司法過程の機械化
本記事は、2023年9月4日(月)に新潟大学で開催された、新潟「国家と法」研究会の報告資料の一部を抜粋・修正したものです。
参加者の皆さま、特に、開催校幹事の先生に改めて御礼申し上げます。
1. はじめに
対話型AI「ChatGPT」を裁判官にした模擬裁判イベントが、2023年5月に東京大学で開催されたことが話題になった[1]。また、諸外国での先駆的な導入事例について、一部報道では「AI裁判官」などの表現が利用されている[2]。
しかし、技術的課題もあって「AI裁判官」の実装には至っていない。諸外国の例も、あえていえば「AI書記官」「AI調査官」などに近い。
とりわけ日本の裁判所における情報技術(IT)の利用は、(民間企業だけでなく行政と比べても)立ち遅れており、デジタル化・IT化の途上にある。業務構造等の変革を伴うと言われるデジタル・トランスフォーメーション(DX)には至っていない。
もっとも、デジタル化・IT化であっても、憲法や法哲学上の様々な疑問や課題が生じる。
例えば、フランスでは、オープンデータ推進にあたり、裁判官の判決に関するデータ分析(≒プロファイリング)が2019年に禁止された[3]。これは、分析を可能にすると、裁判官ごとの判断傾向が明らかになり、場合によっては当該裁判官への個人攻撃につながったり、フォーラム・ショッピングにつながったりする可能性が指摘されたためである。そしてもちろん反対意見もいまだ根強い。
また、いわゆる「破産者マップ」事件のように、官報で個別的・断続的に公開されてきた破産者・再生債務者の情報であっても、それをデータベース化して地図上で可視化すれば、名誉毀損やプライバシー等の懸念を生じさせ、行政指導の対象となる[4]。
本報告では、司法過程のデジタル化・IT化・DX(≒機械化)の現状を共有し、現在執筆中の単著において論じてみたいポイントを提示する。
2. 司法の機械化の現状
2-1. 日本
日本における民事手続きについては、2022年5月に民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する法律が成立し、訴状の提出から判決までがオンラインで完結する仕組みが整った。
逆に言えば、IT化に遅れたことで、人々の司法アクセスが阻害されている状況であり、感染症拡大を受けて深刻化した[1]。先進諸国のみならず、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナムといったASEANの新興国と比べても劣後した状況にある[2]。
現在、システム整備が進められ、マイクロソフトが開発・提供するコラボレーションプラットフォーム「Teams」が導入されている[3]。民事裁判書類電子提出システム「mints」の試験運用も開始した。2025年度までに段階的に実装される見込みである。
2023年6月には、離婚調停や倒産など訴訟以外の民事手続きをIT化する改正関連法も成立した。
そして、民事手続きに続いて、刑事手続きでも検討が進められている。
法務省「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」は2022年3月に報告書をまとめ[4]、令状や証拠書類の電子化などの導入を提言した。
刑事訴訟法の改正に向けて、法制審議会の部会で検討が進んでいる。
2-2. 北米
民事手続きのIT化は、主要先進国(英国、フランス、ドイツ)で概ね実施されており、米国も同様である。
刑事手続きについて、米国では既に令状の電子請求・発付ができ、証拠書類のデジタル化も実現している。書類の管理・利用(e-filing)に関するITシステムも導入されている。
ここでは特に、日本の研究者に注目されてきた事例として、再犯リスク予測プログラム「COMPAS」について触れておきたい。
「COMPAS」は、米国ノースポイント社(現エキバント社)が開発し、対象者に約140項目を回答させ、過去の犯罪データとの照合により、再犯リスクを10段階でスコアリングするシステムである。犯罪歴などの直接的な項目のほか、年齢、雇用状況、ライフスタイル、教育レベル、薬物使用、信条、家族の犯罪歴、薬物使用歴なども質問項目に盛り込まれている。なお、アルゴリズムは非公開となっている。
ウィスコンシン州では2012年から「COMPAS」導入されたが、特定の人種を不利益に扱っており適正手続保障に反するとして訴訟になった(State v. Loomis)。同州最高裁は、最終的判断を裁判官が行うことなどを理由に、被告人の主張を退けている[5]。
また、訴訟外の手続きにおける技術導入も進んでいる。法律関連業務を効率化するために用いられる技術群「リーガルテック(LegalTech)」が産業として隆盛している[6]。
一例を挙げれば、2006年12月の連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure : FRCP)改正によって義務付けられた電子情報開示 ( electronic discovery:eDiscovery) のプロセスを簡易化・自動化するサービスなどが提供されており、関連文書のデータをソフトウェアが自動的に収集・仕分けして弁護士によるレビューを効率化した。
裁判によらないオンラインでの紛争解決手段であるODR(Online Dispute Resolution)も浸透している。ODRの典型例として挙げられるのが、インターネットオークションのサービスを運営している eBay の Resolution Center であり、年間6,000万件以上の紛争が扱われ、そのうち90%はソフトウェア上で人が介入することなく解決に至っているとされる。
また、カナダのブリティッシュ・コロンビア州では、5000ドル未満の少額請求について、オンラインの民事紛争解決法廷が運用されている。
2-3. 中国
中国の民事手続きでは、証拠画像管理のスマート化、法令及び類似事件の精確な推薦、事件繁簡の判断支援、文書の自動生成、文書の瑕疵の自動修正、裁判の逸脱度リスク警告などの機能などが導入されている[7]
例えば、北京インターネット法院は、コンテンツ処理機能によって抽出された要素をもとに、証拠管理審査システムから取得された事件情報と結び付け、文書を自動生成するシステムを導入している[8]。
また、杭州インターネット法院は証拠分析システムを導入している。全ての証拠資料を分析・比較した上で、証拠リスト及び適切な証明対象を自動作成し、序列化・分類する。証拠リストとして一目瞭然になるため、裁判官の省力化になる。当事者が提出する必要のある証拠が欠けている場合、またはアップロードした電子証拠と記載された証明対象とが全く無関係である場合やアップロード先が間違っていた場合、システムは警告等を表示する[9]。
刑事手続きについても、犯罪捜査補助、証拠管理、尋問支援などが行えるシステムの導入が進んでいる。
上海高級人民法院では、「206プロジェクト」を実施した[10]。同システムは、警察官に統計に基づいたデータを提供し、容疑者を逮捕しようとする警察官に、AIシステムが自動的に「重要な証拠が十分か否か」「証拠に欠陥はないか」などを知らせる機能を持つ。
同システムは裁判所にも利用されており、裁判官が判決書を入力すれば、自動的に裁判所と上級裁判所の判決の結果を比較することができる。2か月間で60事件の証拠2万個以上を収録し、2000件以上の証拠のガイダンスを提供した結果、48件の証拠欠陥を発見したとされる[11]。
3. 何を問いたいか?
