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ブラッドストーム・イン・ジ・アビス(2)

承前

「拙者、河童の勝平と申す。“るるいえ”はこの先か?」

俺も日本系開拓基地で働いて長い。だからこのカッペイと名乗ったサムライ野郎の言葉は聞き取れた。だが、意味は何一つわからなかった。だから俺は「違う」とだけ返した。少なくともここは“ルルイエ”とやらじゃねぇ。壊滅秒読みの吹き溜まりだ。

サムライ野郎は、ふむ、と考え込む。そして俺の注意は再び奴の腰に戻る。括り付けられた生首。間違い無く、俺たちを脅かし続ける魚人のものだ。

「その首…お、お前が…殺ったのか?」

意を決して俺は尋ねた。言葉が通じるなら、逃げる活路があるはずだ。

サムライ野郎は俺の言葉に反応する。

「…いかにも。」

よし、あとは俺がいかに無害で無力で無関係か伝えればいい…。

そんな俺が次の言葉をひねり出そうとした瞬間、またもや背後から巨大な物体が飛び上がる。慌てて振り返った俺の視界いっぱいに、巨大なホホジロザメの顎と、それに匹敵する巨大な掌が拡がっていた。魚人だ。終わった。鈍化した時間の中で俺は死を悟った。

だがそんな俺の襟を何かが掴む。あっと思った時には致死の顎は小さくなり、俺はサムライ野郎の後方にすっ飛ばされた。奴が俺をぶん投げたのか?

俺もホホジロザメ魚人もまだ空中にいる。魚人のぶち上げた水柱から散らばる水滴すらも止まって見える。その中でサムライ野郎だけは静かにカタナを抜き放っていく。

そして、白刃が閃いた。

ゴミ袋の山に突っ込んだ俺がそこから這い出してきた時には、真っ赤に染まった桟橋に巨大なサメの頭が天を仰いで置かれていた。オツクリかよ。

「無事か。」

魚人の血で濁った水面を見ていた厳ついサムライ野郎は俺に気付き、近付いてきた。慌てて頷く俺を見て、僅かに安堵したようにも見えた。

「助かった…。あ、ありがとうよ。」

「うむ。」

何とか礼の言葉を絞り出した俺のそばをサムライ野郎が通り過ぎていく。腰にくくられた首の生臭さで、俺はいま自分の身に起こっている状況を思い出した。取るべき行動が電撃的に閃く。

「る、“ルルイエ”だったか…?」

奴の足音が止まった。
振り向かず俺は続ける。

「俺は知らねぇが、知ってるかもしれねぇやつなら、紹介出来るぜ。カッペイさん。」

デタラメだ。だが目の前に垂らされたクモの糸を逃す手はなかった。

ここにはやがて魚人の軍勢がやって来る。
逃げられる人数は限りがある。

こいつを上層部に売って、俺はそのチケットをもぎ取るのだ。

「…話を聞こう。お主、名は。」
「あぁ、ロブだ。」

【続く】

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