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色づく世界

昔の出来事を一部だけ鮮明に覚えていることがある。当時は流れ行く記憶の1ページにすぎなかったものが、後になって自分にとって大切な何かだったと気づくのだ。そうやって自己を知るのは楽しい。

小学校の体育館で壇上の誰かが作文を読んでいた。弁論大会優勝者のウイニングランだった。視覚障害者に寄り添いたいという今で言うダイバーシティの話で、その中の一文が忘れられない。

「目を閉じると怖くて一歩も足を踏み出せませんでした」

相手の立場になってみるのはいい。しかし、嘘は良くない。ビルの屋上で鉄骨の上を歩かされているのでもないかぎり、目を閉じたくらいで一歩も歩けないなんてことはないだろう。

その人は本当に歩けなかったのかも知れないが、僕は脚色されていると子供ながらに確信した。べっとりと色を塗られた体験談が文学でなく弁論として高く評価される。そんな世界が色褪せて見えた。

もともと自己満足に生きているきらいはあったが、あの出来事はその方向性を決定づけたと思う。とくに他人の評価はあてにならないと若くして気付けたのは大きい。

いつだって自分の信じる道を進んできた。間違えることも日常茶飯事だが、他人の意見に乗っかれば良かったと後悔したことはない。