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ネイリンカプセル(爪白癬治療薬)の謎 --爪水虫治療の黒歴史は繰り返される--

※本稿は、2021年1月に私設ホームページで公開した論考の転載です。

2009年に、 爪白癬(爪の水虫)のパルス療法について、私は問題提起をしました。 1年後の治癒率が公開されていないという大問題があったのでした。 個人のホームページの問題提起であっても、それが世の中を動かすことは、確かにあります。 この問題提起の後、新しく発売された爪白癬の治療薬は、例外なく治癒率が公開されるようになりました。 当時、ネットでこの問題を指摘した人は、一人もいませんでした。 皮膚科医のなかには、治癒率を公開したくない勢力がありました。 一方、その姿勢に疑問を感じる勢力もあり、私の問題提起は、後者を後押ししました。

 2018年、爪白癬の新薬として、ネイリンカプセルが発売されました。 1日1回1カプセル内服で、投与期間は、12週間です。 48週(約1年)後の治癒率は、59.4% と発表されました。 私が疑問に感じた点は、投与期間が12週間(約3か月間)と非常に短い点です。 もし、投与期間を倍の24週間と設定していれば、 治癒率は70~80%くらいまで上昇した可能性があると、私は想像しています。 では、なぜ製薬会社は、投与期間を短く設定したのでしょうか? これは、製薬会社にとっては、「高い治癒率」より「短い投与期間」の方が重要であったためです。 意味がわからないと思いますので、順を追って説明したいと思います。

 上述のような考えに至った契機となったのは、ラミシール錠による爪白癬の治療経験です。 ラミシール錠は、1997年に発売されました。 1日1回1錠内服で、投与期間は6か月間と設定されました。 6か月を越えて治療を続けますと、査定の危険がありました。 保険診療では、過剰診療と判断されますと、薬剤費の7割が病院負担となってしまうのです。 6か月間治療した後は、爪に病変が残存していても、治療を終了することになります。 製薬会社からは、「薬剤が長期間に亘って爪に残留するため、内服しなくても残存した病変は徐々に消失する」と説明を受けました。

 実際に治療を始めますと、想定外の事態に遭遇しました。 6か月間で治療終了し経過観察としたところ、病変は消退せず、逆に増悪してしまったのです。 このような症例が、2例続きました。 こうなると医師の信用は、ガタ落ちです。 困り果てて、保険診療の査定に詳しい医師に相談してみました。 ラミシール錠の投与期間は、原則6か月間であるが、医師により継続投与が必要と判断された場合は、 12か月間までは投与可能であることが判明しました。 ただし、査定の基準は県により異なるため、他の県で治療する時は、6か月間に止めておいた方が 無難であるという話でした。

 薬剤が長期間に亘って爪に残留するならば、投薬終了後に、病変が増悪することはないはずです。 しかし、現実は違いました。 おそらく薬剤の残留の程度には、かなりの個体差があるのだと推測されます。 このような知見は、第Ⅱ相臨床試験の時に判明していたはずですが、 製薬会社は第Ⅲ相臨床試験でも、投与期間を6か月間より延長しようとはしませんでした。 その時点で比較対象となっていたグリセオフルビンの投与期間は、12か月間であったため、 その半分である6か月間を死守することは製薬会社にとって最重要課題であったのです。 そのため、治癒率は当初期待した率より、かなり低くなってしまったと思われます。 もし、80~90%の高い治癒率であれば、それを公開して、薬の宣伝に使用したはずです。 実際には、公開されませんでした。 宣伝に使えるほどの高い治癒率を得ることができなかったため、と私は想像しています。

 さて、ここからが問題の核心です。 薬価は、どのようにして決定されるのかという話です。 薬価は、厚生労働省の審査により決定されます。 同じ薬効の薬剤がある場合は、その薬価が基準となります。 新薬に優れた特性があれば、それより薬価は高く設定されます。 「投与期間が短い」ということは、優れた特性の一つです。 投与期間が半分に短縮されれば、基準とする薬価の2倍に設定可能です。 何故なら、薬価が2倍でも、投与期間が半分であれば、総薬剤費は同じとなるからです。 薬剤費以外に、診察料や副作用チェックのための血液検査も減らせますので、 3~4倍に設定されても不思議ではありません。

