造化三神
造化三神
数霊では造化三神は
陽子と、陽子を回る二つの電子のように考えます。
普通、原子の世界で言えば、プラスは陽子、マイナスは電子とかんがえますが、そう考えてしまうと思考が発展しません。
一歩踏み込んで、パウリの排他率のように考えて、
一つの軌道に二つの電子が入る。その二つの電子がそれぞれ、プラスであり、マイナスであると考えます。
陽子は易でいう太極に当たります。太極陰陽を生ずです。
但しここで注意が必要です。
太極から陰陽が分かれるのではなくて、太極と陰陽は一体であると言うことなんですね。陽子と電子は一体であると言うことです。中国観とは違うよと言うことです。
それに易では太極を何一つ語ってはいません。
中国観では分離の方向です。太極、陰陽を生ず。陰陽四象を生ずと言う具合です。
科学技術は分析の方向でしょ。統合の方向がないから、何も分からなくなっている。それと同じです。
逆に西洋哲学では正反合と合一の世界です。
そこのところを古事記では
天之御中主神の神を中心に
高御産巣日神、神産巣日神
これが太極陰陽の世界です。
次にウマシアシカビヒコヂノ神・アメノトコタチノ神と出てきます。
これが正反合の世界です。
それから、別次元で二柱出てきます。
クニトコタチノカミとトヨクモヌノカミです。
何故二柱出てくるのか?と言いますと、太極陰陽の太極と正反合の合をさらに等価する必要があるんですね。
先の太極と合がそれぞれクニトコタチノカミとトヨクモヌノカミが受け持ち、それを等価する存在が天之御中主神の神なんです。
ですから日本の古事記は西洋哲学の考えと東洋哲学と等価した考えを持っています。
これを幾何学で表現したものが、当研究会の背景画にある正六面体と正八面体(黄色)のカップリング構造です。
それがまた、原子の世界というわけです。
正八面体の頂角が正六面体の面の中心に接触したところが、電子であり、神様です。
それぞれ一対の神を結ぶと柱がでますが、これが神様を柱と呼ぶ理由です。
また、古事記は開く方向、日本書紀はアメツチイマダヒラカザレシトキ二ですから閉の方向です。
正反の条件です。
ですから、ここに正における順逆、反における順逆が隠れています。
ここが日本神学の凄いところなんですね。
楢崎皐月が言う正反順逆性ですが、楢崎皐月は正における順逆と反に於ける順逆をはっきり語ってはいません。