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7夜 夜明けのご隠居

スーパー銭湯の2階ロビーから見える夜空が、朝焼けの赤に染まってゆく。長く、濃密な夜だった。

「ねっ、ユッフィーさぁんって面白い人でしょお?」
「若い頃を思い出すよ」

ロビーの奥にある食堂のテーブルで談笑しているのは、白髪の老人と相棒のエルルちゃん。エルルちゃんはなぜか、日本の時代劇で見かける江戸時代の男性の旅装姿で。

首飾りに宿るオグマの人格が、ユッフィーのアバターを乗っ取って暴走したとき、その場にいた他のプレイヤーはみんな逃げたと思っていたけど。まだ残っている客がいたようだ。

2022年ではすっかりお馴染みの、飲食店が感染防止対策で設置するアクリルの仕切り板も。2020年春の時点では、まだ準備が追いついていない。

「こちらの方はぁ、どなたですかぁ?」
「越後のちりめん問屋のご隠居だってぇ、言ってましたよぉ」

不思議に思った、ユッフィーのパートナーのエルルちゃんが。「ご隠居」のお供のエルルちゃんと言葉を交わす。エルルちゃん同士の会話は双子のようでもあり、何度見てもシュールな光景だ。

「さきほどは、お騒がせしましたの。そちらのエルル様は、印籠を取り出す係のコスプレですわね」

肝のすわったご老人だなと思いつつ、ユッフィーがペストマスク姿の老紳士に会釈する。例によって、アバターだから中の人の素性は分からないけど。

「私も若い頃は、やんちゃだったよ。いまは、軽々しく印籠を見せつけるのを好まないご隠居だけどね」

ご隠居の肩書きと、老紳士の身なりは大きく違った。ソンブレロ帽に、ポンチョを羽織った姿。ギターを持っているのは、旅の詩人気取りか。どこかのロマンスな物語で見かけた気もする。勝利のキック。

詩人とご隠居との共通点は「実は重要人物」なこと。誰かは知らないけど、正体を隠す気があるんだろうか。サングラスにノースリーブな赤服の大尉?
ユッフィーが、そんなことを考えていると。

「ところで、ユッフィーくんと言ったね。いくつか、聞いてもいいかい」
「何でしょうか?」

ご隠居は、目の前の若く破天荒なドワーフ娘に興味を持ったらしい。
もちろんオグマとは、別の意味で。

「私は、この現実の夜景に『拡張現実』のごとく重なり合った不思議な夢の街を歩き回って、いろいろ調べているのさ。なぜ『竜騎士の旅ドラグーンジャーニー』にそっくりなのか、その理由を知るためにもね」

それは、ユッフィーとしても知りたいことだった。

「無意識に発動する…ヒュプノクラフト。あの道化は、言ってましたわね」

2019年9月にリリースされ、10月には売上100億越え、11月には累計1000万ダウンロードを記録するなど「伝説の再来」とまで呼ばれた位置情報RPG、竜騎士の散歩道ドラグーン・ジャーニー・プロムナード。略してDJP。

「AR技術を使って、スマホでお気に入りのアバターと現実の風景を合成した写真を撮る機能もありましたわね」
「DJPの存在が人々の無意識に刻まれ、結果『無意識のヒュプノクラフト』として夢の世界に反映されたのだとしたら。大した影響力だね」

ペストマスクの下から、少し嬉しそうな声音が聞こえた。エルルちゃんズもふたりそろって、ご隠居を見る。彼も、DJPのプレイヤーなのだろうか。

「わたくしの中の人も、つい先日ステイホームの退屈しのぎに。散歩のお供にと、DJPを始めてみたところですの」
「緊急事態宣言で、歩かなくても家の中でも遊べるよう運営はよく頑張ってくれているよ。けれど、いいことばかりではないみたいだね」

DJPのガチャはクソドケチ、福引きじゃなくて呪い足し。
さきほどの異様なシュプレヒコールが、一同の脳裏に蘇る。

こんなはずではなかった。ご隠居の声音からは、そんな本音がうかがえた。この人、いったい何者なんだろう。水戸のご老公に匹敵するVIP?

