【ベナンダンティ】2夜 追放宣告
「イーノ。評議会の決定により、ヴェネローンからの退去を命じます」
法廷らしき場所で、老齢の女性が被告人席の男性に判決を告げる。
その装いは聖職者を連想させた。これは、魔女裁判か。
被告は、日本人の中年男性だ。この場に、黒髪の人物は彼ひとり。
男だけど「魔女」扱い。
「この男は『ロキ』です。我らに有益な情報をもたらしましたが、その後に女神アウロラの厚意を悪用し、老師オグマを惑わし、エルルまでも」
(秩序の破壊者…なんだろうけど、一般人相手に大げさな)
自分なりに、懸命に動いただけ。その結果を、北欧神話のトリックスターにたとえられるのを奇妙に思いつつも。イーノはただ静かに、耳を傾ける。
関係者席に座るのは、女性ふたりに少年ひとり。
「………」
白髪で褐色肌の少年は茫然自失で、開いた口がふさがらない。小柄な身体をただただ、わなわなと震わせるだけ。
「オグマ様ぁ!」
金髪を一本三つ編みにまとめた、青い瞳の娘が少年の肩を揺すってみるも…全く無反応。心ここにあらずか。
「いまは、立ち直るのを待つほかないでしょう。申し訳ないと思いますが、『お師匠様』には感謝と敬意しかありません」
イーノが被告人席から、オグマと呼ばれた少年に頭を下げた。
肩書きが「老師」で、見た目が少年とはどういうわけか。
「彼に『器』を貸し与えたこと、私は後悔しておりません」
ギリシャの彫像に命が吹き込まれたような、半裸に薄衣の女神が。瞳に強い意志を宿して言葉を紡ぐ。その背には、オーロラの如き後光が差して。
「アウロラは、全ての者を等しく照らす闇夜の明かり。善悪正邪を問わないからこそ、女神と崇められる」
高位の聖職者らしき老女が、自らの仕える女神に慈愛の眼差しを向けるも。
「けれど盲目の愛が災いを呼ばぬよう、補佐するための教団なのです」
補佐は名目上で、実態は監視であり管理。
目に見える身体を持つ女神が、聖職者に「取り締まり」を受ける異様さは、まさに異世界。こんな宗教、地球にはない。
どことなくアイドルと、芸能事務所の関係を連想もさせるけど。
「あとは、自分で何とか修行します。地球にも『奴ら』がいるのなら」
場所は変わり、神殿の一室。強制送還の準備が整うのを待ちながら、イーノがふたりの女性と会話している。女神アウロラと巫女エルルだ。
「イーノさぁん!」
別れを前にして感極まったエルルが、泣きながらイーノに抱きついた。
見た目はおっさんと若い娘だが、実年齢は聞くだけ野暮だろう。
「エルルちゃん。夢は万人に残された、最後の自由。たとえヴェネローンに通えなくなっても、どこか別の世界で会えるよ」
落ち着いた様子で、エルルを優しく抱き返すイーノ。もう会えないわけじゃないと、相手と自分に言い聞かせるように。
「勇気ある者の旅路に、闇夜のオーロラがありますように」
アウロラとエルルは、声を合わせてイーノを見送った。
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