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ベナ拡第11夜:石工のお仕事

恐ろしきチーズ?

「ゾーラさん、あなたはもしや…」
「ふははは、我輩は大魔王ゴルゴンゾーラである!」

闇市の主、山椒太夫がなぜかゾーラから視線をそらしつつ、恐る恐る問いかけると。明らかに冗談と分かる返答で、場をなごませようとするゾーラ。

地球人プレイヤーの多くも、彼女を直視しないようにしていて。ゾーラは思わず苦笑いを浮かべた。

「大丈夫っすよ!ゴーグルで邪眼を封じてるっすから」

チカラを使えば、恐れられる。ゾーラの祖先は昔、故郷で怪物扱いされ迫害を受けた。それでも、捨てる神あれば拾う神あり。一族は同じ境遇の者たちと一緒に、女神アウロラの庇護の下ヴェネローンで平穏に暮らしている。

「アリサがいない状況で、おぬしがおったのは何よりの幸運だったぞ」
「ほめても、何も出ないっすよ」

ユッフィーの胸元の首飾りから、オグマの声がゾーラの健闘を讃えている。

「ゾーラさぁんはぁ、ヒーローですよぉ!」
「ですわね、エルル様」

ユッフィー担当のエルルちゃんも、笑顔で地球人たちに呼びかけている。
実際、ユッフィーだけでは手に負えなかった。視線をその原因に向けつつ、私も同意のつぶやきを漏らす。

窓から差し込む月光が照らすのは、モヒカンを暴走させていたはずの魔剣。今は石と化して、呪いのチカラを封じられている。安寿もまた、自分たちの成果を誇らしげに見ている。

「あたしたちがやったのよ、これ」
「照れるっすね、ハハハ」

もうお分かりだろうか。彼女は、ゴルゴン族のゾーラさん。青カビのチーズゴルゴンゾーラとは、特に関係ないけれど。彼女の作るパスタでは、チーズソースの定番になっている。

軽いノリの口調も、冗談で人を笑わせようとするのも、ゴーグルで素顔を隠すのも。全ては相手を怖がらせまいとする、ゾーラの優しさ。ドレッドヘアも実は、ゴルゴン族特有の蛇髪をアバターで擬態したものだった。

「…おい、何があった?」
「モヒカンさぁん!」

正気を取り戻し、モヒカンが身体を起こすと。彼の相棒のエルルちゃんが、泣き顔でぎゅっと抱きついてきた。革ジャンにダメージドジーンズとワイルドな装いなのは、モヒカンの影響だろうか。

「どうした、迷いが見えたぞ」

一部始終を見ていた孟信が、ユッフィーの精彩を欠いた戦いぶりを不思議に思い、指摘すると。私は包み隠さず、内心を打ち明けた。

「現実でのわたくしは、戦場に立ったことも、殴り合いすらしたことがありませんもの」

中の人がそんな有り様で、先日は歴戦の孟信をなぜ一時的にでも押し返せたのか。解釈に悩んだあと、孟信の頭に答えが浮かんだ。

「お前の『想像力の魔法』は、大したものだな」
「ええ。作家ですから」

オグマの言葉で実戦を意識し過ぎたあまり、気分が乗らなかったのが苦戦の理由だろうか?

(だとしたら「楽しむ余裕」はとてつもないパワーの源ですの)

手の内は、明かして構わない。むしろそうすることでイメージをより明確にして、ヒュプノクラフトを強化できる。それに孟信のような人物なら、弱みを見せても問題ないはず。

弱さは強さ。その認識が、ユッフィーの調子を高めてゆく。

どとうのえるる

話は少し、さかのぼる。潮目が変わったのは、エルルちゃんズの遠吠えを聞いてどこからかモヒカン担当のエルルちゃんが駆けつけてから。

「なんで、戻ってきた!」
「わたしぃが、モヒカンさぁんの担当だからですよぉ!」

身体の支配権は、まだ魔剣に奪われたままだけど。モヒカンの目に意志の光が戻った。明らかにエルルを気遣っており、単なる戦闘力目当てで置き去りにしたとは思えない。

「ユッフィーだけを勇者に育てれば、いいんじゃないのか?」

モヒカンもまた、ユッフィーのことは担当のエルルちゃんからよく聞いていた。そのたびに浮かんでは消えていた、素朴な疑問。

「ユッフィーさぁんだけじゃなく、地球人みぃんなが…いまよりほんの少し勇気を出してくれたらって思ってますよぉ!」
「ヴェネローンは人手不足っす!そのための勇者育成プログラムっしょ」

