見出し画像

ベナ拡第9夜:ユッフィー、志を立てる

恋のライバル?

「馬子にも衣装ではないか」

宴会場の奥から、大柄なイノシシの獣人がのっしのっしと歩み出て。小柄なユッフィーを見下ろした。身長差は倍近くもありそうで、手にした長柄の偃月刀がさらに体格差を強調している。ユッフィーの槍より、もっと長い。

「いや、馬子ではないな。ユッフィー姫だったか」

巫女服姿のドワーフ娘に向ける表情は、明らかに上機嫌だった。てっきり、格下に出し抜かれて雪辱に燃えてると思っていたが。

ユッフィーの脳裏に、先日の追いかけっこの光景が浮かんでは消えた。

「イノビトの将、孟信。足が速いだけでなく、耳も利くようですわね」

相棒のエルルが姫君を見つけて連れ出すまで、どう時間を稼ぐか。予想外の状況に驚きながらも、ユッフィーが山のような巨躯を前に考えを巡らせる。

「ユッフィーよ、異世界の姫をなぜ助ける?助けてどうするのだ?」

いきなりバトルかと思ったが、今回は問答から始まった。二人を取り囲む仮面のならず者たちや、山椒太夫とお供のエルルちゃんもじっと見ている。

「あいつ、何を考えて」

狙撃銃のスコープから、見守る銑十郎も首をかしげる。仮面を通じて、会話の内容も把握している。

「孟信さぁんはぁ、気になる女の子に会えてうれしいんですねぇ♪」

同じく双眼鏡で観察している痛Tシャツのエルルちゃんが、急に聞き捨てならないことを口にした。銑十郎にとって、ユッフィーは俺の嫁。

「恋のライバルぅ、登場ですねぇ。もっちろん、わたしぃは銑十郎さぁんとユッフィーさぁんのカップリングを応援しますよぉ!!」

銃を構える手が、思わず震えた。こんなことで心を乱しては、スナイパーは務まらないと銑十郎が内心で自分に言い聞かせる。そこへ、語り始めたユッフィーの声が通信から聞こえてきた。

志は気のすいなり

「ゲームは本来、楽しいものです。遊ぶ人と作る人を険悪にするものでも、ヘイト集めの道具でもありませんの。楽しいはずのゲームで、ガチャと称して異世界の方々を拉致するなど、言語道断!」

私はユッフィーを演じながらも、私自身が日頃から感じていた違和感を場の全員に向けて、率直に語った。悪夢のゲームに巻き込まれるずっと前から、日本ではゲームソフトやアプリへの酷評の嵐がネットで吹き荒れていた。

「日本人は、製品やサービスに高望みをし過ぎですの。日本製品は高品質で海外で絶賛され爆買いもされますけど。ゲームに関しては、制作者の苦労も知らずに勝手な期待を押し付け過ぎですわ」

すると、外野からヤジが飛んでくる。

「そんなこと言ったってよぉ、オレらにゲームなんか作れるかよ」

気持ちは、痛いほど分かる。だから私は、中の人として答えた。

「現代のゲーム開発は、高度にブラックボックス化しています。わたくしもかつてゲーム業界を目指して専門の学校に通い、プログラミングを勉強しましたが、満足いくものは作れず職も得られませんでした」

若い頃、ゲーム業界に憧れを抱くも。自分が発達障害だと判明するまで、正体不明の「生きづらさ」に苦しみ夢を諦め、長い間派遣社員で職を転々とし行く先々で無理解に悩んだ日々が思い起こされる。

「だから、言っただろう」

ならず者たちの侮蔑の声と、鋭い視線が突き刺さる。憎しみの圧が強すぎて近い将来、ゲーム業界を目指す人などいなくなると思えるほどの。

すると、そのヘイトに反応してか。どこからか不気味な声が聞こえてくる。

DJPのガチャはクソドケチ… ふくびきじゃなくて呪い足し…
DJPのガチャはクソドケチ… ふくびきじゃなくて呪い足し…

「今度は、怪談っぽい感じかよ!?」

あたりがざわついた。誰かがシュプレヒコールを叫んだのではない。まるで亡霊のような囁きが無意識のヒュプノクラフトによる「上映」で、悪趣味なBGMになって流れてくる。

