腑に落ちないことがある その違和感を、分けて、しまわないで バラバラにして、床にぶちまけて 良しとしてる 個が乱雑して尖って 誰かが間違って踏んで ケガしてるじゃない。 踏んでしまった誰かが 悪いみたいに。 新しい性別を悪用したり 人の胃袋に入る肉が気に入らなかったり 他家族の葬儀で悪態ついても平気で SNSや記事では暴露や暴言。 未整備なところの 隙間の隙間でやってる そんな多様性。 同じ人間は一人もいないってなかでも 誰も傷ついちゃいけないはずな
パンデミック騒動のここ3年くらいで 死亡者数がぶち上がりらしい 身近でも、何人か。 もう会いたくても会えなくなってしまいました 一方で新しい命もちらほら 命のリレーは 献血とか臓器提供とか子作りとかじゃなく 本質的には教え伝えることだと考えていて 思考することをやめないことが 生き抜いて行くことだと考えていて 大切な人に言葉を優しく伝えたり、悲しんでいる人に言葉をかけてあげるために 学びの必要性があるということ 命のリレーに、参加させていただきたく 今
盛岡の端っこのなんちゃって盛岡に住んでいて(ほぼ八幡平) クソてんかん診断のせいで車を運転出来なくなって、不便が多いから 職場と公共交通機関の便利さを考慮して 少し街に引っ越した。 感想から先に言うと まず自分は順応性が高いってこと 学生時代から電車は使ってたし、何回か引越し経験もあるからまぁ、普通か もっと不満とか不便とか感じるかと思ってたけど 環境が紛らわしてくれてるのか、通常運転してる 奥さんはというと、ちょっと浮ついてるかも 楽しそうだけど、通常運転と
父親は今日定年退職をして 花束をもらって帰ったらしい。 『○年○ヶ月、サポートありがとう』 この一文だけ送られてきた。 様々な思いがあった。 まず私は、そのもらってきた花束をまだ見ていない。 長男で育てて頂いたが、今は一緒に住んでいないから母からの報告で知った。 父は昔から仕事熱心で、今も、とある県士会の会長をやっている。 家に居ないことが多かった。長い間、単身赴任もしていた。 私が小さい頃の記憶では、よく笑うイメージがあった。よく戦いを挑んでいた。戦いごっこ
長いこと住んだ土地で そもそも妻が先立って住んでたアパートに私が転がり込んだカタチからスタートした。 アパートは1階で1LDK。 最初は普通にオセフだったのが、気付いたら彼女になってて嫁になった部屋。 元々栄養士は持っていたし、それで働いていたけど、もっと楽な暮らしがしたくて、国家試験を通過するまで、頑張ったお部屋なんだ。 トイレ、洗面所、キッチンのありとあらゆる壁に、暗記物の張り紙を貼りまくったから、 剥がしたあとがちょっと残ってる、思い出深いお部屋でもある。
たくさん思い出の詰まった車だけど だからこそたくさんの人を乗せたり、たくさん走って欲しいから ぜひいい人に引き取られて欲しいな ちなみに奥にひっそり写ってるマツダで購入して、ラビットで売った。 てんかん診断で、仕事も割りと公共性高いから、しばらく運転出来ないし ディーラーさんに相談したら ものすごく悲しんでくれた。 ディーラーさんは車だけじゃなく、私や家族との関係性も大事にしてくれて 一緒にご飯行ったり、とても仲良くしてくれた人で 年下だけど丁寧でしっかりし
前回、初noteで ちょっとカッコつけて、まるで聖人のような、言いっぷりで自己主張したのを反省しているところで。 実際、振り返ってみると 気持ちの浮き沈みで、家族や友達に心無い言葉を使ってしまったり 静かに期待して、勝手に裏切られたと思って、諦めたり 欲しがっているであろうセリフをわざと隠したり、都合で嘘もつくし、カッコつける 後回しにしてサボったり、気持ちのいいことを最優先にしたりする。 反省しながら、次の悪さを考えてる。 そんなんでも 一緒にいてくれる人
甲子園の決勝で国民は湧いていた一方、太平洋側で原発汚染水の放出で日本国の信頼がガタ落ちするようなニュースがあったりしてさ やれ3S政策だの、やれ日本国民はノーテンキだのって言う方もおられるのだけど 個人でどう生きたら褒められんだよって思うんだ 目の前のことで精一杯で、一喜一憂くらいさせてやってくれって思うんだよ だからってなんも考えないで生きてる訳じゃなく なにが正しくて何を選択したら正解かって 全部不透明だから(勉強不足もある) わからないんだけど、とりあえず 絶