駆け出し百人一首(20)泣く涙雨と降らなむ渡り川水増さりなば帰り来るがに(小野篁)

泣(な)く涙(なみだ)雨(あめ)と降(ふ)らなむ渡(わた)り川(がは)水(みず)増(ま)さりなば帰(かへ)り来(く)るがに

古今和歌集 巻十六 哀傷 829番

訳:私の涙が雨となって降って欲しい。三途の川が増水してしまえば、妹が渡るのを諦めて、この世に戻って来る。そうなるように。

May my tears be heavy rain! Shower on the River Styx. Make my sister come back to us.


詞書は「いもうとの身罷りにけるとき詠みける」。妹の死を嘆く哀傷歌です。
作者の小野篁は、知識人として名高い人で、令義解の編纂にも携わり、遣唐副使に選ばれたこともあります(船のトラブルもあって、任務を拒否し、隠岐に流された話が百人一首の彼の歌につながっています)。直情径行で、「野狂」などとあだ名された人ですが、恐らくこの和歌をもとにして、篁と妹との禁断の悲恋を描いた作り物語「篁物語」が作られています。


和歌の修辞法

涙雨と降らなむ:涙を流す様子を少し大袈裟な比喩で表すのは、和歌の常套手段。涙の雨、涙の川、袖を絞る、袖朽ちぬ、枕浮く、身流る、血の涙など。

文法事項

雨と降らなむ:「未然形+なむ」。あつらえ(他者への願望)の終助詞「なむ」により、「降って欲しい」という意味になる。
増さりなば:「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形。「未然形+ば」で仮定条件。
がに:連体形に接続する「がに」は「〜するように」という意味で、将来の出来事がそうなるように祈る助詞。副助詞とも、接続助詞とも。平安時代以降はわざと擬古的な文体にするとき以外は用いられない。


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