世界滅亡の二日前
二週間後に世界が滅亡すると聞いたのは、いつものボイスチャットでだった。いつものような生産性のない会話の中に飛び込んできたのは、誰かの悲鳴にも似た声の報告。
――「隕石が地球に激突するらしい」――。
「どうせ虚構新聞だろ」というもっともな意見は、次の日の朝の報道で否定された。世界の滅亡――それが事実であると。
その日から世界は大きく変わった。学校や職場は機能しなくなった。最後の最後まで学ぶことを求めたり、世に貢献しようと思う人間は多くなかったのだ。この残り少ない時間を己がしたいことに費やそうと思うのは当然のことだった。
そして、チャットもよく動いた。多くの人間が暇していたのだ。そんなことに時間を費やしたくないとは思っていたが、だからといって何かしようと思って休んだわけではなかったから。
しかしそれは最初のうちだけだった。次第に、ボイチャごときで時間を浪費できるかというように消えてゆく。ボイチャに人は来ず、チャットは動かなくなった。そんな中、残りの日数が二日になったとき、一人がぽつりと言った。
「久しぶりに、ボイチャしようよ」
当然といえば当然だが、人は集まらなかった。「友人と会うからパス」「今海外だから」。理由を言ってくれるだけまだ良い方で、多くは返信すらしてくれない。来たのは全部で四人で、そのうち一人はミュート。なんとも寂しい最期だが、このご時世仕方ないのかもしれない。いや、このご時世に四人も集まっただけ、このグループが愛されていたということか。
何から話すべきかわからず、沈黙が訪れる。おかしなことだ――二週間前までは、自然と人が集まり、他愛もない会話で三時間も四時間も話していたのに。
沈黙に耐えきれなくなったように「毎日ゲームしてるんだよね、」と誰かが言った。小さな笑いが起きた。
「あとちょっとしかないんだぞ!?」
「ゲーム中毒者おるねぇ」
「バカかな」
よく考えれば普通の反応のはずなのに、そうなるとまったく思ってなかったのか、少し焦ったように「そっちはどうなんだよ」と言った。「どうせ遊んでるだろ」
「まぁ遊んではいるよね」とチャットが動く。
「友人と旅行なう。」
「いいなぁ」
「こっちは家族と」
「最後に一緒にいるのが友達って陽キャじゃん」
「いや相手オタクだから」
「いや関係ないよね」
テンポのいい会話が行われ、ひとしきり盛り上がったあと、また沈黙が訪れた。長い、長い沈黙。そして、
――「明日、なにする?」
ついにその話題が出た。誰も触れなかった、触れられなかったその話題が。
「……そうだなぁ。」ぽつり。ひどく暗く悲しい。
「明日、明日か。明日――。」
噛みしめるように、まだ理解できないように、今の今まで忘れていたかのように呟く声。
「うーん」チャットが動く。
「友人と海行って、ずっと話していようかな」
「素敵な最期じゃん」とのコメントに、「素敵な最期!」と笑いが起こった。しかしすぐに静かになり、「でも自分も、家族とこれまでのことを振り返って終わる気がするよ」と呟いた。
「みんなかっこいいなぁ、どうせ自分はゲームして過ごすよ」と自虐のように悲しく笑い、そして「いんくはどうする?」と話を振られた。
「え? うーん……。」
突然のことだったので少し戸惑った。何も思いつかなくて、でもそれは明日すべてが終わると信じたくないがゆえで……だけど一つだけ、死ぬ前にやりたいことが思いついた。
「私は、SSでも書こうかな。身内のSS。」
「は?」と言ったのは誰だっただろうか。世界の滅亡により気でも狂ったのではないかと全員が思った。当然の反応だ。
「いや、どうせなら楽しいことして終わりたいな、と。
執筆してれば何も気にならなくなるし、それにみうちSSはたのしいk
――ネット上に散らばった旧日本の終末直前に書かれた文献を漁っていたところ、「世界滅亡の二日前」という気になる作品を見つけた。冒頭とタイトルだけ読んで、なるほどこれは日記かと思った。終末直前に書かれた、何も知らぬ民衆目線の。
しかしすぐにそれが間違いだとわかった。なぜなら、隕石など落ちてこなかったし、そもそも世界は滅亡していないからである。
日本は、突然他国から送られてきた核によって滅んだのだ。
つまり、この作品は――……この作品がどういうものなのか気が付いたとき、鳥肌がたち、涙がこぼれた。
そう、これは――日本が終わると思っていない人間が、もしも世界が滅亡したら? と書いているのだ!
あぁ、なんと……なんと愚かなのだ! 作者は、己が一秒先まで生きていると思い込んでいる。己が死ぬなんて思っていないから、「もしも」を書けるのだ。
本来は作者の感想が書かれるためのあとがきページに、作者死亡未完のために選出者のコメントが載せられている。
これは、当時の日本に住んでいた少女が書いた作品である。作者は唯一名前のある「いんく」であると思われる。彼女は執筆中に被爆し死亡した。そのため、まだ打ち途中であった文章が残っている。小説というのにはあまりにも拙い文章であるが、それが逆に日記のような雰囲気を出している。
最後に打たれた文字の、kの先に何を置こうとしていたのかは、作者でない我々にはわからない。しかし、「執筆をしながら死にたい」との発言が、すべて終わった今見ると、少し寂しく思えた。
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