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4夜 ロックダウンwithエルルちゃんズ

スーパー銭湯「湯っフィーの里」の2階ロビー。現実では無人で常夜灯が灯るだけだが、その上に「拡張現実の夢」が重ねられた眺めはまるでRPGの酒場みたいだ。目覚めている者には見ることも触ることもできない、夢の世界。

「ワタシたち『ガーデナー』は、悪夢を喰らう夜の守護者です」
「エルルちゃんズはぁ、勇者を導く戦乙女ヴァルキリーですよぉ!」

道化人形が地球人相手に「悪夢のゲーム」の背景を語っている。あれから、別の人形が何人か新規のプレイヤーを連れてきて。

「ヴァルキリーって普通、凛々しいイメージだよな」
「エルルちゃんは、親しみやすい村娘ってとこかな」

みな、仮面のチカラで思い思いのアバターに変身している。共通の特徴は、仮面マスクで素顔が隠れていること。サバゲーのゴーグルだったり、覆面レスラーだったり、ホッケーマスクとデザインは十人十色だけど。

外見からは、中の人の性別は分からない。例えば自分は男だと思っていて、リアルでは女装趣味などない男性プレイヤーでも。

ずっと眺めるマイキャラは女の子がいい、女子の方が見栄えのする衣装が多い。そんな理由で、異性のアバターを使う人がいる。ユッフィーもそうだ。

見た目は完璧に、カワイイ女の子なのだから。逆に中の人が女子であるのを隠すため、男性アバターを使う人だっているだろう。

「むかぁしむかしぃ、地球には『ベナンダンティ』っていう夢世界の番人がいましたぁ。でも中世の時代ぃ、魔女狩りで滅びてしまったんですぅ」
「それ以来、守護者不在の夢世界をワタシたちガーデナーが守り。人間社会の歪みがもたらす『負の感情』の暴走で、各地の『ゲート』が勝手に開いてしまうのを防いできたのです」

エルルも代わる代わる、現代までの『現実の裏側』の事情を語ってゆく。彼女の語りは手慣れたもので、まるでベテランの芸能人みたいだ。吟遊詩人と言うべきか。

「その話ですと。第2次世界大戦時のイギリスでロンドン大空襲から逃れて田舎へやってきた子供たちが、衣装タンスからつながる『ゲート』で異世界へ迷い込んだのも、あながち絵空事と言い切れませんの」
「ユッフィーさぁん、それってどんなお話ですかぁ?」

エルルが首を傾げると。周囲の目線も、ユッフィーに集まった。

「ナルニア国物語。いま日本で流行っている『異世界転移もの』の古典とも呼べるお話ですわ」
「それは、興味深いですね」

意外に、道化も関心を示してきた。夜の守護者を名乗っていても、昼の世界のことには明るくないのだろうか?

「ところで、エルル様。質問、いいですの?」
「どおぞぉ、ユッフィーさぁん!」

ふと疑問が浮かび、ユッフィーが手をあげると。エルルは快諾してくれた。

「わたくしたちはみな、蝶になってどこかへ飛んで行こうとしていました。でも、謎の見えない壁に邪魔されて地上へ落ちてきた。これは現実世界での疫病の流行と、関係ありますの?」
「鋭い指摘ですね」

道化人形が、口元を歪めて芝居がかった仕草でうなずく。

「災害、疫病、戦争。これらが現実の世界で猛威を振るうとき、負の感情の急激な増大で夢の世界も影響を受けます。ワタシたちの『悪夢のゲーム』も『免疫システムファイアウォールの暴走』により、地球規模での『ロックダウン』が発生してしまいました」
「夢の中まで、ロックダウンかよ!?」
「地球に閉じ込められる、ってことですわね」

地球人たちが一時、騒然となる。無理もない話だろう。

現実世界のニュースで、連日耳にするその言葉。世界各地で実施されているが、日本では法律の関係上できないため、外出自粛のお願いに留まっているもの。世界経済に「大いなる冬」をもたらすもの。

「もうひとつ、聞いていいか?」
「どうぞ、そこのアナタ」

今度は別のプレイヤーが挙手する。道化が彼を指差した。

「MMORPGとかなら、別によくあることだけどよ。なんで同じ顔、同じ姿の『エルルちゃん』がこんなにいるんだ?」

そう、エルルちゃん「ズ」。

悪夢のゲームのプレイヤー全員に、もれなく一人ずつ付いてきて。隣でニコニコ微笑んでる。可愛い女の子だからまだいいけど、それはそれでシュールな光景。

「エルルさんの件で何が起きてるのかは、正直ワタシたちでも正確には把握しきれていないのです」

道化が苦笑いを浮かべる。両手を横に、肩の高さに掲げて。まさにお手上げといった様子で。

「おそらくは彼女が『悪夢のゲーム』に取りついた『勇者育成プログラム』という名のウイルスだからでしょう。ワタシには、そうとしか思えません」

「エルルちゃん、ウイルスだったのか?」
「オレたち全員、感染者??」

「ひどいですぅ!」

道化からのウイルス扱いに、当然エルルも頬を膨らませて可愛く怒る。

「エルルちゃんズはぁ、荒んだ世の中を『ソーシャルヒーリング』ぅ!」

おや、エルルちゃんズの様子が…
なんか集まって、戦隊ヒーローみたいな決めポーズ。もしかして、癒し系の変身ヒロインか?ひんニュー特撰組??

「エルルちゃん、それ混ざってる」
「オレら、撃ち落とされちゃったな。ハハハ…」

ユッフィーとエルルが、旧知の仲なら。どこかに「オリジナル」のエルルがいるはずだけど。彼女はいま、どこに…?

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夢を渡る小説家イーノ
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