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ねじれた世界を逆回転させる
ここ2〜3年、正直、家族をほったらかして外で動きまくっていた。振り返るとここ2〜3年がもっとも人生でうまくいかなかった時期だった。
自分のやりたいことだけをやっていた。それが結果、家族にもまわりを幸せにすることだと思っていた。「自分を満たす」「自分ファースト」を上っ面だけで捉え、徹底的にやりたいことだけをやってきた、、、と思っていた。
My vocation is a knight.
今ならそれがはっきり間違っているということがわかる。地獄のような経験を経て、気付き、成長したのではなく、思い出した感覚。「自分を満たす世界」にはたくさんの愛する人たちがいた。
「守る」という言葉をぼくはよく使う。でもこれは欠乏感や分離感からではなく、それが「自然」という感覚なんだ。だって、いつも守られているのはこっちのほうだから、そりゃー守られれば守りかえしますよというだけのこと。家族、仲間、自然、地球、大切なものに対して思う、敬意から湧き上がり、見えない思いが言葉になると「守る」になる。
こういう世界がいいね。つくづく女性の時代。女性が気づかせてくれるのは、優しさだけじゃなく、ただ、そこにいるだけで勝手に癒され安心できて、守ってるようで実は守られてるのはいつもこっちだっていう、「圧倒的受容」だと思う。これが「母性のつよさ」なのかもしれないけど、これって自然界と同じ pic.twitter.com/Tght4EIWuu
— 赤塚智高/トミー (@tomo_aka) January 12, 2020
何かをしてくれたという対価によってこの資本主義の世界はまわっている。かなり乱暴な言い方だけど、これまでは「Be」より「Do」が圧倒的チカラをもっていた。そして、外側の世界はこうなった。チカラの強いものがヒエラルキーの頂点に立ち、あらゆる世界でピラミッド構造ができあがった。
でも本当は「Be」が土台、そこに「Do」を散りばめていくイメージ。全てのスタートは「Be」から。そこにいるだけで、空間に在るだけで圧倒的影響力で場を癒やし、整え、エネルギーを上げてくれる。それは見えない「Beのチカラ」。ある人にそのチカラは「活人術」と呼ばれるものだと教えてもらった。キリストも使っていたらしいけど、本来一人ひとりの中に最初からあるものだと思う。
でも、そうした話を知って、Beばかりを追えば、Beにはたどり着けない。DoをしてBeに気づく。Beの視点からDoをかんがえる。僕たちが住むその世界は本来「すべては在る」ことに気づくための最高の環境だと思う。
ねじまがった世界を逆回転させる。らせん構造のように自然に世界がスパイラルアップするように、まずは、自分スタートで、自分ファーストでねじれを戻す。それは、本来の自分を思い出すため、純度を意識して、大切な誰か、何かを意識して、そのために自分という神を大切にすることだと思う。
P.S.
出版ゼミ同期のしおりさんの処女作で、出版記念イベントを僕がプロデュースさせてもらった。今日の読売新聞に広告でてます。
妻のばあちゃんが一人暮らしする相模原にいる。ポストいったら、こんなカタチで新聞が届いてた。朝、出版ゼミの学長とメッセージしてたんだけど、これがシンクロだよね、おもしろすぎ笑
Stay Gold.