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【ベナンダンティ】12夜 立ち上がれ勇者よ

「これは夢!夢から覚めて、ログアウトしちまえば…」

パニックに陥りかけたモヒカンが、落ち着いて仮面を外そうとするも。
外れなかった。まるで顔に張り付いたように。

今まで、悪夢のゲームではやられても「夢落ち」で済んだ。だから気軽に、ステイホームの気晴らしにプレイしてこれた。それが落とし穴だった。

「ロックダウン結界の外側で夢落ちしたら…」
「まさか、地球に帰れない?」

ユッフィーと銑十郎が顔を見合わせる。ここまで順調に来れたのも、罠だったのか。

「どうした?地球の『勇者』どもよ。少しは我に抗うがいい」

邪暴鬼が、こちらを見下ろしながら挑発してくる。そうした方が、絶望的なチカラの差を見せつけられると。

「みんなぁ、ファイトですよぉ!」

エルルが地球人たちを元気付ける。いつの間にかチアガール姿でポンポンを持っているのは、イメージを形にするチカラの応用だろうか。夢見の技。

「エルル様も『器』で修行を積みましたわね。行きましょう!」

ヴェネローン勢がすぐ介入してこないのは、何かわけがある。その策を信じユッフィーは長柄斧を構えて、前に出た。

「トヨアシハラ十二支族を滅ぼした我がチカラ、その身で知れい!」

骨のドラゴンが悪夢の炎をまとう。巨体があたり一帯をなぎ払った。

「ひっ、ひでぇぇぇ!!」
「うかつでしたの!」

邪暴鬼は山のような巨体でありながら、動きは俊敏。骨の身体は、生半可な武器や銃弾をたやすく弾いた。オグマの元で修行し、中の下程度には戦えるユッフィーもモヒカンをかばった直後、なすすべなく吹き飛ばされた。

女子に守られるモヒカン。なかなか見かけない絵面だろう。

「夢落ち」させられた地球人たちは、夢渡りの蝶となって超光速で地球へ飛ばされていく。これは悪い夢から覚めるための自己防衛的な反射だが、今となっては逆効果。瞬く間に、視界に広がり迫り来る地球。

「『結界』を蹴りなさい!」
「マリカ様!」

追いついてきた夢渡りの少女。ユッフィーがわずかに加速して、他の地球人たちに先行し。見えない壁を滑りながら蹴った。太陽からの風が地球の大気にぶつかりオーロラを生じさせるように、緑の光が波紋を広げた。

背中からエルルのそれに似た蝶の羽を広げ、地球から飛び立つユッフィー。自由な魂でバルハリアへ飛んだ、あの日のように。

「エルルちゃんはぁ、いつも一緒ですよぉ!」

首飾りからエルルの声がして、緑の光が広がった。その光が女神の如く抱擁の手を広げ、地球人たちを激突から守った。もし、精神が砕けてしまえば。下手すると現実で目覚めないかもしれない。

「さあ、ガツンと一発かましてやりましょお!」

邪暴鬼が地球人を逃すまいと、悪夢の炎で覆った戦場。気のせいかだんだん火の輪が狭くなってくる。この状況でも努めて冷静さを保ち、狙撃での牽制を続ける銑十郎。ユッフィーへの信頼がそうさせるのか。

「サイボーグのアバターだからね。炎の中からでも立ち上がってみせるさ」

そこへ、流れ星が落ちてくる。派手な爆発と衝撃音。
強烈な衝撃波が広がり、悪夢の炎がかき消された。

「ぬおぉっ!?」

見ると、直撃を受けた巨体がぐらついていた。

「馬鹿な!なぜ倒れぬ」
「氷河期世代、なめんなですの!」

落ちてきたのは、夢落ちから復帰したユッフィーたち。

「ユッフィーちゃん!」
「銑十郎さま!」

戦闘中なのも構わず、ハグを交わす。銑十郎のお腹は、クッションのような抱き心地で安心する。

「ちょっと!なんで助けないのよ」

遺跡船フリングホルニの地下に広がる迷宮、バルドルの玄室。その一角に設けられたヴェネローン市民軍の隠れ家で、マリカが兵士と直談判している。生身の身体がない彼女は、軽いフットワークで伝令を担うこともしばしば。

