第16夜 メインタイトル
松戸中央公園。駅から徒歩5分ほどの、小高い丘の上の公園だ。隣接する大型ショッピングセンターは2階から駅に通じる歩道が伸び、5階に公園側への出口がある独特の構造になっている。
深夜になって店も閉まり、駅からはいったん道路に降りて長い階段をのぼるか、裁判所のある坂の上へ遠回りするくらいしか進入路のない公園だが。いまは起きている者に見えない…けれどARのように現実と重なりあった夢の世界で多くのプレイヤーたちが集結していた。
「で、結局どっちにつくんだヒヨラー」
「これが悩ましくてな、チャネリー」
先日、トヨアシハラの羅城門で見かけたVRゴーグルと目出し帽の二人組が公園前の大きな門の脇で話し合っている。かつてここには旧陸軍の工兵学校があり、公園ができたのは終戦後。門柱と歩哨の哨舎だけは当時のまま残っている。
ガーデナーはこの土地が持つ「兵士を送り出す」イメージのチカラを利用し、近辺で膨大な「素材」を溜め込んでいた山椒大夫の協力を得て、羅城門とつながるドリームゲートを築いた。ここから多くのプレイヤーたちが、異世界へ出入りしている。
「ガーデナーの依頼は報酬が魅力的だが、人使い荒過ぎだろう」
あの後、キモオタのキモタローと依頼を受けたものの。ギケイ大王陵の探索中、弁慶の幻霊たちに襲われてパーティは全滅。夢落ちで死に戻りできると思っていたら、謎の結界に弾かれて散々な目にあった。そこを助けてくれたのは、またまた謎のツンツン少女。キモタローは彼女に変態なことを言ったせいで、自分たちより余計に地球とトヨアシハラを往復させられる羽目になったが。それでも女の子目当てで、まだガーデナーにいるらしい。
「『姫ガチャ』の運営もアイツらだし、地球人の変なとこを真似るからな」
異世界の姫を景品にして、射幸心を煽る。でもそれを獲得するための競争は過酷で、かなり運頼み。まさしくガチャゲーのやり方そのものだ。加えて異世界から勝手に人を召喚するのは、誘拐や奴隷貿易にも等しい。もっとも現実でやったら犯罪な行為も悪夢のゲームでは野放しで、スリルや背徳感を求めてガーデナー陣営に加わるプレイヤーも一定数いた。
「他には、どんな陣営があるんだ?」
「闇市や闘技場、公園のゲートを管理してる山椒大夫は商売優先で誰とでも取引する。ヴェネローンの勇者たちとは、あいにくコネがないな。人形どもが言うには、連中は地球人を見下してるらしい。戦力募集もやってないな」
チャネリーとヒヨラーの脳裏に、一瞬マリカの顔が浮かぶ。
「キモタローじゃないが、加勢したお礼にあの子のデレた顔を見れたらな」
「いや、そもそもヴェネローン所属かどうかも分からんぞ」
他にも多くのプレイヤーたちが、迷宮探索で得た情報を交換しながらフリングホルニをどう攻略するか話しあっている。ガーデナーに加担するかの可否も含めて、どう立ち回れば得になるのかと。
「あれは、ビッグ社長か」
チャネリーが、ふと公園の中に見知った顔を見つけて歩み寄る。ヒヨラーもヒヨコストラップの飾りを揺らしながら付いていく。
「オレは指図しない。いつも通り、お前らで相談して作戦を決めろ」
ひと目でそれと分かるクセの強いおっさんが、公園のベンチに腰掛けながら多くのプレイヤーに囲まれている。だいぶ密だが、夢の中ならと感染を気にかける者もいない。東京都の管轄内でもないから、緑の魔女にお仕置きされる心配もない。
「チャネリーが前にいたっていう、ミリタリーパレードの社長さんか」
「動画にもよく出てる、名物社長だからな。信者はそこそこいる」
きっかけはささいなものだった。松戸運動公園の野球場に夜出現する闘技場で、ビッグ社長は自分の運営するPBWのプレイヤーたちと偶然出会った。それが口コミで広まり、リアルでオフ会に行けなくなったプレイヤーたちがどんどん集まり出して、気づけば「MP同盟軍」と呼ばれるちょっとした勢力になっていた。戦争をお祭りのように楽しむゲームマニアの集まりだ。
他にも臨時休校で会えなくなっていた同じ学校の仲間や、リモートワークで自宅待機になっていた職場の同僚など。各自のコミュニティで自然発生的に小さなチームが出来上がっていた。
「今回、オレはプレイヤーだ。たまにはみんなとワイワイやるのもいいか」