「姫たちが、ゲームのNPCでないとしたら。一体、何なのです!?」

ユッフィーに問う山椒太夫に、怯えの色が浮かんで見えた。口元が見えるベネチアンマスクならでは。たぶん軽い気持ちでガチャを回したら、知らぬ間に誘拐事件に加担してたと気付いたのか。

「異世界は実在します。遠過ぎて観測できないか、別の宇宙なだけですの」
「エルルちゃんはぁ、地球人みんなの味方ですよぉ!」

アラビアンナイト風のエルルちゃんがくねくね踊りながら。にっこり笑顔で自分の担当する山椒太夫を元気付ける。人類に味方する、本物の異世界人。なんか、どこぞの光の巨人みたいだな。

「ゲームが作れなくても、わたくしにはできることがありました」

野次馬たちに視線を向けながら、堂々とプレゼンするユッフィー。実は自分でPBWを作ろうと起業を考えていた時期に、プロの指導を受けていた。結局実を結ぶことは無かったけど。

「これまでの失敗や挫折は、全て無駄ではありません。現実には『つよさ』が一目で分かるステータス画面など、存在しないのですから。探索を重ねて自分の手で強みを発見する必要がありますの」

PBMやPBWは、私の自由な発想を活かせなかったが。作家の基礎となる文章力は鍛えてくれた。締切や文字数制限はあった方が、考えをまとめやすい。

「わたくしは、この夢を物語に書き上げます。日本人のRPGへの誤解を解き憎しみの連鎖を断ち切って、この悪夢に『夢』を取り戻しますの!」

宮殿の窓から月明かりが差し込み、ユッフィーを照らす。いつかはきっと、見上げる夜空を越えて、自由な夢渡りも取り戻す。

「あなたたちも、こんなに見事な宮殿を作れたではありませんか」
「次はぁ、エルルちゃんが宮廷料理の再現を頑張りますよぉ♪」

夢の中くらい、夢のある場所であってほしい。荒んだ現実に引きずられた、想像上の復讐ルサンチマンの場にはしたくない。ヒュプノクラフトは、プラモデルよりも自由なのだから。