 ネイリンカプセルは、投与期間は12週間で、薬価は804.6円(2018年)です。 もし、投与期間が倍の24週間に設定されていたならば、薬価は半分の402円になっていたと、 私は推測します。 そもそも、何故投与期間は12週間に設定されたのでしょうか? これは、爪白癬治療薬の黒歴史が関係しています。 もし、比較対象となるラミシール錠の治癒率が公開されていたのであれば、ほぼ同じ治癒率となる ように投与期間が設定されたはずです。 しかし、既に解説したように、ラミシール錠の治癒率は公開されていなかったのです。 そのため、ネイリンカプセルの投与期間は、恣意的に12週間に決められてしまいました。

 爪白癬治療薬は、治癒率80%以上を目指すべきと、私は考えています。 59.4%では、低すぎます。 ラミシール錠(またはジェネリック品)を1年間投与した時の治癒率は、私の実感としては約80% でした。 投与期間は、治癒率が80%以上になるように設定されるべきなのです。 ラミシール錠でも、当初の規約通りに投与期間を6か月間にしていれば、おそらく治癒率は50~60% くらいではないかと、私は推測します。 製薬会社は、著効率と有効率も公開していますが、これらは全く意味がありません。 投薬終了の時点で、少しでも病変が残っていれば、その後、病変は徐々に増悪し、元に戻ってしまうからです。 爪白癬治療薬で、意味があるのは治癒率のみです。

 さて、ここまで読み進んで、一つ疑問が生じた人がいると思います。 薬価が2倍になっても、投与期間が半分ならば、総薬剤費は同じですので、「製薬会社にはメリットが ないのではないか」という疑問です。 投与期間が規約通りに厳密に守られていれば、メリットはありません。 しかし、ラミシール錠の時のように、現実は違うのです。 投与期間は、発売当初は厳密に守ることが要求されますが、時間の経過とともに、その制限は緩和されていきます。 「医師が必要と判断した場合は」という条件で、徐々に投与期間の延長が許可されるようになっていく訳です。 ラミシール錠の場合は、2倍の投与期間まで認められました。

 最後に、製薬会社が公開している「治癒率59.4%は、額面通りには受け取れない」という点を指摘して おきたいと思います。 あたりまえの話ですが、病変の進行度により、必要とされる投与期間は、変化してきます。

DLSO型 (爪の遠位側縁に、部分的に病変が生じた病型)
   12週間の投与で治癒可能。

TDO型 (進行して、爪全体に病変が及んだ病型)
   12週間の投与では、おそらく1年後の治癒は困難。

DLSO型の爪白癬が治療されずに放置されますと、TDO型に進行します。 当然、TDO型の方が、治癒に必要な投薬期間は長くなります。 臨床試験での対象症例のなかで、TDO型の割合が低下すれば、治癒率は上昇することになります。

 病変が進行すると、治癒率が低下することは、製薬会社が公開しているデータでも、はっきり示されています。 ホームページで、 国内第Ⅱ相臨床試験国内第Ⅲ相臨床試験 のデータが公開されています。 第Ⅱ相の試験では、爪の面積の60%以上の病変を有する症例が対象となりました。 治癒率は、40.0%でした。 この結果から推定しますと、TDO型爪白癬(面積100%)の治癒率は、40.0%より更に低いことになります。 さすがにこれでは低すぎると判断されたのか、第Ⅲ相の試験では、対象は25%以上の病変を有する 症例に変更されました。 その結果、治癒率は59.4%まで上昇しました。 本来ならば、治癒率を上昇させるには、投与期間を延長すべきでした。 しかし、製薬会社は、投与期間12週間を死守することを選択したのです。

 新薬が、従来の薬剤より、必ず優れている訳では、ありません。 製薬会社は、長所ばかりを強調して、短所は巧妙に隠してきます。 また、利益相反のある皮膚科医の解説を、鵜呑みにするのは危険です。 公開されているデータを、自分の頭で、じっくり分析しなければ、真実は見えてこないのです。

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