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ベナ拡第10夜:庭師の逆襲

愛の猪突猛進

私が拡張現実の夢に巻き込まれた直後から、孟信とはいろいろ縁があった。追う者と追われる者。マキナの「宿敵」たちの包囲から外に出れば、どこかで再び対面するのは必然だったけど、この展開は予想外だ。

(やはり、想定外の状況に投入した弊害が出ていますね)

夜の松戸南部市場で、電柱の上から宮殿の窓を覗きこむ人影。ガーデナーの道化人形だ。視線の先では、孟信がユッフィーを口説いている。

「いきなり外国人にナンパされた気分ですの…!」
「かつて俺には、将来を誓った姫がいた。だが戦場で宿敵に敗れ、帰ることは叶わなかった。あれから数百年、さすがに生きてはおるまい」

トヨアシハラのガーデナーから、地球での異変に対処すべく派遣された孟信は、地球のガーデナーに向けた手紙を携えていた。運び手に読めない形で。

(イノビトの武力と行動力は、旺盛な繁殖欲と深く結びついている。入念な調整を施すには、時間が足りなかった。取り扱いに注意されたし)

仮に孟信がユッフィーを「家族」とみなせば、もはや敵ではなく保護対象となる。そうなれば、最悪ガーデナーからの離反の可能性すらある。

(冗談ではありません。悪夢のネットワークの大規模障害に、勇者育成プログラムを名乗る小娘らの勝手放題、地球人プレイヤーの反乱…挙句の果てにとんだお荷物をよこしたものです)

何の因果か、わずか数日で坂道を転げ落ちるような災難の連続。

(我々ガーデナーは確かに、悪夢のゲームの揺るぎない支配者ゲームマスターだったはず)

その自信の根拠たる「マスター権限」も、今はエルルちゃんズと折半する形になっていて。全ての権限がそろってなければプレイヤーから攻撃されるしマスター同士は直接交戦できない。セキュリテイの盲点を突かれた。

(何か、この状況を覆す手があるはずです)

他人を思い通りに動かそうとするのは難しい。たいてい失敗するのに、それを試みる者は後を絶たない。言葉巧みに、あるいは暴力に訴えて。

私たちは多くの場合、自らの願いさえ知らない。それなのに、ゲームの作り手に勝手な期待をする。人の心なんて、覗けやしないのに。

もっとも、私も以前はそうだった。PBWでのゴタゴタを経て、他人に過度に寄りかからないことを学んだだけ。

日本のゲーム業界がヘイトまみれになったのは、他の誰でもない。遊ぶ側が精神的に未熟だったから。他人は自分と違って、意のままに操作できない。できるのは、自分が調節可能な範囲でゲームとの付き合い方を決めるだけ。

人の欲望は、制御不能の暴れ馬。安易な金儲けに目が眩んだ企業も、異世界の悪しき者も、等しく報いを受けるのが世の道理。

(もしや、これはチャンス?)

一方でユッフィーは、孟信の求愛を受け入れるか思案していた。中身がおっさんなのは、もうささいなことだ。これはまた、別の人生。その割り切りがもしかして私の強さなのかもしれないが。

どこからか狙撃銃のスコープ越しに見てるだろう銑十郎には、歯がゆい思いをさせてしまっているだろうか。さっきから取り込み中で無反応なオグマは理解を示しつつも「愛人」の取り分は要求してくるだろうか。

ふと、素朴な疑問が浮かんだ。

「エルル様。わたくしと孟信の間で子作りって、できますの?」
「イメージさえできるならぁ、ヒュプノクラフトは何でもありですよぉ!」

元は同一人物なだけに、山椒太夫の相棒のエルルちゃんに聞いてもその辺の情報は確かだろう。孟信がガハハと笑って、説明を補足した。

「トヨアシハラ人のうち、獣人の種族は動物の姿で生まれて、獣人形態への変身を会得した時点で成人と見なされるのだ」

それだと、牛肉とか鶏肉とか完全に共食いでアウトか。猪と豚肉も?