ゾーラも、モヒカンの問いに答える。もう素性を隠して切り抜けられる状況でないと、覚悟を決めたか。そして、安寿姫に奮起を促す言葉を贈った。

「アンジュっち!ヒュプノクラフトは、誰でも使える想像力の魔法っすよ」

それは、ゾーラを指導したマリカの受け売りだったけど。王族でありながら魔法が使えず、周囲からうとまれてきた安寿には救いとなった。

「想像するだけで、魔法が使えるなら…!」

宮殿の宴会場に突然巻き起こったのは、強烈な吹雪。安寿の故郷では、最も身近でイメージしやすい自然現象のひとつなのだろう。

「安寿…さん?」
「うおっ!みんな凍っちまうぞ」

名前でつながりのある山椒太夫をはじめとして、その場の全員が身を切るような寒さと共に、安寿が故郷で受けてきた辛い仕打ちを吹雪の中の幻として見ていた。銀髪と白い着物をなびかせ、銀世界にたたずむ姿はまさに雪女。

「これじゃ、みんなが!」
「落ち着いて、範囲を絞るっすよ」

ヒュプノクラフトが暴走気味の安寿を、ゾーラが背中からそっと抱く。その安心感で、安寿も落ち着いてチカラを絞り込んでゆく。

「魔法が使えないじゃと?これのどこがじゃ」
「素質はあっても、彼女の心に向き合う方がいなかったのでしょう」

魔剣に乗っ取られ、暴走するモヒカンの足止めを狙った安寿の魔法。近接で戦っているユッフィーも巻き込まれ、危うく氷漬けになるところだったが。オグマが炎の首飾りブリーシンガメンのチカラを高めて、赤いオーラで守ってくれた。

吹雪が止み、目の前が開けると。モヒカンが魔剣ごと氷漬けになっている。

「いまですよぉ!」
「えるるるるる〜ん!!」

すると、私のエルルちゃんがエルルちゃんズに号令を発して、真っ先にモヒカンに突っ込んだ。モヒカン担当のエルルちゃんも、すぐ後に続く。

「みんなで笑わせてぇ、ヘイトを下げましょお!」
「えるるるるる〜ん!」

山椒太夫担当のエルルちゃんも、意図を察してモヒカンに組み付く。三人がかりだ。なんだか変な組体操みたいに…?

「えるるるるる〜ん!」
「えるるるるる〜ん!」

さらに、四方八方からエルルちゃんズの遠吠えが聞こえてきて。次から次へ多様なコスプレ姿のエルルちゃんズが押し寄せてくる。
1031シェルターからビッグ社長担当の腰元エルルちゃんも駆けつけてくるし、謎のご隠居をほったらかして、どこからか印籠係のエルルちゃんまで。

「ええっ!?」

銑十郎が狙撃銃のスコープをのぞいていると、隣で観測手をしていたはずの痛Tシャツのエルルちゃんまで、モヒカンに取り付いて全身をこちょちょ。もう、ミツバチの熱殺蜂球みたいになってるぞ!?

熱殺蜂球は、ニホンミツバチの必殺技。集団でスズメバチに押しくら饅頭を仕掛けて、暑さで蒸し殺す。エルルちゃんズが隣にいると、ヘイトパワーが少しずつ下がっていくけれど。集団で一気に下げる荒療治か。

「ひゃはは、やめ、くすぐった…!」

氷と一緒にヘイトまで融解したモヒカンの手から、魔剣が落ちる。すかさずオグマがゾーラに声をかけた。

「ゾーラ、石工の仕事じゃぞ!」
「まかせるっす!」

魔剣に駆け寄ったゾーラは、至近距離でゴーグルを操作する。普段は石化の邪眼を遮っておいて、必要な時に光線を出せるらしい。アメコミヒーローにそんなキャラクターがいなかっただろうか?

