「縁は作るもの」~『TSURUBE BANASHI(鶴瓶噺) 2022』~
「こんな『スター』いますか?」
舞台上から自虐的に問いかける笑福亭鶴瓶師匠に、観客は笑う。
全日本国民から、イジられ倒される愛すべき稀有な人。
笑福亭鶴瓶師匠に、そんなイメージを持っている人は多いだろう。
NHKの番組『鶴瓶の家族に乾杯』を見てもわかるとおり、初めて訪れた土地の見知らぬ人に気軽に「鶴瓶ちゃん」と声を掛けられ、時には理不尽にツッコまれ、またある時には不可解なボケへのツッコミを強要される……
プライベートでも、テレビ同様、いや、それ以上に人々からイジリ倒されている。
そんな鶴瓶師匠の奇妙な出会いや出来事を観客に披露する、ライフワークともいえる場が、『TSURUBE BANASHI(鶴瓶噺)』という「スタンディング・トークショー」だ。決して、「落語会」ではない。
ある年の『鶴瓶噺』で、最前列中央の1席が空いていた。隣には若い男性。
鶴瓶師匠は気になりながらも話続けていると、途中で若い女性が座った。
と、隣の男性がその女性に何やらメモのようなものを渡している。
目ざとく見つけた鶴瓶師匠、そのメモを取り上げて読む。そこには……
『こめん、落語じゃなかった』
以来、この話が毎年定番の前口上になっているのだが、実際のやりとりは鶴瓶師匠のドキュメンタリー映画『バケモン』(山根真吾監督、2021年)で見ることができる。
「こんな『スター』いますか?」
1000円札を持って駆け寄ってくるオバチャンがいる。「祝儀かな」と思って断ろうとすると「くずして!」……「500円入ってもいいですか?」
「『きらきらアフロ』好きなんです。『家族に乾杯』も見てます。『Aスタジオ+』も見てます!」「僕のファンなんですね?」「いや……ファンというわけでは……」
知らない番号からの電話。「今日の落語会のチケット持ってるんですが…30分遅れるので受付に言っておいてください」……
またも知らない番号からの電話。「前川清のコンサートに行くんですが、3階席なんです。1階席になりませんか?」……
こうして鶴瓶師匠は見知らぬ他人から気安く声をかけられ、御縁がやって来る人ではあるが、一方で、偶然の出来事で御縁を結んでしまう人でもある。
例えば、現在「BIG BOSS」と親しまれている新庄剛志監督と、昔対談した鶴瓶師匠、新庄氏より隣のマネージャーが気になる。
「知ってる人ちゃうか?」
記憶を探る……
「あっ、俺の家、ピンポンダッシュしとったガキや!」
当時師匠はその現場を押さえて説教したそうだ。
対談が終わり師匠が声をかけたら、彼は謝りながら逃げたそうだ。
これだけでも驚く話には、後日譚がある。
彼と親しくなった師匠は、自宅だったかに彼を招待したところ、「オカダと一緒に行きます」と返事。
「オカダって誰?」
「『ますだおかだ』の岡田です。僕、あいつと一緒にピンポンダッシュしてたんです」
『鶴瓶噺』では師匠が遭遇した面白エピソードをフリートークで思い付くまま喋っているように見えるが、実は毎年、ちゃんとしたコンセプトがある。
その話を鶴瓶師匠が、出演するNHK-BSのドラマのスタッフにしたところ、なんと彼女はドラマにワンシーンだけだが出演することになったのだと言う。
つくづく、驚くような御縁に出会う人だと思う。
こんなエピソードを豊富に持つ鶴瓶師匠は、有名芸能人ということもあって、我々から見れば、向こうから御縁がやって来るのだと思いがちだ。
だが、『鶴瓶噺』の最後、鶴瓶師匠はこう言ったのだ。
「『縁』はね、作るもんですよ」
つまり、出会いやきっかけ自体が『御縁』ではない、それらを自らの力で『御縁』にしていかなければならない、と。
鶴瓶師匠が誰からも気軽に声を掛けられるのは、生まれ持った才能によるところが大きいだろう。
しかし、鶴瓶師匠が、我々観客が爆笑したり同情したりしながらも心の中では羨ましいと思ってしまうほどの「御縁に恵まれる」のは、才能だけではなく、自ら努力して「御縁を作っている」からである。
ネットによるコミュニケーションがさかんな現代世界において、単に出会い、「つながる」だけなら、簡単にできるようになった。
だが、その出会いや「つながり」から、しっかりとした「御縁」を結ぶには、努力するしかない。
ネット空間では『自分の感情』しだいで、簡単に「つながり」を『切って』、別の「つながり」を探すことができる一方で、その容易さが逆に孤独を生んでいる。
『自分の感情で切ってしまったら駄目で、続けることですよね。いかに努力するか』
鶴瓶師匠の言葉は重い。
メモ
『TSURUBE BANASHI 2022』
2022年4月15日。@世田谷パブリックシアター