「ハハハ、いいぞ。半分も分からん話だが、今のお前はいい目をしている」

不意に、孟信が豪快に笑う。ユッフィーに向けて、敵同士であるのをすっかり忘れたかのような笑顔で、打ち解けた様子を見せる。

「古人いわく、志は気のすいなり。何かを成そうとする意志が、難事に立ち向かう気力を湧き上がらせるのだ」

かつて、自分の生きていた時代に。孟信は何を思い武を振るってきたのか、初心を思い出しているようだった。

「ひとつ、確かめてもいいか」
「わたくしに、答えられることでしたら」

再び、ユッフィーに問いかける孟信。

「なぜ、宗教や人種や民族でなく、遊技にこれほどの憎しみが渦巻くのだ」
「ゲームへの愛が病んだ結果、とも言えますけど」

相手は異世界人で、時代さえも違う存在。それを念頭に置いて、私は言葉を選んだ。

「一番の理由は今の日本が…神の威光は遠ざかり、人はより平等に近づき、長く戦のない時代だからでしょう」

戦争ばかりの状況なら、日々を生きるのに精一杯。ゲームの出来が悪いことぐらい、誰も気にも留めないだろう。

私は悟った。なぜ、ガーデナーが地球を侵略せず「生産拠点」に利用しているのかを。彼らには、その必要がないのだ。

「平和が生む憎しみ。戦で多くの命が失われれば、負の感情の発生源も減るだけでしょうから」

孟信は、深くうなずいていた。竜宮城から戻った浦島太郎の気分だろうか。

「乱世に生まれた俺からすれば、うらやましい話だ。二度目の生を受けて、最前線送りですぐに鉄砲玉と散る定めと思ったが。要らぬ欲が湧いてくる」

スコープを覗く銑十郎が、眉間にしわを寄せた。痛Tシャツのエルルちゃんが察知した通りなのかと。

「ユッフィー姫。俺の嫁にならぬか?」
「えっ!?」

いきなりのプロポーズに、固まるドワーフ娘。周囲もざわつく。

「おお〜っとぉ! ここで熱愛発覚ですぅ!!」

山椒太夫のパートナー、アラビアンナイトの踊り子風のエルルちゃんだけがノリノリではやし立てる。家族はいくら増えても嬉しいらしい。

「我らイノビトは、武勲も尊ぶが。それ以上に所帯を持ち、多くの子に囲まれるのを誇りとするのだ」

イノシシは多産のイメージがあって、北欧神話でも豊穣のシンボルになっているけど。オグマに銑十郎に孟信まで…ユッフィー、ちょっとモテすぎじゃないか?

帰りたくない

一方その頃、宮殿の奥深くまで潜入した水色ディアンドルのエルルちゃんはマスクを着けず、代わりに呪いの首輪をはめられた和服娘と出会っていた。

「お姫様ぁ!助けに来ましたよぉ」
「あたしは安寿よ。あんた、誰担当のエルル?」

敵襲の知らせを受けて、安寿姫は自発的に宮殿の奥へ避難していた。そして彼女の護衛に同行していたのが。

「あれ、エルルっち?」
「ユッフィーさぁんの、エルルちゃんですよぉ!」

ゾーラとエルルを交互に見て、首をかしげる安寿姫。

「あんたら、知り合い?」
「エルルっちとは、ヴェネローンで知り合った友達っす。他の奴には内緒っすよ?」

ゾーラの両目を覆うゴーグルを道化の配った仮面だと判断して、地球人と思い込んでた安寿姫。身近に異世界人が紛れ込んでた事実に、彼女の好奇心がむくむくと膨れ上がる。

「囚われの姫を助けに来た勇者って、ゾーラだったの!?」

考えてみれば、ゾーラはパートナーのエルルを連れてない。地球人なら全員に「配布」されるけど、中にはヘイトパワーが下がるのを嫌ってわざと置き去りにするプレイヤーもいるから、見分けが付かなかった。

「オレっちは、ただの石工っす。でも、愛しのヒメを探しに来たのはマジっすよ」
「いいなぁ、そういうの」

どこか寂しげに、安寿姫が窓の月を見上げた。

「あたしはね、帰りたくないの。実の娘を儀式の生贄にしようとする毒親のところなんかにはね」
「アンジュさぁん!?」

エルルが、思わず言葉に詰まる。ユッフィーの頼みで囚われの姫を連れ出しに来たけれど、その本人が元の世界へ帰るのを拒んだ。現状では、姫ガチャの被害者を送り返す手段も見つけられていないけど。

「でもあたし、ゾーラの話を聞いたら。愛しの人と再会させてあげたくなっちゃった。付いてきて」

唐突に、宮殿の最奥へと駆け出す安寿姫。

「ちょっと、どこ行くっすか?」
「この奥に、立ち入り禁止の部屋があるの。もしかしたら」

(悲しい過去があるみたいですけどぉ。この子はぁ、もしかして…)

自称、勇者を導く戦乙女ヴァルキリー。その名に相応しく、エルルは安寿姫の瞳に宿った意志の光を見逃さなかった。

「行きましょお!」
「エルルっち!?」

安寿姫に続いて、エルルも駆け出す。つられて、ゾーラも後を追った。

いいなと思ったら応援しよう!

夢を渡る小説家イーノ
アーティストデートの足しにさせて頂きます。あなたのサポートに感謝。