させる狙いみたいだね」
「紋章院RPG同好会の主催として、見過ごせない暴挙です。憎しみを集める手段にゲームを悪用するなんて」

マリスの発言に、思わず拳を強く握るリーフ。彼は異世界を観測する研究者であると同時に、地球の文化にハマってるオタクのようだ。

「私はアウロラ神殿と評議会の方針で、地球の人たちに加勢はできません。宿敵を目の前にして、悔しいですけど」
「そういうときはぁ、エルルちゃんにおまかせですぅ!」

心苦しげなミキに、エルルが小さな胸を張った。とはいえ名案があるわけでもなく、リーフの顔を見る。考えるのは彼の役割。

「ケルベルスさん。あなたの力で悪夢のゲームを乗っ取り、勇者育成プログラムの目的を果たせるよう改造すれば。エルルさんの願いは叶うのでは?」
「全てを無から組み上げるよりは、効果的だろう。結果はやってみなければ分からぬが、我ひとりで悩むよりは一歩前進だ」

リーフの提案は突飛だが、一同に微かな光を見せた。

「エルル。地球人ひとりひとりに寄り添い、勇者への目覚めを導く。それは新たな女神の誕生を意味します。その覚悟が、あなたにありますか?」

アウロラの幻影が問う。母が子に向けるような、厳しくも優しい眼差し。

アスガルティアからの難民だったあなたが、よくぞここまで大志を抱く子に成長しましたね」
「今のわたしぃは、エンブラ様の決定に逆らって飛び出した不良娘ですぅ」

うつむくエルル。頬を伝うのは涙。

「でもぉ、ユッフィーさぁんは家族ですからぁ!」

顔を上げたエルル、満面の笑顔。彼女の決意に呼応し、ケルベルスは全身を強く輝かせる。

「悪夢のゲームを、エルルちゃんズが勇者育成プログラムに変えますぅ!」
「その願い、叶えよう」

エルルの精神体が、無数のエルルちゃんズに増えてゆく。

「えるるるるる〜ん!!」
「何か困り事が起きたら、ユッフィーなる娘に生命誕生のヒュプノクラフトを使わせるといい。の分身を遣わせよう」

背中に蝶の羽を生やし、飛び立とうとするエルルちゃんズを見上げる一同。

「リーフさぁん、ゲームマスターのやり方教えてくださいねぇ!」
「もちろん、喜んで」

宇宙から見た夜の地球。ケルベルスの力で転移したエルルちゃんズが、悪夢のネットワークの大規模障害に乗じて、みるみる感染を広げてゆく。デフォルメされた地球が、エルルちゃんズのアイコンに埋め尽くされる。

「えるるるるる〜ん!!」
「何です、この小娘は!?」

さらなる混乱に陥るガーデナー。カオスな夜がやってきた。

RPGの楽しみ方

(黒一色でまとめたけど、鎧は上下ちぐはぐ。顔も髪型もPBWで頼んだイラストほど似せられないけど。後は想像で補うのがRPGプレイヤーの心意気)

スマホの画面を眺めて、間に合わせのコーディネートを確認。マスクを付けたら外に出て、今日の散歩を開始。道の脇でときどき、スマホの画面を確認しながら。

私が「竜騎士の散歩道ドラグーン・ジャーニー・プロムナード」を始めた動機は、ステイホームの退屈しのぎ。2019年秋にサービス開始した、流行りの位置情報RPG。キャラメイクでさっそく、うちの子ユッフィーの再現を試みた。

脳裏に浮かぶ理想像。彼女は褐色肌の元気娘。腰まで伸びた外ハネのツインテールは、空の青から海の青へのグラデーション。好奇心旺盛でユーモアがあって。DJPでは調整できないけど背は低くて、胸は大きい。人間以外は選べないけど、本来はドワーフ。

あなたには、色々なRPGで使い回してるオリジナルキャラはいるだろうか。それが「うちの子」で、PBWはうちの子をイラスト化してくれるサービスのあるRPGだ。

DJPのゲーム画面を見る。フィールドを移動するには、実際に歩く必要がある。目的地は、近隣の地図からランダムに提案してくれる。散歩してると、地元でも新たな発見が。「庚申塔」や「青面金剛」の古い石碑とか。