禍々しいオーラを放っていた呪いの魔剣が、ゾーラの石化の邪眼と火花を散らしながらも少しずつ、コンクリート色の石の塊へと姿を変えてゆく。

「メドゥーサだ!」

複数の地球人たちから、驚きの声があがった。邪眼を解放した余波で波打つドレッドヘアは、まさにゴルゴン族の蛇髪そのもの。

「神話の時代じゃあるまいし、オレっち有名人っすか?」
「RPGで、トップクラスに有名ですの」

モンスターとしてのメドゥーサは、知名度が高い。けれどもゾーラみたいに陽気で優しいゴルゴンは、どんな創作物でも見かけないのではなかろうか?

後で聞いた話だが、彼女は普段雪や氷で形を整えてから石化させて建築物を作ってるらしい。もし、さっぽろ雪まつりの大雪像を石にできたら。

「お仕事、完了っす!」
「お疲れ様でしたぁ!」

ガーデナーの企みにより、邪魔なエルルちゃんとユッフィーの排除を狙って暴走させられた魔剣の脅威は、ここに退けられた。エルルちゃんズのみんなから、盛大な歓声があがる。

(おのれ!まさかヴェネローンの工作員がいたとは)

高みの見物を決め込んでいた道化人形は、屈辱に憎しみの炎をたぎらせる。去り際に、孟信に冷ややかな視線を向けて。

(次はアナタです。頃合いを見計らって、鉄砲玉に使ってあげましょう)

勝負の付け方

「悪いが、まだ終わっとらんぞ」

緊張の抜けた一同を前に、ユッフィーの首飾りからオグマが呼びかける。

「その魔剣は一時的に封印されただけで、専門の者が処置しなければ遅かれ早かれ、元通りじゃよ」
「うちらのボスも、抜かずの妖刀の使い手っすけど。姫ガチャの召喚に巻き込まれたって聞いたっすよ?」

強力なチカラを持つが故、普段は自制しなければならない者として。ゾーラもまた、妖刀使いの姫君をリスペクトしているらしい。

すると、山椒太夫がゾーラを見る。邪眼はゴーグルで封じられており、もう危険はないとようやく理解できたようだ。

「それにしても、モヒカンさんの仲間は凄い人ばかりですね。私たちの情報網で、すぐに探させましょう」

悪夢のゲームで、松戸市近辺では一番乗りの早さで姫ガチャ召喚の素材集めを終わらせた組織力は伊達でないらしい。それに目をつけて、モヒカンと安寿、ゾーラもまた闇市に身を寄せていた。

「だったら、ゾーラの相方も探してあげなさいよ。大切な人を探すために、地球人に紛れ込んでたんでしょ?」

安寿が指摘すると、なぜかギクリと気まずい様子でうなずく山椒太夫。

「そ、そうですね」
「石化した魔剣は、しばらくおぬしらに預けるぞ。説明は省くが、地球で保管した方が安全じゃからな」

山椒太夫に向けたオグマの声は、軽い牽制も含んでいるだろうか。

「ガーデナーと取引するのは、一筋縄じゃ行かないですの。そこで…」

ユッフィーは、いつもの調子を取り戻している。発想力を武器に立ち回る、商人にも通じる機転のお転婆娘が帰ってきた。

「プレイヤーの関心を引く、ビッグイベントを考えましたの。その競技で、わたくしと孟信の勝負もつけましょう。きっと楽しい余興になりますの」
「いいだろう、受けて立とう」

かつて孟信の思い人だったトヨアシハラの姫は、どんな人だったか。そんな想いを巡らしつつ、私はライバルに不敵な笑みを向けた。

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夢を渡る小説家イーノ
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