しょうがない から始めるプログラミング
ちょっとイヤかなあ、プログラミング。
しかもこれからはプログラミング教育だってさ。
やりたくねぇ事やってる暇はねえ
と、マーシー(ブルーハーツの方)も言ってるよ。
みんな興味なかったからなあ、プログラミング。
だから、やりたくないもんをやりたくさせたり、
興味のないもんに興味を持たせようというのはやっぱり無理だよ。
いや、まったく”無駄”なわけじゃないとは思うよ。
熱意が通じる場合もある。
でも、相当に”無理”がある。
あの手この手で魅力を語っても、語られてもねえ。
将来役に立つ?
楽しい?
まあ、子供達は、やりたいやりたくないの話じゃない。
決まっちまったからやるしかねぇ。
やるなら今しかねえ ー 西新宿の親父
でもさ、大人はどうなの?
まあ、好きにやるよね。
だからさ、
「しょうがない」からプログラミングを
始めても良いんじゃないかと言う話。
プログラミングは役に立つのか?
そりゃ情報化社会っていうくらい、情報機器やアプリは社会の役に立つ。
もはや社会そのものを構成する要素の一つだ。
建物は原始時代から役にたってるのだろうけど、
今はアプリが社会に必要だよね。
でもさ、あなたの人生にプログラミングが役に立つかは分かんないよ。
そういうもん。
プログラミングを始めるきっかけ ある1例
本当は3000例くらい集めたいけど
無理だから。
私がパソコンを始めたころの話。
電子ゲームが産声をあげた時代。
ゲームセンター、ゲームウオッチ、ファミコン。
とにかく僕らはそういうゲームがやりたかった。
でも、お金もなかったし、買ってもらえなかった。
でも、あるとき気づいたんだ。
ないものは、作ればいい。
当時ファミコンにファミリーベーシックというソフトが発売された。
それでゲームは作れることを知った。
そもそも、ファミコン自体が画期的だった。
それまではゲームウォッチなんかは、ゲームひとつやるのにハードも丸ごと買ってた。ファミコンになって、ソフトさえ交換すれば無限に遊べるようになった。
さらにファミリーベーシックなら自分でプログラムを打ち込めば、ただで無限に遊べるのだ。
こんな画期的なことはなかった。
だから、しかたなくプログラミングを始めた。
なんの知識もなく、ただベーマガ※とかに投稿されているコードをひたすら入力したのだ。
間違えても、理論的な間違いなんかは分からないから、一語一句本に書いている内容と入力した文字が違ってないかだけを調べた。
ただ、それだけだった。
それはプログラミングではない。
ただ、書き写しただけだ。
それでも満足だった。
新しいゲームができたから。
でも、ちょっと調子にのると。
自分でキャラを変えるくらいはやった。
キャラは碁盤の目の様な数値の並びでできていたからなんとなくイメージできた。そう、ドット絵だ。
だから数値をちょっと変えるとキャラの1ピクセルの色や配置を変えることが出来るのに気づいた。
そこまで。
中学生の頃のコンピュータの天才少年ではなかった僕らにはそこまで。
就活の時に初めてifとかループとか関数とかの理屈を知ったのだ。
文系の専攻だったのでIT企業へ入るには資格が必要だった。
そのときちゃんとプログラミングを勉強した。
だから、
プログラミングをやりたかったわけじゃない、
プログラミングなんて楽しかったわけじゃない、
ただ、プログラミングして出来上がるゲームが欲しかったんだ。
僕らは大体そうだった。
しょうがねえなあ 〜 いっちょやるかプログラミング
実現したいこと。かつては夢って言ってたこと。
※夢は、ずいぶん夢夢言い尽くされて夢がずいぶんやすっぽくなっちゃたから、自分の大切な歌や物語の中だけにしておきたいけど。
そんなものがあるなら
しょうがなくプログラミングを始めてみるといい。
私もゲームがやりたいから仕方なくプログラミングを始めたのだ。
あの人も商売がやりたくてプログラミングを始めたのだ。
たとえばネット通販の黎明期。
ネットで商売しようとした人たちは、
仕方なくHTMLやPerlとかを学んだのだ。
やりたいのは商売だった。
夢の商材を皆んなに届けたい。
でも、当時はネットで商売するには
自分でHTMLを書いて、買い物カゴを設置するしかなかった。
夢の実現のために。
そんな時はなんだってできる。
やればできる ー ティモンディ 高岸
押しつけられたことじゃない。
やりたいこと、
生きることの真っ只中にプログラミングがあったのだ。
だから、仕方なく。
しょうがなく。
令和2年8月22日 アイスが、私が、溶ける前に