商人のDQ3【30】獅子王と征服者
「お前たち、ピサロの間者ではなさそうだな」
もう3度目だ。姿を消して潜入すると、想定外のことが起こる。バイキングのアジト、あみだくじの塔、そしてモスマン帝国軍の天幕。
「どうやって気付いた」
「野生の勘、とでも言おうか」
クワンダが表情を険しくします。アバター体でなら、起きている者に姿は見えない。匂いもしないし物音も立たない。見つかっても危害を加えられることはなく、夢落ちで済む。隠密行動には最適のはずなのに。
「まさか、心の目が開かれてるっていうの?」
「娘よ、面白いことを言う。我らは魔王の精神支配から解放された者ゆえ、心の目は確かに開かれていよう」
モスマン帝国の実態を探るべく、野営の天幕に忍び込んだシャルロッテたち。ですが早々に、相手に感づかれてしまいます。マリカは、その数少ない例外を知ってはいましたが。
「ライオンしゃん、もしかして…アルスラン王でちか?」
「いかにも、私はモスマンのアルスランだ」
私はしゃべる馬のエド。
もし渇きの壺を見つけたなら西の海の浅瀬の側で使うのですよ。
以前、スーの村で人の言葉をしゃべる馬を見てはいますが。これほど気高く理知的なモンスターを見るのは初めてです。
「シャルロッテちゃんは、ロマリアを守る領主でち」
「わしは、バルセナの街でサクラダ大聖堂の設計と工事に関わっておる」
相手が何者か分かったところで、アルスラン王は潜入の意図を察知したようです。
「私の狙いは、あくまでピサロへの牽制だ」
「ロマリアやカルカスを攻めるつもりは、無いってわけでちか?」
シャルロッテの問いかけに、獅子の王はゆっくりうなずきます。嘘をついているようには見えません。
「もちろん、聖堂を破壊するつもりもない。あれが完成すれば、アッサラームのソフィア大聖堂に勝るとも劣らぬ傑作となるだろう」
「ふむ、サクラダ大聖堂が未完成なのを見抜くとは。見る目があるのう」
アルスラン王の思わぬ審美眼に、アントニオじいさんも感心します。
「モンスターたちがみんな、あなたのようであれば。そもそも、勇者が戦う必要は無いのかもしれませんね」
「ピサロとは違うようだな、若き勇者よ」
アッシュ少年が、目の前の巨大なアームライオンを見上げます。アバター体なので車椅子ではなく、自然な姿勢で立ち上がって。
「そのピサロって、誰なの?」
「スパニアの国家勇者じゃよ。インコ帝国を滅ぼし、サマンオサ辺境伯の地位を得たコンキスタドール。西の大陸南部で多くの民を虐殺し、呪われた黄金を作り出し、吸血鬼のあだ名で呼ばれる冒険者の成れの果て」
マリカの疑問に、アントニオじいさんが忌々しげに答えます。自国の勇者なのに、ひどく嫌っている様子です。
「勇者を名乗りながら、悪魔のような所業に手を染める輩もいるわけだ」
師匠とも呼べるクワンダの言葉に、アッシュ少年の表情も曇ります。もし父オルテガが、悪の道に堕ちた勇者を見ていたとしたら。
「ただのあだ名では、ないかもしれん。ピサロはすでに身も心も魔物と化して、英雄の立場を利用しながら本国の王座さえ狙っているかも知れぬのだ」
ドラクエでピサロといえば、ドラクエ4の魔剣士ピサロですが。その名前の元ネタは、おそらく世界史のフランシスコ・ピサロではないでしょうか?
ドラクエ3の原作では、サマンオサを支配していたのは変化の杖で王様に化けたボストロールでしたが。こちらの世界では、本物の王様が極悪人。
魔物よりも、人間の方が怖い。後のドラクエ本編や派生作品でもたびたびテーマになりますね。
「モスマン帝国について、シャルロッテちゃんたちは大きな誤解をしていたみたいでちゅね」
「我らは、下の世界や別世界から魔王の精神支配で、強制的にこの地へ連れて来られた。人間が、肌の色が違う者を奴隷にするようにな」
先入観に囚われず、実際に自分の目で見て確かめよ。シャルロッテの育て親オティス翁が、つねづね言い聞かせていた言葉です。
「そんな我らの、心の目を開かせてくれたのが音楽だ。銀の竪琴を携えた、あの詩人の奏でる調べ。今でも我らの耳に残り続けておるよ」
どうやら、この世界における吟遊詩人ガライは上の世界の出身で、のちにアレフガルドへ渡ったようです。魔物たちを音楽のチカラで救うため。
「アルスラン王、お話できて光栄です」
「ピサロを牽制に来たつもりが、運命に導かれたようだな」
かがり火の燃える音だけが聞こえる、静かな夜に。シャルロッテたちと獅子の王が神妙に対面します。まるで夢のようだと。
「ピサロは、裏で魔王軍とも同盟している。奴の動きに乗じて、いずれ魔王軍も動き出すだろう」
そのときです。バルセナの街の方で、急にたくさんの足音が規則正しく聞こえてきます。明らかに軍隊の行進です。見ると、城壁の上に火縄銃を携行した兵士が多数展開していて、こちらに狙いをつけています。彼らを指揮しているのは、美形だとウワサされるピサロその人。
「ピサロは、海を越えたサマンオサにいるんじゃなかったのか!?」
「旅の扉じゃよ!場所は分からんが、街のどこかにあると聞いた」
アントニオじいさんの言葉に。歴戦の傭兵クワンダは、ピサロが旅の扉の存在を軍事機密として伏せていたと悟ります。ドラクエ3原作だと、ちょうどロマリア西のほこらの位置にある街ですものね。
「サンティアゴ!」
レコンキスタを守護する聖人の名を、攻撃の合図として。ピサロの軍勢が一斉にモスマン帝国軍へ反撃に出ます。騒然となる天幕。
「そんな、ライオンしゃん!?」
雷鳴のごとき銃声で、シャルロッテはガバッとベッドから飛び起きます。せっかく、モスマンの気高き獅子王と知り合えたのに。
マリカにクワンダ、アッシュ少年とアントニオじいさんも、それぞれの寝床で夢渡りから目覚めます。そこへ警報の鐘と、アミダおばばの叫ぶ声が聞こえてきます。
「敵襲じゃあ!魔王軍の連中が、ロマリアに攻めてきおった!!」
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