やたら忙しくて、他者を思いやる余裕もなかった前職を辞めた後。のんびりしてて、そろそろ就活をと思った矢先のコロナ禍。こんな状況で、わざわざ電車通勤などしたくない。密です、密。

近場の職探しも兼ねた昼間の散歩で、私はすっかりDJPにハマった。天井補償がなく、ドケチと悪名高いガチャには散財しないよう注意しながら。

途中、近所のスーパー銭湯で臨時休業の張り紙を見た。季節は春だけど緊急事態宣言で、日本経済は真冬の寒さか。私は銭湯の看板を妄想の中で「ゆっフィーの里」に書き換えたりして、遊んでいたけど。

ホントのRPGには、レベルも経験値もない。やり込みの強制も、ガチャによる搾取もない。作家が自由に想像を巡らす頭の中が、真のRPGなんだ。

伝説のクリエイター、ハリー・ユージーンはRPGの見事な代用品を作った。それは、技術的制約の強い時代では奇跡だったけど、同時に呪縛も生んだ。日本のゲーム業界は、34年経った今も「代用品の代用品」を作り続ける。

ガチャでいいのが出ないからって、RPGをやめる?
それはもう、RPGじゃない。作る方も遊ぶ方も、RPGを誤解している。

私はこの物語を通して、日本人のRPGへの誤解を解かなくては。

胡蝶は籠の中

朝の光が差す中、部屋でノートPCに向かう私。昨夜見た夢を、小説に書いてゆく。前にも何度か書いてたけど、日常の忙しさに流され途切れてた。そのときのタイトルは「氷都の舞姫」。

ある強烈な出来事が、私の創作を再開させた。今なら無職だし時間もある。

ネット記事の誌面。同じ頃、コロナ禍がもたらす不安やストレスが世界中で多くの人に悪夢や奇妙な夢を見せたと知ったのは、後日のこと。

これから語るのは地球の夢世界で起きた話だから、別の題名が必要だろう。

ゴンッ。
暗闇の中、いきなり何かに頭をぶつけた。私の寝相が悪いのか?

目を覚ますと、夜風の冷たさに我が目を疑った。視界を埋め尽くす光の蝶。
どういうわけか、高い空の上にいる。落ちると思った瞬間、身体が浮いた。
私も、蝶たちの一羽になっていた。寒さも気にならない。

月に照らされた虹みたいな、蝶の大群は。眼下に広がる東京の夜景には目もくれず、高く舞い上がってゆく。私も一緒に。

まるで「胡蝶の夢」。蝶の夢を見る私と、私の夢を見る蝶。

蝶たちは半透明で、実体がない。彼方には、ゆらめくオーロラ。航跡に光の粒子を散らしながら、地球の重力圏を脱しようと高く飛ぶ光の蝶。

ゴンッ。
また、さっきと同じ痛み。見えない壁にぶつかる。そしてまた、重力に引かれるように落ちていく。重さなんか、ないはずなのに。

花畑のイメージ。蝶たちは、殺伐とした地球を抜け出して。夢の世界でしばしの間、心の癒しを得ようとしているのか。身体が眠りを求めるように。

私は確信した。蝶たちはみんな、誰かの精神なんだ。地球人全員、眠ったらどこかの異世界に蝶の姿で飛んでって、朝まで別の人生を過ごすんだ。

これが、夢渡り。

けれど、何回やっても邪魔される。私もどこか、行くべき場所があった気がする。繰り返し脱出を試みる。おぼろげなシルエットが、私に手を伸ばす。

そのうち、蝶たちの数が目に見えて減ってきた。みるみるうちに、私だけになった。よろけながらも飛ぼうとするが、羽に力が入らない。あとはただ、風に吹かれて木の葉のように。