「ビッグ社長は『運営戦国時代』に名乗りをあげないんですか?」
「何だそりゃ?」
プレイヤーの一人から出た質問に、ビッグが不思議そうな顔をする。
「噂なんですけど、悪夢のゲーム全体を一括管理する『運営』はいなくて。各地域の有力者が、好き勝手に運営を名乗っているとか。ゲームマスター気取りで『仮面』を配ってたガーデナーでさえ、そのひとつに過ぎないって」
悪夢のゲーム内で「目覚めた」者の多くは、ガーデナーの道化人形から奇妙な仮面を受け取っていた。それは着用者が夢見の技を使うのをサポートし幽霊のような精神体に実体を与えてアバター化するなど、本来は高度な術を簡単に扱えるようにしている。そのままガーデナー陣営に属するプレイヤーも多く、仮面の配布は戦力集めの有効な手段になっていた。
仮面を使えば外見のカスタマイズもお手の物で、MP社のプレイヤーたちはPBWでの持ちキャラをアバターで再現する者が多い。
「それで、戦国の世になってるわけか」
逆に悪夢のゲームで「悪役プレイ」を楽しむ者は、素顔をさらさず仮面で正体を隠す傾向が強い。山椒魚の獣人めいた山椒大夫や、まるで妖怪の如き人間離れした肥満体のキモタローのように、わざと異形のアバターを用いる者までいた。
「運営やんのは、リアルで精一杯だな」
MP社は社員が十人にも満たない零細企業でありながら、同時に二つのPBWを運営することで知られている。それで古いほうは大抵手を抜かれて、やっつけ仕事になりがちなので以前から批判されているが、本人たちは頑として二作同時のスタイルを止めようとしない。
ビッグの返事に対するプレイヤーの反応は、様々だった。さすがに余力がないのだろうと納得する者もいれば、これが新作でもいいじゃんと声をあげる者もいる。
「そもそも、オレが作った世界観じゃないし」
誰の目から見ても斜陽産業なPBWで運営を続ける企業は、ほぼ全ての者が「自分たちの考えた世界観こそ正統であり、異端を許さない」プライドを持っている。そのために柔軟な発想ができないでいる。実際それが通るのは、世間を騒がす圧倒的なヒット作ぐらいだろう。
一方で、MMORPGやPBWを含め全てのオンラインゲームは「うちの子」を輝かせるための舞台に過ぎないと考える個人主義者もいる。PBWで長年運営のエゴに振り回されてきたイーノはこの立場で、既存の「公式至上主義」とは水と油、天動説と地動説のように対立する立場だった。
「さて、お集まりのミナサン」
どこからか、道化人形の声が聞こえてくる。どこかに隠れているのか、姿を消しているのか。あるいは何らかの手段による放送か。
「今日は、とうとう間近に迫った戦争イベント『フリングホルニ攻略戦』の開催スケジュールをお伝えしたく…」
「わたしたちは、ヘイズルーン・ファミリー!」
いきなり、道化人形のアナウンスをさえぎって。女子ふたりのよく通る声が公園に響く。何事かとプレイヤーたちがあたりを見回せば、夜空に巨大な立体映像が浮かび上がっていた。都会では滅多に見られない満天の星空も、一緒に映っている。これが地球上かと思うような、不思議な色彩の夜空。
ひとりは青い髪に褐色肌の小柄な子で、髪をたまねぎヘアのツインテールにまとめている。そしてもう片方は…NPCとしてすでにおなじみのエルル。ただし今回は、まるでギリシャ神話の女神を思わせる薄衣をまとっており。愛らしさの中にも風格を漂わせる姿になっていた。
「地球のみなさまにご報告します。ガーデナーが人間社会の歪みから生じる怒りや憎しみ、絶望など負の感情を搾取するため張り巡らせた、目に見えぬ悪夢のネットワーク」
「それをぉ、ある秘宝のチカラを使ってハッキングしたのはぁ」
「わたくしたちです」
はじめは青髪の子が淡々と語り、エルルが言葉をつないだあと。声をそろえて、ふたりはハッキリと宣言した。あたり一帯が騒然となる。
「あいつ、肌の色は違うが」
「ああ、ガーデナーの手配書にあった賞金首だ。そんなことやってたのか」
チャネリーとヒヨラーが顔を見合わせる。ギケイ大王陵の依頼で見かけた札付きのワル。誰にも捕まらなかったというから、おそらくフリングホルニに到達していたのだろう。しかしなぜ、エルルと一緒か分からない。
