二人の夜
「ぁ……」
と息が、声が、ピンと張り詰めた空気を震わせた。
彼の指が私の身体の曲線をなぞっていく。
彼の得意のピアノを弾くように、
スラリとした指が愛でていった。
私の奏でた音に反応する彼、
彼の双眸は私を捕らえて離さない。
彼の顔が近づく。
キスされると思いそっと目を閉じる。
彼の舌は私の唇を味見するかのように嘗める。
あまりのなまめかしさに触発され、私もそっと彼の薄い唇を嘗めた。
見つめ合い、鼻を擦り付け合う。
子猫が、子犬がじゃれるように戯れる。
自然にお互い微笑み、笑い声が部屋に響く。
愛しい、愛しい、貴方が愛しくてたまらない。
どうにも伝えられなくて、彼の首に腕を回した。
それが二人の合図となって、彼が私で遊ぶかのように、
鳥のついばみの様に唇を寄せる。
酷く焦れったいのに楽しそうにしている彼に、たまらず私から彼の唇を舌でとんとんと誘った。
一瞬にやりとされた様な気もしたが覚えていない。
ちゅぷちゅぷと水音が鼓膜を震わせる。
ぬるま湯に全身浸かったように心地よい。
首に回していた腕はだらりと横たわり、私の指を彼の指が絡めとった。同じ心地良さを彼も感じていたらいいと思い薄目をあける。
彼の蕩けた顔がとても可愛らしく愛しく思えた。
外からの灯りがカーテンをすり抜け彼の横顔を照らす。
綺麗で見とれてしまう程で、微笑みに艶を纏ってこちらを見ているのがはっきりと分かる。
ただもうそれを言葉に出来るほどの余裕は無く、彼にぐずぐずにされていた。
気づくと、
彼の手が首筋に狙いを定めている。
血管が何処を通っているのか確かめるように撫でている。
彼の瞳は暗く、全ての光を吸い込み、こちらを見ている。
いや、見ているのではない。
今からどのように喰らい、空腹を満たそうか、
はたまた息の根を止めようか思慮しているよう。
ただ手つきにはそこはかとない愛しさも伝わる。
優しさと暴力が渦巻いて、彼を飲み込まんとしている。
首筋を撫でていた手が動き、指先がくい込み始める。
彼は虚ろな目で首をゆっくりと締め上げていく。
締まる首、塞がる気道、狭まる視界。
私はそっと目を閉じた。
こんな時なのに、殺されるかもしれないのに。
お腹の奥が、腰の辺りが甘く疼いてしまう。
彼が本気を出せば一気に締めあげることだって出来るのに、
ゆっくりとした動作に彼の葛藤が垣間見えてしまう。
分かるよ、大切にしたいのにぶっ壊したくなるよね。
その葛藤に、愛しさが募ってしまい、こんな時なのに
エクスタシーを感じそうになってしまう。
苦しさと快感で喘ぐと、彼の指先に、手のひらに力が篭もる。
こんなのすぐに果ててしまうと直感した。
危ない、ハマったら駄目だと、脳が報せる。
胸が早鐘を打つ。
閉じていた目を開く。
彼と目が合い、惹き込まれてしまう。
脳内で快楽物質がドパドパ出ているのが分かる。
脳みそが気持ちよすぎてしまう。
このまま意識を失ってもいいかもしれない。
私の目が虚ろになっていたのだろうか、
彼は首からパッと手を離した。
酸素がぐんぐん取り込まれ視界が戻る。
もう少しで得られそうだった凄まじいほどの絶頂は遠のく。
名残惜しむかの様に吐息が漏れてしまう。
余韻だけでも身体の奥から快楽の波がゆっくり押し寄せる。
そして彼が首を絞めたことを後悔するように大げさに咳き込む。
わざと困らせてごめんね。
眉毛が下がり、泣きそうな、困ったような顔して、
ただ…瞳には熱を籠らせてこちらを見ている。
「死んじゃうとこだったよ」
と伝えると、
「ごめん、ごめんね」
と繰り返す。
私を抱き寄せ、おでこに頭にキスのシャワーを浴びせる彼。
彼の腕の中で何度もごめんねを聞きながら、私に捕まってしまって可哀想で愛しい彼をぎゅっと抱きしめ返した。