夜の戦い

落ちる途中で、いろいろ見えた。赤く照らされた新宿都庁。近くの公園にある神社から、猪頭の獣人が部下を連れて歩いてくる。みんな、十二支の獣人たちだ。行く手を阻むのは、マスク姿の謎の警官隊。

パトカーに「自粛警察」って書いてあるぞ。書体も本物。何だコイツら。

「貴様ら、都民ではないな!マスクも付けないとは」
「都民は田舎へ行くな!田舎者は都内へ入るな!」

頭に直接、響く声。私はまだ、都庁をはるかに見下ろしてる。

「我はトヨアシハラが十二支族、イノビトが将・孟信!我らが征く道を阻むこと、何人たりとも叶わぬと知れぃ!」

一触即発の空気で対峙する、十二支の獣人と謎の警官隊。よく見ると、強化樹脂の盾を構える警官隊の様子が変だ。一定間隔で散開している。まさか、社会的距離ソーシャルディスタンス!?

「そんな陣形で!」

猪頭の孟信が号令を下すと、獣人たちが文字通り一斉に猪突猛進。警官隊の隙間を駆け抜けようとするが、いきなりドシンと地響きが。

「密です」

大気を震わす、怪獣の如き威圧感。都庁の影から、緑の衣装をまとった巨大な魔女が現れた。顔はマスクで分からないが、目元は記者会見で話題のあの人そっくり。冗談みたいな光景。

「何っ!?」
「まさか、こいつが地球の異変を?」

ざわめく獣人たち。緑の魔女が、不審者に手をかざす。

「密です」
「ぐわあぁぁぁ!?」

次の瞬間、見えない圧力が孟信たちを突き飛ばす。私のほうに飛んでくる。これって、ギャグ漫画の…!案の定、巻き添え食らってお星様に。

蝶の私と孟信たちは、新宿から一気に北東へ。浅草寺を飛び越え、柴又帝釈天の上空を通過し、江戸川を越えて松戸方面へ。途中で位置がずれて、それぞれ別の地点へ飛ばされてゆく。

昔の名作RPGに、大砲の中に入って遠くの土地へ飛ばされる場面があった。まさにそんな感じだ。

地上が近づくと、さっきから気になってたモノの正体が見えてきた。現実の夜景に、ゲームのCGを重ねたような違和感。昼間に遊んだDJPに出てくる、建物や山や樹木がそこらじゅうに。街灯が、パワースポットの光の柱に。

昼間の散歩で通った、スーパー銭湯のネオン看板が闇に浮かぶ。ゆっフィーの里と書かれている。それも変だけど、もっとヤバいのは。このままだと…2階ロビーのガラスパネルを突き破る!

建物の中が見えるほどの至近距離。臨時休業のはずなのに、中は明るくて。金髪をフィッシュボーンに編んだ窓際の子が、ふとこちらに顔を向けた。

「エルル…いまこそ、契約履行のときじゃな」

私の近くで、急に少年の声が聞こえた瞬間。

「きゃわわぁ!?」

私は、窓際の子とごっちんこ。

ユッフィーさぁんだ!

「あだだだ…」
「すみません、大丈夫ですか?」

私は身体を起こすと、ぶつかった子に声をかける。なぜか、女の子の声で。あんなに勢いよく窓にぶつかったのに、ガラスは割れておらず、すり抜けていた。もともと実体のない蝶だったけど。

「ユッフィーさぁん?」

起き上がった子が、こちらに目を向ける。やけに背が高いな。見た感じは、北欧系のゆるふわな女の子。日本人よりは、背が高いのだろうけど。

「ユッフィーさぁんだ!」

ハグっ。いきなり、抱きつかれた。その胸はささやかだった。

「ユッフィーさぁんだ!」
「ユッフィーさぁんだ!」

同じ声が、2階ロビーのあちこちから聞こえてくる。そちらへ視線を向ける私。思わず固まった。

なんと。同じ顔の金髪娘が何人もいて、彼女らが一斉にこちらへ熱い視線を向けてくるじゃないか。服装は個々に違う。

「ユッフィーさぁ〜ん、会いたかったですよぉ!わたしぃの家族ぅ!!」

私に抱きついた子が、私の豊満な胸に顔をうずめてスリスリ。えっ?
私、おっさんだけど?お腹じゃなくて、いつから胸がこんなに??