証拠管理、瑕疵の自動修正提案、裁判の逸脱度リスク警告といった機能を搭載したシステムを導入すると、裁判の透明性が高まると期待される。同時に、裁判官の判断に関するプロファイリングが容易になることも意味する。こうした技術的可能性と懸念については、従前より下記のような形で示されていた。
「これから裁判制度自体を電子化して、原告と被告の準備書面も電子媒体で出てくるようになると、主張から判決の間に何が消えたかを可視化することが可能になるのではないか」[1]
「判決文でなく裁判を公開して、これは閉じられた空間ですから、すべての審理の過程をビデオに撮って、証人の証言や裁判官の表情、弁護士の弁論全部をデータ化し、その中から裁判官が何を事実として拾って、何を拾わなかったかを分析すると、少なくとも法廷に現れた主張と言う形での事実は全部拾うことができるはずです」[2]
こうした変化は、事実認定・証拠評価について裁判官の自由な判断に委ねる「自由心証主義」に影響を与える。自由心証主義とは、裁判官が証拠資料に基づいて事実認定を行うに際して、法律上の拘束を受けず、自由な判断ができるとの原則をいう(民訴法247条、刑訴法317・318条など)。その対義語は、法定証拠主義であり、一定の証拠(例えば、被告人の自白、証人2名以上の一致した証言)があれば一定の事実(例えば、有罪)を認定しなければならないことを指す。
裁判官という人間が介在することが、判断のブレやバイアスの発生源だと捉えるならば、透明性や公平性が向上するから、歓迎すべきことだろう。
しかし、科学史家ピーター・ギャリソンが批判するように、人間の介入を排除する「機械的客観性」は「認識的徳 epistemic virtue」(認識に関する美徳)の一種にすぎない。専門的訓練に裏付けられた「訓練された判断 trained judgement」という美徳が求められる分野もあり、客観性には複数の価値がある。そして、「訓練された判断」を重視する立場からすると、前述のような変化は否定的に捉えられるのではないか。
言い換えれば、先に見てきたような機械化は、裁判官に対する一定の標準化や統制という側面もある。裁判過程の機械化に好意的な議論を示す太田勝造が「事実認定過程の客観化(自由心証主義の統制)を支持する立場をとっていることも偶然ではない」[6]。そして、標準化を進めると、科学史家のセオドア・ポーターが指摘しているように、専門家集団としての裁判官の裁量や自律性を失わせることにつながる[7]。
これらは、法哲学上の課題としても位置付けることができる。従前より下記のような指摘が行われてきたところである。
「『明示化できない経験則を使うべきでない』という規範は、我々の事実認定の活動に適用されると、それを捻じ曲げることになるだろう。これはまた、法定証拠主義の悪夢が我々に教えるところでもある」[8]
「『客観性』を過度に求める事は、手続の中に実際には現れているデータの利用を禁止することにもなるし、見え透いた嘘を嘘と知りつつ真実として裁判の基礎にしてしまうことを、理論的に強制することにもなるから、益よりも害の方が多くなる危険性が高い」[9]
現在執筆中の単著では、事実認定に関する法令を改正せずとも、機械化によって、司法の裁量統制のあり方が、(あまり意識されないまま)事実上変わる可能性がある、ということを指摘してみたい。
その上で、この変化に関する規範的な評価についても考えてみたい。現時点での見込みとしては、司法の裁量統制論に帰着しそうな直感もある。しかし、その規範的評価は、構想・依拠している価値・理念に左右されるようにも思われる。
「正確な情報と処理規則さえ与えておけば、限定された能力しか有しない人間の裁判官よりも、AIのほうが合理的な判断を瞬時で行うことができるかもしれない。恣意的な判断をしないのだから、AIによる判断は、人間よりも公正なものと言えるだろう。とはいえ、AIによる判断が結果として正当なものであるとしても、それを我々人間が正統なものとして受容できるかどうかは別の問題である」[10]
4. 補遺
本報告後、法律時報2023年10月号の特集テーマが「民事裁判IT化と民事手続法学」であるとの報に接した。内海論文における「手続きはインフラに規定される」、成原論文における「プロセスの正統性とシステム開発の法的統制」は共感する部分が多く、参考になった。