
ひゃっけんと列車の旅に出よう 敗北編
前編はこちら。
出発当日
2025年2月22日(土)猫の日
前日の金曜、飲みに出かけるもきちんと早めに切り上げ、旅の準備をして早めに就寝。翌朝は4時に起きて窓の外を見て言葉を失う。一面の銀世界だ。ここ数日雪が降ってはいたが、昨晩でまた新しく降り積もったらしい。ひゃっけんは福井市内に住んでおり、一旦福井市内まで迎えに行く手筈になっていて、そこまでは車で向かうことにしていた。しかしこれは雪かきが必要だ。あわてて飛び起きて身支度をし、車の前の雪を除けた。出発時点で4時半。通常であれば福井市内まで北陸自動車道を使えば一時間かからないがなんせこの大雪だ。
北陸道敦賀ICの入口で除雪車が除雪をしており(おつかれさまです)その除雪車のスピードに合わせてのろのろと動く。ゲートを通過しさて行くぞと気合いを入れたものの、吹雪が酷くて視界不良が甚だしい。ほとんど前が見えず、薄い積雪の上に残る薄い轍を、目を皿のようにして追って走るがせいぜい時速70kmが限界だ。それ以上は怖くてスピードを出せない(ちなみに北陸道の通常の制限速度は80kmだが、このときは50km制限だった)。アカンこれ絶対間に合わんと絶望的な気持ちになりながら、大きなトラックの後ろにぴたっと張り付いて車を走らせる。
絶対間に合わん絶対間に合わんとつぶやきながら運転し続けて5時半にひゃっけんの家に到着。間に合った。間に合ったがあんな怖い運転は二度と嫌だ。
ひゃっけん、ひゃっけんのおとうさん「けんけん」と福井駅まで歩いて向かう。改札でけんけんの見送りを受けてホームへ。ひゃっけんはけんけんの方を振り返りもせずスタスタ歩こうとするので「お前ちゃんと『行ってきます』って手を振れ」と促す。
ホームに上がると、乗車予定の列車はまだ入線していなかった。寒い中待っていると貨物列車が通過する。見たことのないカラーリングの電気機関車が貨車を牽引しており、少しだけテンションが上がる。

そうこうしている内に6:01発敦賀行普通列車が入線。早朝にもかかわらずすでにホーム上にはそこそこの数の乗客が列を作っている。ドアが開き、敦賀方面から来た乗客が下車するのを待って乗り込む。座席の向きをガタンと変える。ひゃっけんが「勝手に向きを変えていいのか」と尋ねる。僕は「むしろ座席の向きを自分で変えなければならないのだ」と応える。

予定通り列車は発車し、ひゃっけんはリュックから朝食のパンを取り出して食べ始めた。僕は朝食を調達するヒマがなかったので敦賀まで我慢だ。福井を出る頃まだ暗かった空は武生あたりで白み始め今庄を通過する頃にはもう朝になっていた。長い北陸トンネルを過ぎて列車は敦賀に到着。



敦賀で一旦出札する。この日のために先週買った一筆書き切符で再入場。乗り換えのために敦賀駅の中を歩いていると、歩くのが速い、手を繋いでほしい、とひゃっけんが言う。かわいい奴だと思いながら手を繋ぐ。小浜線ホームにはすでに東舞鶴行926Mが入線していたが、行先標示器を含めた前面一面に雪が張り付きどこ行きなのか分からないありさまだ。

(冗談のような話がわずかな時間ののちに冗談でなくなる)
926Mは予定通り7:12に敦賀を発車。出発直後は並走するしらさぎなどを観て楽しんでいたが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。
敦賀から二駅先の粟野が僕の自宅の最寄り駅であり、列車交換のため数分停車した。そのときにドアを開けて驚愕した。膝のあたりまで雪が積もっており下車することができない。粟野駅のホーム全面に積雪しており、僕は列車のドアをそのままそっと閉じた。