それと残念だけど、私は彼女を知らない。初対面でいきなりハグされた。

私の困惑する様子を察した金髪娘のひとりが、指で何か手に描くと。それが手鏡に変わって、近くで私の顔を映してみせる。あれ?

私の「うちの子」ユッフィーじゃないか。私がユッフィーになってる?私が太ったわけでも、金髪娘の背が高いわけでもない。私の背が縮んだんだ。

課金するなら、見栄えのいい美少女アバターだけど。自分がなるのは、全然別な話。キャラクターになりきるのが、本来のRPGなのだけど。

「窓際のエルルちゃん、いいなぁ〜」
「わたしぃはモヒカンさぁんの担当だからぁ、この人をお世話しないとぉ」

同じ顔の金髪娘たちが、口々に羨望の眼差しを向けてくる。エルルっていうのか、この子たちの名前。エルルちゃんズと呼ぶべきか。

そのとき、パンパンと誰かが手を叩いた。注目を促すためか。

「さてミナサン、チュートリアルの途中ですが緊急事態です」

銭湯で戦闘

スーパー銭湯の2階ロビー。私が飛び込んできた窓の奥には、男湯と女湯の入口。左手には休憩用のベンチや、奥には食堂のテーブルや椅子があって。右手には、壁に大型液晶テレビ。

テレビの前に立つ人影は、不気味な細身の道化人形。顔は仮面だ。

何か、説明会でもやってたのか。参加者はみな仮面をかぶり、各自デザインも姿も違う。彼らの装備も上下ちぐはぐ。エルルちゃんズだけは素顔で、参加者ひとりひとりに一人ずつ付き添ってる。

「ミナサン、そいつは不正行為者です」

道化が指差したのは、ユッフィーになった私。

「仮面のサポート無しに、アバターへ変身していますね。彼女の首飾りは、おそらく不正なデバイス。顔も素顔のままです」

私の姿は、昼間にDJPで設定したユッフィーのアバターを「想像で補った」理想像そのまま。ふと視線を落とすと、見慣れない赤い宝石の首飾り。まるで炎が煌くような、見事な黄金細工。

一同の熱い視線が、ユッフィーの胸元に注がれる。

「あれ、どんなレアアイテムだ?」
「おっぱい揉みたい」

男どもの視線に不慣れな私は、背筋にゾクっと悪寒が。セクハラ反対!

「ユッフィーさぁんはぁ、悪い人じゃないですよぉ!」

私の担当になったらしいエルルちゃんが、抱きついたまま声をあげる。

「ただでさえ、悪夢のゲームは『勇者育成プログラム』なるウイルスに感染しているのです。これ以上のイレギュラーは見過ごせません」

エルルちゃんズに、忌まわしげに視線を向ける道化。

「では、我々で排除しましょうか」

道化人形は複数体いた。説明役でなく、警備役と思われる連中が大きな剪定バサミを構える。いきなり、コイツらと戦うのか?

「まずは、地球人のプレイヤーたちに戦闘を経験してもらいましょう」
「おっ、面白そうだな」

道化の言葉に、一部のプレイヤーが関心を示す。まずいな、敵が増えた。

「緊急クエストです。ユッフィーから首飾りを奪取してください。報酬は、姫ガチャチケットを一枚差し上げましょう」
「うひょ〜!太っ腹じゃねえか」

プレイヤーたちから歓声が。道化人形はガリガリなのに、太っ腹とは。

「姫ガチャっていったら、通常ガチャ200連分だろ。山椒太夫のおっさんは組織力で一番乗りして、異世界のお姫様を手に入れたらしいけどな」
「オレたちにゃ、高嶺の花だよな」