「神話とかでよくあるでしょお? 変な生まれ方する神様とか英雄とかぁ」「それら全部、ヒュプノクラフトで説明が付くと!?」

1031シェルターで見かけた機関砲や、銑十郎の使う狙撃銃だって、製作者が内部構造まで熟知しているわけではあるまい。想像できれば、その通り。

「さすが、夢の世界ですの…!」

ユッフィーが、別方面からの検討に入る。地球人プレイヤーの多くは、本当の戦争を経験していない。だから、必殺の覚悟を持った相手との戦いはどうしても分が悪くなる。目の前の孟信は、戦国乱世の時代を生きた者。

漫画のお約束で、正々堂々な武人タイプのライバルは上司や同僚の非道な振る舞いなどを原因として、のちに主人公の味方となる場合がある。もし彼を仲間に引き込めるなら、とても心強い。

そう思ったとき、宮殿の奥からの素っ頓狂な叫びが私の思考を中断させた。

安寿とモヒカン

「あたし、魔法使えないのよぉぉぉ!!」

複数の駆けてくる足音。先頭に見えるのは、雪女みたいな格好の和服娘。銀髪に赤いメッシュを入れてたり、肩出しの着崩しをしていてずいぶんお転婆な印象だ。

「アンジュっち、逃げ足早っ」
「ユッフィーさぁん、ごめん! 作戦は失敗ですぅ」

続いて来たのは、ゴーグルで目元を隠したドレッドヘアの女性と、私の相棒のエルルちゃん。何かから逃げてきた様子だが…?

「エルル様、その方はもしや?」

一応、囚われのお姫様に見えなくもないと。ユッフィーが雪女らしき和服娘に視線を向ける。それなら、姫を連れ出すのに成功してるのでは?

「あたしは安寿。悪いけど、説明ならあとにして」
「オグマ様ぁ!」

よほど余裕がないらしく、私のエルルちゃんが悲鳴をあげる。まもなく宮殿の奥から、闇に光る禍々しい瞳が場の一同を身構えさせた。

「お前たち、私を守りなさい!」

宮殿の主、山椒太夫も危険を察して、孟信の後ろに隠れる。護衛のごろつきたちもあわてて、主人の周囲を固めた。

「ガアァッ!!」

獣のような唸り声をあげて、窓から差し込む月明かりの下に出てきたのは、先日「湯っフィーの里」で襲ってきたモヒカン頭の仮面プレイヤー。その手に見えるのは、禍々しいオーラを帯びた魔剣。もうサンシタじゃないぞ。

「ガーデナーから、最前線に送る『呪いの武器』を奪った地球人がいると聞いたが、こいつだったか」

孟信は、事情を知ってるらしい。外から様子を見ていた道化人形にも、暴れるモヒカンの姿が目に入った。

(そうです。そのまま暴れて、邪魔な小娘たちもユッフィーも、魔剣の錆にしてしまいなさい)

道化の瞳に、暗い復讐の炎が灯った。傷付けられたプライドの代償は、生贄で支払ってもらうとばかりに、ヘイトパワーを魔剣に流し込む。

(ユッフィーよ。今から話すことは、決して他人に漏らすな)
(オグマ様?)

エルルの叫びを聞いたのか。それまで静かだったオグマが声を出さず、急にテレパシーで直接頭の中に語りかけてきた。

(あの禍々しい剣は、夢の中でも人を殺す危険性がある)
(なんですって!?)

どこからか、窓の外から紫の霧が魔剣に吸い込まれてゆく。あの剣で傷を負わされたら、夢落ちでは済まないのだろうか?

モヒカンは見た感じ、先日ユッフィーのアバターがオグマにわざと暴走させられたときに似ていた。しかし、当の本人に理性が残ってるとは思えない。やはりオグマは、手加減をしてくれていたのか。

「はわわぁ!?」

逃げ遅れてあたふたしてる、アラビアンナイト風のエルルちゃん。山椒太夫のパートナーを担当している彼女に、いきなりモヒカンが凶刃の切っ先を向けた。道化でさえ、直接狙いはしなかったのに。

「磐長の舞っ!」

ユッフィーがとっさにヒュプノクラフトを発動させ、岩仮面の盾で魔剣の刃を防ぐ。銑十郎からも牽制射撃が飛んで、モヒカンの勢いを削いだ。その間に私のエルルちゃんが、踊り子エルルちゃんの手を引いて護衛に守られた山椒太夫のところへ連れてゆく。

「怖かったですぅ」
「もう、だいじょぶですよぉ」

エルルちゃん同士の、優しいハグ。それを横目に、オグマが話を続ける。

(道化どもは、魔剣の持ち主に簡単な暗示をかけられる。そうやって手駒に利用する気なのじゃろう)
(道化自身はエルルちゃんズに直接攻撃できなくても、魔剣経由で間接的に邪魔者を排除できると?)

