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第3夜 ユッフィーと銑十郎

 ミカとバーサーカーが「寝落ち」した後。狙撃手の銑十郎と合流したユッフィーが、宮前公園で雑談している。

「オープンチャットで『緑の魔女討伐戦』の呼びかけがありましたの」
「松戸に、東京都の管理する霊園があったんだね」

 そこなら、緑の魔女のテリトリー。きっとレイドバトルと同じ、近接攻撃禁止の戦いになる。そう読んで、ユッフィーはバーサーカーを誘い込んだ。銑十郎の中で、目の前の少女が立てた作戦への理解が組み上がってゆく。

「3月末から、ステイホームの運動不足解消に始めた『レイドラ』のおかげですわ」

 位置情報ゲームで市内を歩き回り、ゲーゲルマップで散歩コースの情報を調べるうち、八柱霊園が都の管轄であることを知った。地元の地理に明るくなっていたからこそ、悪夢のゲームにおいても地の利を活かし立ち回ることができた。

「『ガチャの闇』さえなければ、ホントにいいゲームですの」

 ユーザーとの関係を険悪にするようなガチャに依存し続ける運営は、遅かれ早かれ消えてゆく。「毒抜き」に成功したガチャは、差別化のために別の名前で呼ばれるようになる。諸行無常の因果応報だ。

★ ★ ★

「あれ、ユッフィーちゃん?」
「銑十郎さまも、寝不足ですの?」

 日曜の朝。夜が開けて悪夢の時間は過ぎ去り、ふたりも戦いの疲れを癒すべく休息の眠りについていたのだが。どういうわけか、また夢の中で偶然に出会っていた。

「では、昨晩のお礼にデートをいたしましょう」

 2020年4月。ある日を境に、夜眠りにつくと夢の中で苦手な人物に追い回されるようになった者たち。ユッフィーとミカと銑十郎は、全員が同じPBW「偽神戦争マキナ」の参加者で、「中の人」の顔こそ知らないもののミカと銑十郎はそれぞれ、ユッフィーと交流があった。ちなみにマキナ運営の社長が先日のバーサーカーの元になった人物で、彼とはいろいろ因縁があった。

「昼間って、安全なのかな?」

 ふたりの眼前に広がる、緑豊かな公園の風景。JR武蔵野線の高架がある他は、あたり一帯が森に囲まれて田舎にでも来たような印象を受ける。ゲート脇の看板には「21世紀の森と広場」の文字が見えた。

「太陽の出ている間に戦闘系イベントは起こらず、悪夢獣などモンスターも湧いてこないみたいですの」
「でも、レイライン上のパワースポットも消えちゃってるね」

 地脈のチカラが通う「大地の血管」を可視化したレイライン。そのパワーが温泉のように湧き出し、HPの回復や素材の採取を行えるパワースポット。どちらもレイドラ由来の要素だが、悪夢のゲームにも同じものがあった。現実とのリンクが、プレイヤーの想像をカタチにさせたのだろうか。

「千葉西総合病院ができるずっと前、イーノ様は森の中の道を通って学校に通っていたと聞きましたわ」

 ユッフィーは麦わら帽子をかぶり、ノースリーブの白いサマードレス姿にアバターの衣装を変えていた。初夏並みのポカポカ陽気とはいえ、だいぶ気が早い。オーバーオールにTシャツ姿の銑十郎と手をつないで、広場の中へ歩みを進めていく。

「ふふっ、恋人握りですの」
「はは…ちょっと照れるな」

 もちろんふたりとも精神体だから、案内所のおっちゃんにも、そこいらのカップルや家族連れにも存在を認識されていない。小柄な女の子とオタクなピンク髪おっさんのカップルだから、もし周囲に姿が見えていたら不審者扱いされていたかもしれない。

「いまの事態を起こした黒幕に立ち向かうには、味方は多いほうが心強いですの。ですから銑十郎さまは、わたくしがしっかり捕まえておきますわ」

 ぎゅっと腕を絡めるユッフィー。柔らかなふくらみが、銑十郎の腕に触れて。純情なおっさんは思わず顔を赤くした。
 自分は弱く、未熟だ。正面からではとても、満足には戦えない。その自覚が、ユッフィーを仲間の確保に走らせていた。銑十郎は単に戦力としてだけでなく、今の彼女には数少ない理解者でもある。