「あいつも姫ガチャ当てたのか?」
「アイテムなら異世界に持ち出せるが、NPCは無理だからな」
公園の片隅で、家族三人で悪夢のゲームに参加していた桃色の髪の肉感的な女性が、夫や娘らしき人物と一緒に空を見上げている。そして一言つぶやいた。
「ユッフィーちゃんに、エルルちゃん。ぼく置いてかれちゃったのね」
「モモ?」
モモと呼ばれた女性の夫が、不思議そうに妻を見ると。
「ぼくね、地球がこうなる前、あの子たちと旅をしたの。たぶんぼくたちを面倒に巻き込まないために、冒険に誘わなかったんだと思うの」
「やさしい人なんだね」
娘になぐさめられ、夫に肩を抱かれて。モモは、かつての旅仲間の無事を願った。
「あらん、ユッフィーちゃん?エルルちゃんまで」
中国の南端に位置する、広西チワン族自治区。ベトナムと国境を接し、水墨画のように雄大な自然が目を引く観光地だが。ここにもある現代的に発展したビル街の屋上から、黒髪のエルフが夜空を見上げていた。どこか、とぼけたコミカルな味のある男だ。
ユッフィーとエルルの映像は、ここにも投影されていた。声だと思って聞いていたのはテレパシーの一種であるらしく、海外の人々にも各自の母語に変換されて届いていた。夢見の技だけで、地球全体にここまでの同時中継をすることは難しい。フリズスキャルヴを使っているのは明らかだ。
「おのれ、アウロラ。ヴェネローンの掟を破り地球人に肩入れしましたね」
道化人形のひとりが、松戸運動公園から夜空を憎々しげに見上げる。勇者の都ヴェネローンは、地球のいかなる国や勢力にも加担しない。それが彼らのルールだったはずだ。評議会の意向を無視した独断専行は、女神と言えど許されない。
「わたくしたちの目的は、悪夢のネットワークを『勇者育成プログラム』へ改変し、地球のみなさまに勇者として目覚めていただくことです」
地球は元から人間社会の歪みが生んだ「負の感情」に満ちており、ガーデナーはそれを利用して異世界侵攻用の兵器「悪夢獣」を製造していたと、ユッフィーが語る。
「地球はガーデナーにとって理想的な『工場』であり、彼らはSF映画の火星人のような破壊や侵略を考えていないと主張します」
けれどもガーデナーの行いを黙って見過ごせば、彼らが『剪定』と称する他世界へのテロ活動を助けているにも等しい。
「地球はいつから、ガーデナーが感情を搾取する植民地になりましたか?」
地球人の誇りを呼び覚ますように、ユッフィーは言葉を紡ぐ。
「無駄ですね。全ては夢なのですから」
夜空の映像を見上げながら、道化人形があざ笑った。地球人は、夢がもうひとつの現実だということを認めていない。目が覚めれば、夢渡りの記憶は日常の忙しさに紛れて薄れてゆく。だから人類は変わらないと確信して。
「わたしぃはぁ、その状況を変えたくてぇ。ある世界での冒険の末、仲間と一緒に見つけ出した『願いの果実』にぃ、悪夢のネットワークの改変を願いましたぁ」
エルルの発言に、地球人プレイヤーたちが首をかしげる。彼女はゲームのNPCであり、同時に「姫ガチャ」から入手もできるキャラクターではなかったのかと。
「けれど、地球をガーデナーの影響から遮断した副作用で。地球のみなさまが毎晩無意識に楽しまれている『自由な夢渡り』まで『ロックダウン』する結果を招いてしまいました。ここに深くおわびいたします」
ユッフィーとエルルが、そろって頭を45度下げる。日本でよく見かける、企業や著名人の謝罪会見のように。
ところがこれにも、多くのプレイヤーが首をかしげた。ガーデナーから仮面を受け取った者の多くは、目覚めると悪夢のゲームでの記憶を忘れてしまう。そして夜眠りに入ると、仮面にセーブされた記憶がロードされてゲーム再開となる仕組みだ。なので「ロックダウン」以前の夢記憶を保持している者が少なく、何か迷惑を受けた実感に乏しい。
「わたくしの名は、ユーフォリア・ヴェルヌ・ヨルムンド。地底世界エル・ムンドの小国、ヨルムンド王国の第一王女です。良かれと思ってした事とはいえ、大きな混乱を招いた原因のひとりとして」
「わたしぃたちヘイズルーン・ファミリーはぁ、運営戦国時代を統一に導く勢力として名乗りをあげますぅ!」
