【ベナンダンティ】3夜 夢渡り
宇宙の闇に浮かぶ地球。半分は太陽に照らされ、半分は影になっている。
地球の自転で日本列島が影に入ると、東京あたりが一段と明るく光った。
夜の地球から、飛び立つものがある。大気圏に降り注ぐ流星群を、逆回しにしたかのような。そして地球から離れると、各自が思い思いに散ってゆく。まるでワープに入った宇宙船みたいに、加速して消えてゆく。
もし観察者が、その「蝶」を見る目を備えているなら。
古来より、世界各地の人々が蝶にたとえたもの。
その正体は、眠りについた人々の精神。朝になれば、それぞれ寝床に戻って目を覚ます。身体が休んでる間、精神は誰でも毎晩、異世界転移。無意識が望む場所へ飛んでいって、そこで望む姿で楽しく過ごす。
これで、心もリフレッシュ。
行き先は、その人次第。現代の地球とよく似た星かもしれないし、まったくかけ離れた場所かもしれない。
そこは天国のお花畑か、昭和めいた地獄の三丁目か、あるいは戦乱の中原か冷たき機械のディストピアか、空に複数の月が浮かぶジャングルか。
「胡蝶の夢」の種明かしだ。誰でも使えるワープ航法。
明晰夢を見ることのできる人は、ある程度行き先を選べるのかもしれない。
地球から旅立つ者があれば、地球へ遊びに来る者もいる。異世界のほうでもこの「夢渡り」は共通した現象だから。
もしかすると、人間以外の賢い生き物も。イルカやゾウや、宇宙から彗星に乗ってきた説のあるタコも「夢を渡る」のかも。
もっとも、多くの人は朝になると日常の忙しさで忘れてしまうのだけど。
201X年12月24日夜。私たちの地球にまだ「夏なき冬」が訪れてなかった頃。
おかしな方向へ飛んでゆく「蝶」があった。
「ちょっとあんた、そっちは行かない方がいいわよ」
夢渡りの高速道路「ドリームウェイ」の中で、寝間着姿の少女が迷走する蝶に呼びかけている。光以上の速さで併走しながら。実体は無いはずだけど、白いネグリジェと栗色の髪が激しくなびいている。
「あの星はヤバいの!行ったら後悔するわよ」
思念の「声」は相手に届いているはずだけど、返事が無い。夢の中だけに、無我夢中になっているのか。
やがて眼前に映るのは、真っ白に凍りついた星。
蝶は流星となって、北極のあたりに落ちてゆく。少女が足を止めた。
「もう!どうなっても知らないわよ」
見ず知らずの魂ではなかった。彼が子供の頃から見守っていた。もう忘れてしまっているだろうけど、一緒に遊んだことも。やがて彼は、彼女の年齢に追いつき、追い越しておっさんになった。精神だけの彼女は年をとらない。
「イーノのバカ!バルハリアなんかに降りてどうすんのよ」
惑星バルハリア。古の災厄により「全球凍結」した、刻の流れない星。
少女が衛星軌道から見下ろす北極の大地は、地球の南極にそっくりだった。