「おおかた、ガーデナーが負の感情を集める効果的な手段として。地球人の発明した『あーるぴーじー』や『ガチャ』を利用したのではないか?」

ユッフィーの胸元で首飾りの赤い宝石が光り、声を発した。オグマはこの場では、ガーデナーについて最も良く知るひとりだ。

「それは、元祖RPG『ダイス・アンド・ドワーフD A D発売の翌1 9 7 5年に生まれて、RPGと共に育ってきたわたくしの中の人には、許しがたいことですの」

こぶしを強く握るユッフィー。
RPGへの愛と思い入れを感じさせる仕草に、エルルちゃんズも頬を緩めた。

「では『伝説の』DJ3が出た頃1 9 8 8 年は、中学生かね」
「ええ、よく遊びましたわ。今でも二次創作の小説を書くぐらい」

思わぬところで、懐かしのゲーム談義に花が咲いた。

「なるほど、ありがとう。キミがさっき『憎しみの告白』をしなかった理由が分かる気がしたよ」
「ガチャの問題は、ゲーム業界全体を狂わせ滅ぼす『魔王』も同然ですの」

納得した様子で、ユッフィーを見るご隠居。
しかし、彼女の表情は明るくない。

「ゲーム自体の面白さより、ガチャの価値を高めるほうに偏ってしまった。いまの在り方は、確かにバランスを欠いているよ」
「あれだけのガチャへのヘイトが、この拡張現実の夢にも『悪夢のガチャ』をもたらすのでしょうか…」

現実は夢に影を落とし、夢での出来事もまた、人の無意識に影響を及ぼす。その輪の中で、ガーデナーは憎しみの果実を収穫する。『地球産の』災いの種はまた、オグマの故郷アスガルティアのような破滅の悲劇を生むのか。

私たちが朝を迎えると、日常の忙しさに紛れて忘れてしまうセカイの真実。

「ユッフィーさぁん、なんとかなりますよぉ!」
「エルル様、ありがとうございますの」

エルルちゃんズは、武勇よりも精神的な支えで勇者を導くタイプの戦乙女と呼べるだろうか。かつて一緒に冒険したときも、エルルの笑顔にユッフィーは救われたに違いない。

「RPGの代用品を発明しながら、それに囚われて没落した王家。レックス□ ×社が今後どうなろうと、わたくしには関わりないですけど」
「はは、手厳しいね」

苦笑いを浮かべるご隠居。もしや、関係者なのだろうか?

「夢の中で、夢を荒らす者は。ご老公に代わっておしおきですの」

エルルちゃんズが、月の使者っぽい美少女の決めポーズ。
だから、なんで知ってるの。

「わたくしは、争いの先を向いていたい」

一同の視線の先で、朝日が登る。朝の光が、ヒュプノクラフトで形作られた拡張現実の夢を白く溶かしてゆく。

「いつからだったか、覚えてなくても。わたくしはずっとこうしたかった。ゲームクリエイターにはなれなくても、この夢で世界をつくりますわ」

中の人の挫折がにじむ、ユッフィーの一言に。ご隠居もエールを送った。

「ありがとう。キミたちがどんな人生を選び、どんな物語を紡ぐか。詩人として、見守らせてもらうよ」
「また、夢で会いましょお!」

白い光の中で、エルルちゃんが手を握ってくれた。私も握り返す。

「エルル様。昔、ベナンダンティという夢の番人がいたんでしたわね」
「現実で豊かな実りを得るためにぃ、夢の中でぇ悪い魔女とぉ戦ったんですよぉ!フェンネルの茎を振り回してぇ」

これから始まる夜の戦いは、その現代版に違いない。
RPGの未来を守り、メタバースという名の実りほ ん と う の R P Gを得るための戦い。

「わたくしが、現代のベナンダンティになりますわ」

寝室で、目覚ましのアラームが鳴る。
次の瞬間、私は布団の中で目覚めていた。

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夢を渡る小説家イーノ
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