風の憧憬

1995年に発売されたゲーム『クロノ・トリガー』で流れる曲。YouTubeで検索すると、芋づる式にいろいろなアレンジがおすすめされる。どれも甲乙つけがたいが、この方のピアノがひときわ心にしみた。

ゲーム自体が名作と呼ばれている。時間を旅する物語はもれなく僕の琴線に触れるので、確かに面白かった記憶がある。けれど詳細を覚えていない。

比較的鮮明に思い出せるラスボス戦は、数年前に見た、知らない誰かのプレイ動画の映像だ。そして、これほど感情を揺さぶる「風の憧憬」でさえ、どんなシーンで流れていたのかを思い出せない。

ネットで調べれば容易にわかることではある。でも、そういうことではないと思う。思い出せないからこそ強く響いている。手のひらに握り込んだ鈴が澄んだ音色を奏でないように、記憶の空洞が心を震わせている。

時間は風のように流れていく。
そよぐ風が頬を撫でる感覚も、やがて忘却の彼方へ消え去る。
それでも、あの時、あの場所にいたことは確かなのだ。

憧憬とは「あこがれ」を意味する。憧れは、今、この手に持っていないから生まれてくる感情であり、昨日のことのようにはっきりと思い出せる光景では味わえないだろう。

覚えていなくても大切な時間があった。それだけは忘れない。