自身に不都合なことも包み隠さず正直に告白し、地球人へのおせっかいがもたらした結果に自らけじめをつける。それは、ユッフィーの考える理想の運営の姿だ。今は、ほとんどのプレイヤーに意図が伝わってないとしても。
「なるほどねん。それならヴェネローンでの旅仲間テイセンとして、アタシも助太刀に行かなくっちゃ」
テイセンと名乗った黒髪のエルフが手元で、夢見の技で出したスライムをもてあそぶ。彼もまた、夢渡りの記憶を保持している数少ない地球人。
ちなみに漢字では「丁千」と書く。アルファベットとアラビア数字に変換すれば、その由来が分かるだろう。
「見え透いたウソを」
松戸運動公園のほうで、ユッフィーとエルルの会見を聞いていた道化人形が地球人プレイヤーに聞こえるよう声を漏らす。不信感を煽るためだ。
「ヨルムンド王国っての、確かあいつが『偽神戦争マキナ』内で騙ってたアンオフィ設定だな」
自分もそのPBWに参加していたチャネリーが、MP社時代のことを思い出してつぶやく。
「ウソにしてもだ。どっか異世界の手付かずの無人島を国土だと言い張って『地球外の国家』を名乗れば、女神さんがそれに協力してもお咎めなしか」
「異世界には、まだそんなロマンがある…一本取られたな」
道化人形の独白から、ユッフィーがとったであろう手段をヒヨラーが推理する。日和見主義者を自認するだけあって、どの勢力につけば得かの計算はなかなか鋭い。皮肉屋のチャネリーも、ユッフィーの広げた大風呂敷に思わず笑っていた。
「お堅い話はここまで。運営の初仕事として、イベントの告知ですの!」
「お問い合わせはぁ、お近くのエルルちゃんまでぇ!」
まさに今 私たちの足元 夜の眠りの裏側で…
唐突に映像が切り替わり、とある名作映画のオープニングクロールめいたテキストがそれっぽいBGMと共に夜空へ投影されてゆく。しかし文字の流れる方向が逆だ。徐々に遠ざかるのではなく、だんだん近付いてくる。
ベナンダンティ -夢を歩く者-
エピソード4:ロックダウン・イン・ザ・ナイトメア
悪夢のゲームの正体は、勇者育成プログラムだった!
遠い昔、長い旅の果てにヴァイキングたちが移り住んだ異世界
アスガルティアは、ガーデナーの奸計により滅ぼされた。
伝説の巨狼に呑み込まれる大地より脱出した、わずかな生き残りは
遺跡船フリングホルニで新天地への眠りについた。
時は流れ、2020年。
異世界を渡り歩き、剪定と称して多くの世界を刈り取ってきた
狂気の庭師ガーデナーは人間社会の歪みにつけ込み
恐怖や絶望の感情から、闇の怪物たちを生み出し手駒としていた。
現代に再来した疫病の脅威と魔女狩りは、その流れをいっそう加速させた。
そして突然訪れた、夢の世界のロックダウン。
地球へのアクセス手段を失ったガーデナー勢力は
古の転移門を有するフリングホルニへ攻め入り、雪の街を占拠して
日本に隣接する異世界トヨアシハラへ通じる門を開かせた。
遺跡船の眠り姫エルルは、夢の中で願った。
私たちに勇者として目覚め、この船を救ってほしいと。
一方、雪の街を脱出した町長ニコラスと住民たちは
勇者の都ヴェネローンに救援を要請。地下に潜り抵抗を続ける。
市民軍をまとめる姫将軍アリサは、かつて故郷トヨアシハラを滅ぼした
宿敵・邪暴鬼がガーデナーの同盟者となった事を知り
フリングホルニの防衛と祖国奪還を胸に誓う。
だが主役は、異世界の勇者でもガーデナーでもない。
戦いの行方は…私たち地球人、ひとりひとりの行動にかかっているのだ!
大規模戦争イベント「フリングホルニ防衛戦」は
2020年5月2日 0:00よりスタート!
がんばって連休中に決着つけよう!!
「やっと重い腰を上げたか、臆病者」
夜空を見上げて、ビッグ社長がひとりつぶやく。彼もまた、3年前にヴェネローンの地を踏んだ地球人。特にハードな経験をした彼が、あの日々を忘れるはずもない。
イーノはかつて、PBWのオフ会を通してビッグ社長と長年の付き合いがあったが。あるとき考えの違いから激しい口論になり、たもとを分かった。そのときイーノは、自分が運営になると言い放った。
ネカマの魔女が悪夢をMODるのは、これからだ。
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