「ユッフィーちゃん、黒幕に心当たりがあるの?」
「何年か前、ある場所で聞きましたの」

 銑十郎から見れば謎めいたことに、ユッフィーは悪夢のゲームについては一般プレイヤーが知り得ない領域にまで深い知識があった。たとえばこの悪夢のゲームは「夢見の技」なるものでプログラミングされているとか。

(夢見の技…夢魔法?)

 彼は以前から、ユッフィーの中の人が執筆するネット小説の読者でもあった。たしか「氷都の舞姫」というタイトルだったか。地球人を含むすべての知的生物は、夜眠りにつくと精神だけが異世界に転移して、朝まで楽しく遊んでいる…そんな話だった。三密になるような場所へはまともに出歩けない昨今の状況では、救いのあるファンタジーだと印象に残っていたが。

 遊歩道で、ジョギングする人とすれ違う。もちろんみんなマスク着用だ。青空の下、のどかな風景を数分歩けば。道が枝分かれして、そのひとつが森の中へ続いていた。

「森の中の坂を登れば、松戸市立博物館。直進すれば、千駄堀池ですの」

 おうちでキャンプブームの影響か、公園内でテントを広げている家族連れもいる。そのまま道なりに進めば、目の前に石畳で整備された水辺の風景が広がってくる。おおよそ、東京ドーム1個分ほどの人工池だ。右手には、森の中を通る道路の高架橋も見える。

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「そういえば、ちょっとお腹すいてきたかな」

 池のほとりに小さな売店を見つけて、銑十郎がお腹に手を当てると。

「20分ほど歩けば、近くに大きなショッピングモールがありますわ」

 このような自然と、大規模な商業施設が隣接しているのは「都会の柏」にない「松戸の見どころ」だと。ユッフィーは胸を張って答えていた。柏にもそれなりの場所はあるのだけど。

★ ★ ★

 幽霊なので起きてる人に視認されない。たまにぶつかってもすり抜ける。もちろん、食事もとれない。それでも青髪の少女と手をつないで、大きなショッピングモールを歩けば。おっさんの心には「女の子とデートしてる」ウキウキ感が湧いてこようというものだ。

 ここは、テラスモール松戸。2019年10月にできたばかりの複合商業施設だ。1階は主に食料品や大型書店、2階は飲食店や雑貨、3階はフードコートや映画館の受付がある。館内へ入るエスカレーター脇にはフィットネスジムも見えた。

「松戸市にようやく映画館ができたって、イーノ様も喜んでましたわ」

 ユッフィーの話によれば、かつてJR松戸駅前にあった小さめの映画館が撤退して以来、松戸には映画館のない時期が数年間あったという。
 「松戸マックス 怒りのデス常磐線」とも呼べる映画館の世紀末状態は、かつての北部市場跡にテラスモール松戸が建つことで解消されたのだった。

「受付が3階で、スクリーンは4階まるごと使ってるんだね」

 銑十郎が4階へ続くエスカレーターを見上げる。天井には青や紫のネオン菅がランダムな格子状に飾られ、独特の雰囲気をかもしているが。どことなく、はるか彼方の銀河系を連想させなくもない。

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「幽霊だったら、タダで映画を見れましたのに」
「緊急事態宣言で、臨時休館中かあ」

 すぐ隣のフードコートも「すてきなステーキ」をはじめとして臨時休業が目立っていた。無人の厨房に、看板だけ点灯しているのが何とも寂しいが。そこで、ふたり同時にお腹が鳴った。

 銑十郎の「中の人」が、自分の部屋で布団から身体を起こす。どうやら、腹が減って強制的に夢から現実に戻されたようだ。時計を見ると、ちょうどお昼の12時ごろだった。
 夜になれば、またバーサーカーが襲ってくる。いつまでも鬼ごっこを続けるわけにもいかないだろうし、ユッフィーはどんな手を打つのだろう。

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