「自分たちは、待機命令を受けております」
「市民軍は練度に不安が。『勇者』の代役は簡単に務まりませんよ」
「あんたら、そんなんでいいの?」

暴れる邪暴鬼と戦う地球人たちの様子は、女神アウロラがオペレーターを務める秘宝「フリズスキャルヴ」で逐一把握されている。ヴェネローンでは、とっくにリモート会議システムが普及していた。

マリカが戦場の様子を注視する。もはや逃走を阻む障害はないのだが、地球人たちは巨大な敵へと果敢に立ち向かってゆく。エルルが彼らを鼓舞しつつ同時にオーロラのような光のカーテンで、攻撃から守る。

「エルルちゃん、ありがとう!」
「必ず助けは来ますの!」

自分たちが知らぬうちに、エルルの身体が眠る船へ災いを持ち込んだことを恥じて。罪滅ぼしに戦う者もいた。

「エルルって、NPCじゃなかったんだな」
「エルルちゃん!オレを見てくれぇぇぇ!!」

マリカの中で、イーノとの記憶が浮かんでは消える。

幼稚園のお遊戯会で、ひとりだけ的外れな演技をしていたイーノ。
唐突に「かくれんぼ」を始めてしまい、先生を困らせたイーノ。

母親が何かおかしいと思い、小さなイーノを医者に連れていき脳波検査をさせたとき、夢渡りのお花畑でイーノと遊んだこと。あれはどこだったか。

小学校、中学校といじめられ続けたイーノ。
高校や大学でひとりぼっちだったイーノ。
マリカのことを忘れてしまったイーノ。

ゲーム制作の道を志したものの、就職氷河期の壁に阻まれたイーノ。
長くフリーターや派遣で、工場勤務を耐え忍んできたイーノ。
PBWで友達を見つけるも、トラブルに巻き込まれるイーノ。

そしてクリスマス前のあの夜、夢渡りでバルハリアへ飛んでいくイーノ。
すべて、幼い頃から見守ってきた。

「竜巻怒輪斧どわふですの!」

そのイーノがユッフィーの姿で、長柄斧を構えて邪暴鬼へとコマの如く回転突撃している。あれは真似できないと言った、ミキの技に似てないか。

「マリカっち!お久しぶりっすね」
「あら、マリカ?」

誰かの声で、現実に引き戻されるマリカ。

そこにいたのは、ルビー色のゴーグルにつなぎ姿でドレッドヘアの快活な女性と、対照的に不思議系な黒髪の女性。目元はぱっつんな前髪で隠れていて黒のゴスロリドレスを着ている。

「ゾーラとオリヒメね。市民軍に志願してたの?」

うなずく二人。軍服などは、まだ無いようだ。

「地球人、思った以上に粘るっすね」
「アリサ将軍はどこよ?」
「彼女なら、軍を率いてトヨアシハラで戦ってるわ。地球を守るためにね」

戦場の様子がいくつも、迷宮の広間に投影されていた。その中のひとつに、廃都の羅城門前で激しい乱戦を繰り広げる十二支の獣人たちと、邪暴鬼軍の百鬼夜行の姿が見える。攻略戦のスタート地点だった場所。

トヨアシハラ側にも、巨大な骨のドラゴンが複数いるのが見える。そのうち一体を、ウサビトのアリサが納刀したままの峰打ちで粉砕した。刀は妖気の炎をまとっている。虎の獣人や、タツノオトシゴの獣人も付き従っている。

