ワクチン有害事象をチェックするシグナル検出とは
シグナル検出とは、「ある医薬品の有害事象が多数報告された場合、 重大な懸念と判断するべきかどうか」を調べる手法です。 認知度は高くはありませんが、 WHOワクチン因果関係評価マニュアル に記述されていますし、 PMDAにおいても実施 されている理解しておくべき重要な手法です。
地上波CBCの番組 で、「接種回数をほぼ同じにして報告数を調べると、コロナワクチン接種後のギラン・バレー症候群の報告頻度は インフルエンザワクチンのそれの18倍、急性散在性脳脊髄炎では8倍、 血小板減少性紫斑病では60倍」と報道されていました。
この報道データを単純に解釈しますと、この3疾患の副反応としての発生は憂慮するべき重大な問題であるように見えます。 ところが、厚労省はこの事実を「重大な懸念」ととらえていません。 「何故、厚労省はこの事実を重大な懸念ととらえないのか?」について考察することが、 今回の論考の目的の一つです。
数値を比較する時には様々なバイアスについて考慮することは疫学の基本です。 報告頻度を比較する時には特に報告バイアスに注意する必要があります。 ここでの報告バイアスとは、「新薬の場合は、注目されるため通常より多くの副作用が報告される」 というもので、ウェーバー効果と呼ばれています。 したがって、単純比較で結論をだすことは慎まないといけません。 また、何倍以上報告されたら有意であると線引きすることも科学的ではありません。
コホート研究を毎回実施するのが理想ですが、予算もマンパワーも時間も足りず現実的ではありません。 そこで考案されたのがシグナル検出という簡易的手法です。 具体的には、 PRR、ROR、BCPNN、GPS などの複数の手法が提案されています。 今回は、計算が容易なPRR(Proportional Reporting Ratio)を取り上げてみます。
計算方法は、 このWebサイト を参考にして計算しました。 3つの疾患の報告頻度は、CBCの番組で報道された数値を用いました。 副反応の報告数の総数は 小島氏の論考 で提示された数値を用いました。
計算結果を以下の表にまとめました。
シグナル点灯の条件は、1)PRRが2以上、2)カイ二乗値が4以上、 3)注目する医薬品の注目する副反応の報告数が3以上ですので、 シグナルはギラン・バレー症候群と急性散在性脳脊髄炎とには点灯せず、 血小板減少性紫斑病のみに点灯しました。
ギラン・バレー症候群は18倍の報告があったのに拘わらずシグナルは点灯せず、 少々意外な結果となりました。 ただし、注意するべきことは、シグナル検出には複数の手法が提案されており、 手法が変われば結果も変わる可能性があるという点です。 また、PRRの場合であっても、副反応の合計で用いた数値と異なるデータを用いれば、 結果が変わる可能性があります。 シグナル検出は常に正しい結果が得られるわけではなく、参考にするべき一つの指標にすぎないことを理解しておく必要があります。
PMDAでは、コロナワクチンのシグナル検出として、 2022年7月より「MID-NETに基づく COVID-19 ワクチンに関する安全性プロファイル等の評価」という調査 を実施しています。 今のところシグナルは検出されていないようであり、このことが厚労省が「重大な懸念はない」と判断 する根拠の一つとなっていると考えられます。
PMDAではシグナル検出を 「早期安全性シグナルモニタリング」 と呼んでいます。 その手法は、 コホート研究に近い手法 のようです。 PMDAは、早期安全性シグナルモニタリングの結果を解釈する場合の注意点を次のように 説明しています。
シグナルが点灯しても、それを「重大な懸念を示している」と直ちに解釈するべきではないことが解説されています。
生データによる頻度をバイアスを補正せずに比較することは科学的ではありません。 シグナル検出はあくまでも簡易的手法であり、常に正しい結論が導き出せる手法ではありません。 コホート研究が理想ですが、 弱点もあり 、それを理解した上で結果を解釈することが必要です。 また、「重大な懸念はない」の 背後にある意味 を理解しておくことも大切です。 医学で一つの結論を得るためには、多面的な分析が必要であり、膨大な労力が必要なのです。
疫学研究にはお金やマンパワーが必要です。 西浦氏が 「調査研究プロジェクトの申請を出しましたが、数億の助成も獲得できませんでした」 と嘆いていました。 NHKによると “コロナ予算”は、新型コロナの流行が本格化した令和2年度だけで、総額77兆円 という話です。 疫学研究に何故数億円程度のお金の配分ができないのか、私には不思議で仕方がありません。 政治家もマスメディアも疫学の重要性をもっと認識するべきです。