DJPに装備ガチャはあるけど、姫ガチャなんて無かった。プレイヤーたちのギラついた目から察するに、かなり貴重なものらしい。

「ユッフィーさぁん、どおしましょお?」

私のエルルちゃんが、まだ抱きついたまま見上げてくる。

「とりあえずは、離れましょう。わたくしも、さすがに照れますの」

もう、割り切ってユッフィーを演じることにした。設定通りお嬢様口調で。

「さきほどの説明通り、まずはデイリーうらミッションで憎しみの告白をして。ヘイトパワーを手に入れましょう」

道化が、他のプレイヤーたちに声をかける。各自が次々と憎い、許せないと思うものを口に出してゆく。

「チーターは死ね!」
「DJPのガチャはクソドケチ、福引きじゃねぇ呪い足しだ!」

ヘイトパワー:+291。ヘイトパワー:+2943。感情のない声で、システムメッセージがプレイヤーに結果を告げる。

「いいな、それ!やっぱ、ガチャの恨みは怖いよな」
「DJPのガチャはクソドケチ、福引きじゃねぇ呪い足し!」
「DJPのガチャはクソドケチ、福引きじゃねぇ呪い足し!」

呪い足し。ガチャを福引きと呼ぶDJPの、ドケチぶりを呪う流行りのネットスラング。具体的には、何回回したら必ず最高レアが出るとか。そういう天井補償の無いところが憎まれてる。

「ヘイトパワーはぁ、憎しみの力ぁ。アブないですからぁ、通貨ニクムにぃ交換しちゃいましょお!」
「ニクムに換金して、装備ガチャを回すもよし。憎しみに身をゆだね、一時的に戦闘力を強化するのもいいでしょう」

エルルちゃんが、ヘイトパワーの危険性を訴えると。道化は逆手に取って、プレイヤーへのチュートリアルを続けた。

「なるほど。だいたい分かった」

そのとき、私の近くでまた少年の声が。ふと首飾りを見ると、赤い宝石が脈打つように光っていた。声はそこから聞こえていた。

暴走賢者はショタジジイ

「ヒャッハー!首飾りをよこせぇ!!」
「姫ガチャ回して、お姫様ゲットだぜぇ!」

ヤバい。現実では戦闘経験なし、武道やスポーツもやってない私にモヒカン頭の鉄仮面と、ホッケーマスクのプレイヤーが斧を振りかざし飛びかかる。怖さに立ちすくむ私。

「何をしておる!さっさと動かんか」

首飾りから声がして、身体が勝手に動いた。体重を前に傾けて、素早い前転で二人からの攻撃をかわす。

「何っ!」
「こいつ、速い!?」

ユッフィーのアバターは、私の意志と無関係に身軽に動く。ドワーフの短い手足の使い方を、まるで知り尽くしたように。全身のバネを使い前転から、ウサギのように跳躍する。跳んだ先には、説明役の道化人形。

「アナタ、何者ですか!?」

明らかに、そこらの一般人の動きじゃない。無表情な仮面の道化に驚きの色が見えた。そのまま体当たり。人形の手から、プレイヤーに配る用の仮面が落ちた。

さらに、奇妙なことが起きた。ユッフィーの胸元で輝く首飾りの赤い宝石が醜い大口を開けて、長い舌を伸ばした。カメレオンのように、サッと仮面を奪い取ると。なんと、丸呑みにしてしまう。

「あの首飾り、モンスターか?」
「呪われてそうだな」

あまりの異様な光景に、ユッフィーを襲おうとしたプレイヤーたちが尻込みする。様子見を決め込む者も。宝石の中で、仮面が暴れてるのか。首飾りは何度かのたうった後、動きを止めた。口も消えてる。

「仮面の機能は、掌握したぞ」
「オグマ様、ですよねぇ?」

謎の少年の声に、エルルが呼びかけた。知ってるのだろうか。

「いかにも。わしはオグマ、古のドヴェルグ最後の生き残り。この首飾りに宿ってるのは、コピーの人格じゃがな」
「まさか、こんなところでアスガルティアの者に出くわすとは」

