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爪白癬パルス療法の謎 --爪水虫の治療に潜む闇--

※本稿は、2009年12月に私設ホームページで公開した論考の転載です。

2008年12月、水虫の内服治療薬であるグリセオフルビンが生産終了となりました。ジェネリック品も含めて、すべて生産終了です。グリセオフルビンは、1錠の薬価は約11円と大変安価な薬剤であり、コストパフォーマンスの高い薬剤でした。水虫の内服治療薬は、主に爪白癬(爪の水虫)に使用します。

 薬価が非常に低い薬剤ですので、製薬会社はこの薬剤を生産してもあまり利益が出なかったようです。厚生労働省は、製薬会社の利益がそれなりに出るような薬価をつけるべきではないかと、私は考えます。そうしなければ、利益の出ない薬剤は、どんどん生産終了に追い込まれていってしまうことになります。古典的薬剤は、異様に薬価が低いものが多いのが現実です。一方、薬価が妙に高どまりしている薬剤もあり、バランスがよくありません。民主党には薬価についても抜本的に見直してもらいたいものです。

 残る爪白癬内服薬は、イトリゾールとラミシールの2つ(およびそれらのジェネリック品)となりました。グリセオフルビン1錠11円に対して、ラミシール1錠は249円、イトリゾール1カプセルは509円と高価です。どちらも、グリセオフルビンよりコストパフォーマンスの悪い薬です。開業してからは、総合的に判断して、グリセオフルビンとラミシール(およびそれらのジェネリック品)を使用してきました。イトリゾールのパルス療法に関しては、治療成績があまり良くないという論文(これについては後述)を知っていたため、使用することは全くありませんでした。イトリゾールは相互作用のある薬剤が非常に多く、すでに内科などで多数の薬剤を内服中の高齢者には使用しづらいことも、使用しなかった理由の一つです。

正確に計算しますと

グリセオフルビン1日4錠1年間継続 11円x4錠x365日=16,060円
グリセオフルビン1日4錠1年半継続 11円x4錠x548日=24,112円

ラミシール1日1錠(125mg)6か月間継続 249円x1錠x183日=45,567円
ラミシール1日1錠(125mg)1年間継続 249円x1錠x365日=90,885円

イトリゾールパルス療法3サイクル
     509円x8錠x7日x3サイクル=85,512円
イトリゾール1日1カプセル1年間継続
     509円x1錠x365日=185,785円

注意)ラミシールの投与期間は、日本では6か月間を原則としています。

現在では、イトリゾールの継続投与は、爪白癬に対して保険の適用はありません。したがって、薬局のグリセオフルビンの在庫がなくなったら、今後は爪白癬の治療には、ラミシールの継続投与とイトリゾールのパルス療法のどちらかを選択するしかありません。

 さてどうしたものかと考えあぐねていた時に、イトリゾールを発売している製薬会社の担当者が、たまたま当院を訪れました。そこで、現在までに蓄積されているはずのイトリゾールの治療成績を聞いてみました。

 私が知りたかったのは、1年後の治癒率です。 爪白癬の治療成績で意味のあるのは、1年後の治癒率のみです。(1年半後の治癒率や2~3年後の再発率がわかれば、さらに望ましい。)爪白癬は治療が成功すれば、完全治癒する疾患ですから、有効率はあまり意味がありません。爪の病変が少しでも残存しますと、治療終了後、徐々に病変はもとに戻ってしまいます。 治癒の判定時期を1年後としているのは、足の爪は、はえかわりますのに、約1年かかるためです。(高齢者の場合は、1年半かかる場合もあります。)完全に治癒するためには、爪がはえかわる1年の間、薬の効果が持続していないとだめなのです。パルス療法が3か月でよいのは、イトリゾールには、投与終了後も薬剤が爪に1年間残留するという特殊な性質があるためです。

製薬会社の担当者の返答は、驚くべきものでした。

--パルス療法の1年後の治癒率のデータは、当社には存在しておりません。

 製薬会社が配布しているイトリゾールのパンフレットには、6か月後のデータしか書いてありません。しかも有効率が書いてあるだけです。日本でイトリゾールの発売開始は1993年です。国内で発売されてから、すでに16年が経過しています。製薬会社には、市販後臨床試験が義務づけられていますので、その気があれば、調べてデータを蓄積し、1年後の治癒率も公開できたはずです。16年もの間、この会社は、いったい何をやってきたのでしょうか?