「あいつ、何体いるのよ」
「邪暴鬼は、複数の個体で意識を共有しています。私たちと同じように」

画面のひとつから、アウロラの声が答えた。

「あたしは向こうに行ってくる!『勇者』の手助けにね」

単身、戦場に向かおうとするマリカを。ゾーラとオリヒメが呼び止めた。

「マリカっち、ゴルゴン族の助っ人は要るっすか?」
「アラクネ族の糸も、役立つはずよ」
「あんたら、命令違反よ?」

ふたりの顔は、前を向いて笑っていた。

「お〜い!そこのデカいやつ」

場違いに呑気な、女性の声が戦場に響く。低音で力強い。

炎が消え、視界が開けた先に街が見える。そちらから豪快な歩みで近づいてくる、たくましい女傑の姿。背負っているのはハルバード。多機能だが扱いの難しい槍斧だ。

謎の乱入者に、邪暴鬼が動きを止める。

「貴様、何奴だ」
「あんた、あたいとバトルしないか?いや、勝負してもらうよ」

ユッフィーや銑十郎たち地球人も肩で息をしつつ、これ幸いにと身体を休める。臨戦態勢は維持しつつも。

「誰ですの?」
「あいつ、前に見た…!」

戦場に着いたマリカが驚きの声をあげる。付いてきたゾーラとオリヒメに、数名の民兵もそちらを注視した。三つ巴の構図となる邪暴鬼、地球人たち、謎の女傑。マリカたちは、少し離れて見守っている。

「貴様、街の方から来たな。あそこはガーデナーが占領しているはず」
「いかにも。今のあたいは、ガーデナー所属ってことになってるな」
「て、敵なのか…!?」

圧倒的に力の差がある邪暴鬼との交戦で、息も絶え絶えなのに。この上さらに強そうな増援。地球人たちの素顔は仮面で見えないが、明らかに動揺しているのが分かる。

「待って。様子が変ですの」

相手は、自分たちに敵意を向けてない。気付いたユッフィーが指摘する。

「戦うのはあんたとだ、邪暴鬼さんよ」
「ヴェネローンに寝返るか?人間よ」

女傑は首を横に振った。

「知らないようだから名乗っておこうか。元『百万の勇者』トップランカーのプリメラ。『いばら姫』の打倒後、強い奴と闘いたくてガーデナーに味方し、フリングホルニの占領に加わったんだが」

「ロックダウン」の発生直後、マリカがフリズズキャルヴの映像で見たあの筋肉女だ。一目で分かる戦闘狂。

「お目当ての大勇者クワンダは来ないわ、アリサ将軍も姿が見えないわで」

残念そうな様子で、両手を広げてみせる。強者との戦いを期待してたのに。

「退屈してたら、ちょっと面白い子がいるじゃないか」

プリメラが好奇の視線を向けてきたのは、なんとユッフィー。

「わたくしですの?」
「そうそう。ヴェネローン戦士の新顔かい?」

ユッフィーは首を横に振る。「勇者」と見間違えられて、中のイーノは内心喜んでいるかもしれないが。

「おかしいねぇ。アレって、ヴェネローンにあるアウロラ神殿の巫女と絆を結んだ戦士にしか使えないんじゃなかったっけ?オーロラなんとか」
「エルルちゃんがぁ、巫女ですよぉ!」

ユッフィーの隣に、アバターを出現させるエルル。背中の蝶の光翼が、極光の如くゆらめいて。

「わたくしはユッフィー。ヴェネローンからは追放されましたが、地球からガーデナーを追い出すために戦ってますの」
「いいねぇ。昔の『百万の勇者』を思い出す」

プリメラは、ユッフィーたちに興味を覚えたらしい。

「あとは、あたいが戦ってやるよ。あんたらは見てるといい」

どうやら、自分たちは助かるらしい。地球人たちに安堵が広がる。

「ユッフィーちゃん?」
「ユッフィーさぁん!」

自身の限界を超えて戦っていたユッフィーは、それで緊張の糸が切れた。

「まったく、無茶しすぎよ」

地球に魂を引かれようとするイーノを、マリカが抱きとめた。
気を失う直前、視界に映ったのは。

心配そうな銑十郎と、うれし泣きのエルルと。
あきれつつも、まんざらでない顔のマリカ。

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