どうやら、本当にヤバいらしい。私自身が狙われる分には構わないが、私のために尽力してくれるエルルを危険な目にはあわせたくない。

「俺にも、ガーデナーに復活させてもらった義理がある。お前に手は貸せんが、そいつをどうにかできたなら好きな方法で勝負してやろう」

孟信が、ひとり涼しげな顔でユッフィーに告げる。彼もガーデナー側だが、モヒカンに加勢して強引に首飾りとユッフィーを奪おうとしないのはやはり武人の誇りだろうか。そこは敵ながら、信頼に値する。

「分かりました。ここはわたくしが何とかしましょう」

恐れと傷と

ユッフィーがモヒカンの前に進み出て、手にしたドリルの槍斧を構えた。

「ヘイトパワーをニクムに交換、は無理そうですわね」

孟信よりは格下な相手のはずだが、ヘイトパワーに呑まれたバーサーカーに対峙していると緊張で嫌な汗がにじみ出てくる。

「ウガッ!」
「気を抜くでないぞ」

獣の衝動に突き動かされ振りかざされる死の刃を、オグマの助けを借りながら避け、ときに槍でいなすユッフィー。憎しみで強化され常軌を逸した敵の怪力に、手にしびれが伝わってくる。

「くっ!」
「あやつの担当のエルルはどうした?」

首飾りに宿るオグマの人格が、近くで見守るユッフィー担当のエルルへ声を飛ばした。エルルちゃんズの基本ルール、一緒にいるとヘイトパワーが少しづつ減ってゆく。パートナーさえいれば、防げたはずの暴走。

「ちょっとぉ、呼んでみますねぇ!」

おおかた、ヘイトパワーの減少による戦闘力低下を嫌ったプレイヤーがわざとエルルちゃんを遠ざけているのだろう。彼女さえ、呼び戻せれば。

山椒太夫と護衛たちも、かたずを飲んでユッフィーとモヒカンのバトルを見守っているが。安寿と名乗った娘は、パニックに陥っているようだ。

「あたしに、どうしろって言うのよ!」
「アンジュっち!?」

普段もっと元気な安寿姫は、ただ震えてゾーラにすがり付くばかり。

「あいつ、助けてあげたいけど…」

安寿の中の強いイメージが、彼女を抱きしめるゾーラに無意識のヒュプノクラフトとなって流れ込む。以心伝心のテレパシー。

「アンジュっちを呼んだの、あのモヒカンだったっすか」

それは、モヒカンが道化から強奪した資源で姫ガチャを回して、安寿を召喚したときの記憶。開口一番、彼はこう告げていた。

オレたちゃ、荒野の無法者。ただ、自由なアウトローであれ。

意外にも姫を「所有物」扱いせず、自由行動を許していたモヒカン。あれ?実はいいヤツじゃないかと、ゾーラの脳裏に疑問が浮かぶ。

(マリカっちが、地球人は邪悪って言ってたのとギャップがあるっすね)

パニックを起こしながらも、モヒカンを助けようとする意思を見せる安寿。それと比べて、自分はどうなのか。安寿を抱きしめながらも、ゾーラがふと思う。ゴーグルで封じた、自分の秘めたチカラへの恐れ。

また、別の記憶がゾーラに流れ込む。心象風景の雪景色は、トヨアシハラの北国だろうか?

「魔法の使えないお前は、一族の恥。神剣を手に入れるため、禁呪の媒介となれば歴史に名を残せよう」

祭壇で燃え盛る青い炎。周囲で大勢の術士が、読経めいた詠唱の声をあげる中、儀式を取り仕切るのは安寿によく似た冷たい美貌の女性。母親なのか?

姫ガチャ自体は、ガーデナーが仕組んだ悪意の産物。しかし安寿は皮肉にも儀式の生贄になる直前で召喚され、肉体と精神はアバターへ変換された。

そして召喚主のモヒカンは、安寿を束縛しなかった。これは偶然の幸運か、何か大きな運命の導きなのか?

(アンジュっちは、オレっちよりも過酷な運命に翻弄されてきた。これは、ビビってる場合じゃないっすね)

ゾーラの意志に、勇気の火が灯ったそのとき。

「えるるるるる〜ん!」

ユッフィー担当、水色ディアンドルのエルルが仲間を呼んだ。まるでオオカミの遠吠えみたいな、不思議と透き通って響く声。

「えるるるるる〜ん!」
「えるるるるる〜ん!」

呼応して、アラビアンナイト風のエルルちゃんも、銑十郎の隣で双眼鏡を覗いてた痛Tシャツのエルルちゃんもそろって呼び声をあげ始める。

「何だ!?」

場の一同が、にわかにざわつく。野獣と化したはずのモヒカンもふと動きを止め、不慣れな相手に息のあがったユッフィーが荒い呼吸を整える。

すると。市場近くのゴミ捨て場に積まれたゴミ袋の「萌えるゴミ」と書かれたひとつから、エルルちゃんがひょっこり顔を出した。

「呼んでますぅ!」

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夢を渡る小説家イーノ
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