 製薬会社は、「イトリゾールは抗菌力が強く、内服終了後も長期間薬剤は爪に貯留する。したがって、爪白癬の治療に最適な薬である」と力説しています。では、何故1年後の治癒率のデータが存在していないのでしょうか? 本当に抗菌力が強く優れた薬ならば、胸をはって高い治癒率を宣伝すればよいはずです。

製薬会社がデータを提供してくれませんので、論文などで発表されているイトリゾールの1年後の治癒率を調べてみました。

【論文1】 Br J Dermatol 1999; 141 (Supple. 56): 5-14
 1年6か月後の治癒率(真菌学的治癒率)
   イトリゾール400mg7日間 3サイクル
      38.3%(41/107)
   イトリゾール400mg7日間 4サイクル
      49.1%(53/108)

【論文2】 Indian J Dermatol Venereol Leprol Jul-Aug 2005 Vol71 Issue 4
 1年後治癒率
   イトリゾール400mg7日間 4サイクル
      82.0 %(41/50)
      真菌学的治癒率では 90.0%(45/50)

【論文3】 日皮会誌:114(1), 55-72, 2004
 1年後治癒率
   イトリゾール400mg7日間 3サイクル
      32.7 %(17/52)

注意1)日本で行われている治療法は、イトリゾール400mg7日間 3サイクルです。当然4サイクルの方が治癒率は高くなります。
注意2)真菌学的治癒率の算定では、治癒判定時に爪の変形肥厚が残存した場合でも、顕微鏡検査および培養検査で陰性であれば治癒と判定します。ただし、その時点での検査で陰性であっても、残存した変形肥厚部位より1~3年以内に爪白癬が再発することはあります。真菌の量が少ないと、検査で確認できない場合があるからです。したがって、真菌学的治癒率の方が信頼性が高いという訳ではありません。

報告者により、治癒率は大きく異なります。実は、ラミシールの方の治癒率も、報告者により大きな差があります。

【論文1】 Jpn. J. Med. Mycol. vol.48, 153-158, 2007
 1年後治癒率
   ラミシール125mg6か月間継続投与
      33.3%(40/120)

【論文2】 西日皮膚 67; 258-266, 2005
 1年3か月後治癒率
   ラミシール125mg3か月間継続投与
     78.6%(11/14)
   ラミシール125mg4か月間継続投与
     90.5%(19/21)
   ラミシール125mg6か月間継続投与
     71.4%(15/21)

【論文3】 Br J Dermatol 1999; 141 (Supple. 56): 5-14
 1年6か月後の治癒率(真菌学的治癒率)
   ラミシール250mg3か月間継続投与
      75.5%(81/107)
   ラミシール250mg4か月間継続投与
      80.8%(80/99)

注意)国内の標準治療は、ラミシール125mg6か月間投与。

これでは、何が本当なのか、よくわかりません。テレビでコマーシャルまで流して、国民に爪白癬の治療を促すのであれば、大規模に治療データを蓄積集計し、信頼性の高い情報を国民に公開する義務が製薬会社にはあります。有効率や満足度という言葉でごまかすべきではありません。信頼できる1年後の治癒率を公開することが、製薬会社にとって喫緊の課題と言えるのではないのでしょうか?



補足1)グリセオフルビンの生産終了が決まった時、薬局に1年分の薬剤を事前に購入してもらうことにしました。製薬会社の人の話によると、流通の在庫は、急速に消失したそうです。これは、皮膚科医院以外に、動物病院が大量にこの薬剤を購入したためだそうです。獣医の立場でも、グリオフルビンは、コストパフォーマンスのよい薬だったようです。

補足2)イトリゾールのジェネリック品は、血中濃度が十分に上昇せず効果が不十分な場合が多いと、しばしば指摘されています。ただし、すべてのジェネリック品に問題があるわけではありません。明治製菓のイトラコナゾール錠「MEEK」では、明治製菓のサイトにおいて血漿中濃度推移および溶出試験の比較試験データが公開されています。そのデータでは、イトラコナゾール錠「MEEK」は、先発品と同等であることが示されています。

補足3)インターネットの情報は、有効率と治癒率をはっきり区別してないものが多いように感じます。「80%は治る」との記述を時々みかけますが、そのソース(論文など)を明示したサイトは、私がざっと調べた限りでは、全くありませんでした。

補足4)臨床皮膚科学会にて、グリセオフルビン製造継続運動が提案されたそうです。この薬剤は、爪白癬以外に小児の頭部白癬にも大変有用な薬ですので、切に製造継続を望みます。

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