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降車ボタン

「鳴らないですよね?」
「鳴らないですね」

バス車内。聞こえてきたコソコソ話に目を向ける。
その会話やボタンを指す動作からして、降車ボタンが反応しないことがわかった。私がバスに乗ってすぐのことである。
え?そんなことある?
そう思っていると、次のバス停に到着する所まで来ていた。当たり前だが、降車ボタンは点灯していない。
「すみません、降ります!」
ドア付近の女性が声を上げた。運転手さんは「止まります」とアナウンスし、バスは停車。数人が降りていった。ドアが閉まり、バスは発車した。私は思った、原始的すぎると。
背中に冷や汗が流れる。
次は私が降りるバス停である。
まずここで言っておきたいのは、私に声をあげて「降ります!」と主張するのは無理だということだ。言葉にするのも恥ずかしいが、極度の恥ずかしがり屋なのである。その時、バスの終着駅を確認したくらいだ。私にとって大きな声を出す事より、終点から折り返す方がマシなのだ。
さて、どうする。
試しに押してみた。やはりつかない。そりゃそうか。どうする?私は期待する。もしかしたらこの事態に運転手さんは気付いているのではないか?急にボタンが反応しないなんてことないのでは?もしかしたら私が乗る前から鳴らなくて、それに気づいている運転手さんは毎回停まってくれるのでは?そんな甘い期待を持ち始める。
駅が、近付く。
どうしよう、どうしよう。
そう迷っていると、私に一筋の光が差し込んだ。
「降ります!」
運転手さんの「停まります」と言葉と共に、バスが停車する。ぞろぞろと3〜4人が降りていく。私もいそいそとその流れに混じり降車した。
助かった。
バスを振り返る。原始的な停車要求をする乗車客に、運転手さんは疑問を持ってくれただろうか。ボタンが反応しないことに気づいてくれただろうか。声を上げてさえいない私が心配することでもないが、子どもを社会に送り出すような心配を感じる。
どうか降りれないお客さんがいませんように。
そう願いながら、小さくなるバスを見送った。


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