このあたりから再び雪が強くなり始め、反対列車もだんだん遅れが出て列車交換のたびに発車が遅れた。これ大丈夫かなと思っていたが、とうとう上中駅で衝撃の車内アナウンス。
「小浜~東舞鶴間が倒竹のため運行中止となりました。当列車は小浜行に変更となります。小浜より先の運行および代行輸送等につきましては小浜駅で駅員にご確認ください。お急ぎのところご迷惑をおかけいたします」
とくにお急ぎという訳ではないが、それでも完全に列車が止まってしまうのは困る。とにかく小浜まで行って確かめるしかない。もともと上中駅における待ち合わせ時間は長いためさほどの遅れもなく、小浜行となってしまった926Mは発車した。そして8:40頃小浜に到着。
改札で駅員に確認。代行輸送はない(マァそうだろうなとは思う)。現在倒竹を除去する作業中で、運行再開は12:30発東舞鶴行になるだろうとのこと。当初の予定通り926Mが8:36に発車した後、次の列車がそもそも12:30発の932Mなのだ。なお乗ってきた列車は本日そのまま折り返し9:34発敦賀行929Mとなるのだそうだ。

現時点でスケジュールを組みなおしてみる。乗換案内アプリで調べると、小浜出発であっても、津山への最短ルートは一旦敦賀まで戻って新快速を使うルートだ。しかしこのルートでは今持っている一筆書き切符は使えない。当初予定のルートの通りに検索すると津山到着の予定は21:57。こりゃダメだ。ここで引き返すことを決意する。
旅を中止してひゃっけんに引き返すことを伝える。小浜駅の待合室(めっちゃ立派な待合室)でスケッチブックを広げて絵を描いていたひゃっけんは難色を示した。「星さんの方から(この旅を)誘ってきたクセに、なんで帰らなきゃいけないの?」などと理不尽なことを言う。それだけこの旅を楽しみにしてくれていたのだろうと思い、お前そりゃないだろと言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、世の中には大人であってもどうにもならないことがあるのだということを優しく諭した。ひゃっけんは元来賢い子なので「わかった。しかたないね」と理解を示した。
切符の払い戻しをしようと改札に声をかけたら、敦賀駅で払い戻しの手続きをしてくれと言われた。現時点で敦賀に戻る切符を持っていないのだがと伝えると、そのまま折り返しの敦賀行に乗ってくれて構わないとのことだったのでそれに従う。
929Mは予定通り9:34に小浜を発車。雪はさらに酷くなり、視界が悪いからなのか、運転士が立って運転することが多くなってきた。駅に止まって出発信号機がなかなか青にならないパターンが増えてきた。運転士はその間、前面の窓に張り付いた雪をスノーブラシで落としている。いくら落としても一駅走ればまた張り付いている。大変だ。
列車交換の駅に到着しても、反対方向の列車の到着が遅れている。いつ出るのだろうと思いながら外の吹雪を眺める。こんな天候なので、遅れても誰も文句は言わない。走りさえしてくれれば御の字である。上中や十村、三方などの主要な駅では乗客がたくさん乗ってきて、美浜ではとうとう席に座れないほどになった。



帰りの列車で二人でおやつを食べる。僕は最近お気に入りの「ビスくん」を持ってきていた。最初ひゃっけんは「そんなのいらない」と言っていたものの無理矢理にすすめると、気に入ったらしくぱくぱく食べ始めた。最後に残った一本をお前食べていいよと言うと、ひゃっけんはその一本をぽきっと折り、長い方を僕にくれた。かわいい奴だ。

そんなこんなでダイヤから一時間ほど遅れて敦賀に到着。小浜から敦賀まで二時間かかったことになる。ひゃっけんが、敦賀まで連れて帰ってきてくれた小浜線の列車の前面の写真を撮っていた。


西口で出札せずに、新幹線改札の手前のみどりの窓口で、今回の旅の切符の払い戻しをした。すでに敦賀~小浜間を往復しているにもかかわらず、事情が事情だというので全額、しかも無手数料で払い戻してくれた。神対応だ。
みどりの窓口でもらった出札票で西口から出て、ハピラインの切符を買って、福井まで戻った。ハピラインはまったく遅れることなくダイヤ通り運行し、ダイヤ通りに福井に到着した。ひゃっけんを家まで送り届け、今回の阿房列車の旅は初日の二時頃であえなく終了した。
土曜日の朝から昼下がりまでを、本当に列車に乗ることだけで過ごした今回の旅。阿房列車の純粋度は増したと思うものの、ひゃっけんにはおそらく不満が残っており、近いうちのリベンジを求められることになるだろう。その一方で、借金までして鉄道旅行をしたがった百閒先生からしたら、費用がかからなかった今回の旅はとてもうらやましいのではないだろうかとも思う。そうやって自分をなぐさめた。

これだけでも連れて行った甲斐があったというものだ
※Instagramには多少の動画も載せています。よろしければそちらもどうぞ。