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【思い出】高速下山で頭から大量出血した話
私が高校生の頃の話です。
当時の私は、絶景を見るのが大好きでした。
特に「夜明けの太陽」を見ることは何物にも代えがたい至福でした。
一度魅了されてからというもの、私は何度も何度も朝日を見に行きました。
その度に「やべぇ!」「すげぇ!」の2通りしかない語彙でわめき散らかしました。
そんな騒音みたいなリアクションは空気に吸収されるだけで、周りに注目する人はいません。
そもそも人間がいません。
人が少ない離島では、叫べば叫ぶほどお得なのです。
ある日の深夜3時。
私はその日も朝日を見に行くつもりでした。
いつも通り、親友たちとも約束をしているので、友人を迎えに行かなければなりません。
私は荷物をバッグに詰め込み、ウキウキで家を出ました。
その後に悲惨な事故が起こってしまうことなど知らずに。
私は真っ暗闇の中、自転車を漕いで友人2人を迎えに行きました。
友人の家の前に到着し、寒さで震える手で電話を取り出しました。
季節は12月頃。
その日は冷たい風が吹いていました。
友人に電話をすると、彼の部屋の明かりがポッと灯り、2,3分してから玄関から出てきました。
その友人も朝3時に朝日を見に行くような人です。
彼らが狂人でないはずがありません。
玄関から出てきた友人は、口が裂けるほどの笑顔をたたえていました。
暗がりに浮かび上がった笑顔。
それは、以前見たホラー映画のバケモノと全く同じ表情でした。
「おはよう」
彼は、短く私に挨拶をしました。
お、おはよう・・・
慌てて挨拶を返す私。
私の幻覚かもしれませんが、その友人は目がぜんぶ黒目でした。
彼と適当に雑談をしながら、私たちは他の友人も迎えに行きました。
7㎞ほど離れたもう一人の友人の家まで向かい、そして到着次第電話をかけました。
数分後、彼はドタドタと慌ただしく家から出てきました。
彼も、目がぜんぶ黒目でした。
私たちは、島で一番標高の高い場所を目指しました。
どうせ絶景を見るなら、高いところから見たいものです。
私たちの島には海沿いに集落が密集しているため、山には全く人がいません。
というか、街灯すらありません。
とにかく真っ暗なのです。
自転車のライトと月明かりを頼りに、私たちは山道を登っていきました。
朝からとても体力を使う行為です。
しかし「疲れた」とか「眠たい」とか言う人は一人もいません。
全員が山の頂上だけを見つめ、美しく昇る太陽のことだけを考えていました。
薄暗くて誰の顔も見えません。
しかし、目はぜんぶ黒目だろうという確信がありました。
1時間後。
私たちはやっとの事で、山の頂上に到達しました。
空が明るくなる前に到着できたことを心から喜びました。
おもむろに芝生に横たわる友人。
私も芝生に寝転がり、日が昇るまで星を眺めました。
島の星というのはとんでもなく美しく、「この星を見ているのは私たちだけだろう」という独占的な感覚に襲われました。
なんとも恋愛ドラマ的なシチュエーションです。
しかし、横を向くと黒目の男が瞳孔ガン開きで空を見ています。
私は「スンッ…」と冷静になり、無表情、無感情で朝日を待ちました。
朝の6時頃。
徐々に空が白み始め,水平線のあたりが明るくなってきました。
私たちは、明るくなっていく空と比例するように、どんどんテンションが上がっていきました。
そして見えたご来光。
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あまりに美しい光景が眼前に広がりました。
私たちは神の存在を確信すると同時に、生命の偉大さを噛みしめました。
世界って美しいんだ・・・
私たちはこれから待ち受けるであろう無数の試練を乗り越え、そして長く長く生き続けようと誓いました。
どんな辛いことも、どんな苦しいことも。
決して諦めなければ乗り越えられるのだと心から思いました。
私たちは既に明るくなった空を眺めながら帰路につきました。
心がとても興奮し、「私なら何でもできる」という全能感に溢れました。
そして当然のように、ノーブレーキで坂道を下りました。
とても急な下り坂で、「垂直落下?」と錯覚するような危険な道でした。
道がウネウネと蛇行し、先が全く見えません。
しかし。
私はブレーキを全くかけませんでした。
満ち足りる爽快感。
溢れ出る全能感。
加速する自転車にあわせて、心臓が高鳴りました。
危機感などありません。
私は「ヒャッホゥー!!!」と叫びながら、両手を高く上げました。
手放し運転です。
アトラクションに乗ってるかのような興奮で全身が痺れました。
まだ足りない。
まだ足りない。
私はスマホを取り出し、動画を撮影し始めました。
筋肉が震え、まるでウイニングランのような感覚になりました。
手放しスマホ早朝高速下山です。
そんな命知らずな男を、この世界が許す訳がありませんでした。
そして。
唐突にそのときが来ました。
私の目の前に突然急カーブが現れたのです。
あっ、ヤバい。
途端、視界の端にニコニコの死神がサムズアップをしている姿が映りました。
2秒後、私は顔に大怪我を負いました。
バランスを崩し、道路から逸れ、雑木林に高速で突っ込みました。
顔の左側が擦りむき、腕も膝も、あらゆる「左側」をぜんぶ擦りむきました。
そのせいで、インド留学生のお手製カレーライスを食べるチャンスを逃してしまいました。
スパイスから作る渾身のカレーだっただけに、とても悔しい気持ちになりました。
高速下山してるのは俺の人生の方やった・・・ と、自分の運命を呪いました。
しかし、このような結果は全くもって自業自得です。
太陽を見たくらいでは、神の加護など得られる訳がないのです。
心の高揚感とは、時として無謀な行動を取らせてしまいます。
リスクを考えず、「気持ちいい!楽しい!」で動いてしまいます。
どんなときも、「自分の身の危険」を冷静に判断できる能力こそ、本当に大切な力なのかもしれません。