『ブラックミュージックこの一枚』 オー・ジェイズ

いまから20年前の2003年に、『ブラックミュージックこの一枚』(知恵の森文庫)という音楽エッセイを上梓しました。ブラック・ミュージック周辺の100アーティストに関する思いを記したもの。その内容を大幅に加筆修正し、ここで公開いたします。ゆくゆくは新規原稿を加えていこうと思ってもいます。

今回は、オー・ジェイズ。


日常生活はそこそこに平穏で楽しかったが、一方で僕のなかにはどす黒く醜い感情がたしかに鬱積していた。

前の年に頭を大怪我してヘンな目で見られて以来、友人や知人を除く他人が信じられなくなっていたのだ。1年もたてば噂のたぐいなんか風化するし、道ですれ違う人がそんなことを知るはずもない。理屈ではわかってはいたけれど、それでも重たい重圧からは逃れられなかった。

こういう表現はちょっとかっこいいけど、実際のところ力を貸してくれたのは音楽だった。音楽の世界に入り込めば、一時的にではあってもいやなことを忘れることができた。自分を観察していると、偏屈だなあと感じることがいまでもある。が、もしもあのとき音楽に出会っていなかったら、僕の心はもっといびつになっていたかもしれない。

夜、ベッドのなかでラジオを聴くのが楽しみだった。小さなスピーカーからはいろんな音楽が聞こえてきた。ゾクゾクした。

僕は「ソウルしか聴いてきませんでした」みたいに由緒正しい黒人音楽マニアではない (そういうスタンスは苦手ですし)。けれどソウルがいちばん心に響いたのは事実で、いろんな影響を与えられた。

黒人層が感じる抑圧感と自分のそれが似ていたから……なぁんていうのはあまりにもイキがりすぎでしょうけどね。

でも、知らず知らずのうちに身についていたマイノリティ意識(のようなもの)が、黒人音楽を理解するうえで重要な役割を果たしたことは間違いないと思っている。

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