道化人形の方も、オグマと名乗る少年の素性を知ってるようだ。

「よいか、ユッフィー。今のおぬしは、忘れておるだろうが。忘れる以前、おぬしはわしと契約した。差し出した対価と引き換えに、このブリーシンガメンをわしに作らせた」

聞いたことはある。北欧神話に伝わる、豊穣の女神フレイヤの首飾り。

「それで、何が目的ですの?」

自分の身体を勝手に動かされ、正直混乱してたが。私も冷静さを取り戻す。

「やはり、地球人は夢を忘れるか。それをわしに言わせるとは」

夢を忘れる地球人など、信じられるものですか。オグマの中で響く言葉。

後で知ったが。夢をもう一つの現実と認識し、夢から物理的影響まで受ける異世界人には…地球人など、無知な野蛮人だと。

「とりあえず、おぬしのおっぱい枕はわしのものじゃ。勝手に元の姿に戻るなど、許さんぞ」

胸の谷間で、ふんぞり返る首飾り。仮面の変身機能を握られてる以上、私はずっとユッフィーのままか。夢の中限定だから、まあいいけど。

「夢を忘れる地球人。我々ガーデナーの存在にも気付かず、社会の歪みから負の感情を垂れ流し続けるバカな家畜ですよねぇ。おおっと、口が滑った」

ピエロらしくおどけた調子で、相槌を打つ道化人形。他のプレイヤーたちは正しいのは道化か、ユッフィーとオグマなのか混乱する。

「わしの憎いもの、許せないものを聞かせてやろうか。それは故郷を滅ぼしたガーデナーの道化ども、貴様らじゃ!!」

憎しみをたぎらせるオグマ。
ヘイトパワー:+112943。素晴らしい。システムメッセージはそう告げた。

「あいつ、ヤバいぞ!」

思わず、逃げ腰になる地球人たち。赤い宝石からドス黒いオーラがあふれてユッフィーの肌を褐色から漆黒に染め上げた。

「オグマ様ぁ、やめてくださいよぉ〜!」
「わしはもう、ヴェネローンの掟には縛られぬ!」

悲鳴をあげるエルル。私も、オグマに操られたユッフィーの暴走を止められない。猛然と拳を振り上げ、飛びかかり、道化の仮面を粉砕。糸が切れたように崩れる人形。踏みつけさらに砕く。

「ユッフィーさぁんが願った勇者育成プログラムはぁ、こんなんじゃ!」

泣きじゃくるエルル。女の子を泣かせたな、このショタジジイ。

「ヘイトパワーを全部、ニクムに交換ですの!」

エルルの説明を思い出し、ダメ元で叫ぶ私。燃料が切れれば、暴走を止められるかも。

ニクム:+100000。ヘイトパワーは0になりました。

身体が動く。肌の色が戻る。でもそれは、大幅なパワーダウン。怯んでた他のプレイヤーも臨戦態勢。私は、私担当のエルルちゃんの手を強く握った。

「エルル様、逃げますの!」
「はいですぅ!」

こうなりゃ、覚悟を決めるまで。

私が飛び込んできた2階ロビーのガラスパネルへ、二人そろってアクション映画みたいに突っ込む。地球では、夢の中で現実に影響を及ぼせないから。ただ壁をすり抜けて、下の道路に着地するだけ。

これは夢だけど、現実の夜景に重なった拡張現実の夢。起きてる人には、見ることも触ることもできない。でなければ、今ごろ大騒ぎだ。

「ふん、ようやく本気を出しおったか」

胸元から、オグマの声。私に行動を起こさせるため、わざと悪役を演じた?

「ガーデナーが憎いのは事実じゃが、時と場合くらいわきまえておるよ」

私の内心を見透かしたような、オグマの声。そこへ私のエルルちゃんが、新たな情報を告げた。

「ユッフィーさぁん。坂の上、1km先にお友達の反応ですぅ」
「了解ですの。そちらへ逃げましょう」

昼間通った散歩道を、私たちは駆け上がる。夜明けは、まだ遠い。

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夢を渡る小説家イーノ
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