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Long COVID

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、世界中の人々の健康と生活に多大な影響を及ぼしました。急性期を乗り越えた後も、多くの方々が長期にわたる健康上の問題に直面しています。
この現象は「Long COVID」として知られるようになり、医学界や公衆衛生分野において重要な課題となっています。
Long COVIDは、「SARS-CoV-2感染後に発症し、少なくとも3か月間継続する慢性的な症状群」と定義されています[1, 2]。
Long COVIDには、改善するもの、悪化するもの、継続するものなど、さまざまな症状や状態が含まれます。
また、Long COVIDはpost COVID-19 condition、post-acute COVID-19 syndromeなどとも呼ばれますが、本稿ではLong COVIDという用語で統一し、その特徴について解説します。


変更履歴
2024.09.04 初版
2024.09.11 生活に与える影響、社会的損失、現在臨床試験中のもの:追記


疫学

Long COVIDの疫学は、パンデミックの進行とともに徐々に明らかになってきました。Long COVIDの有病率は、研究や対象集団によって大きく異なります。これは、定義の違いや研究方法の違いによるものです。しかし、全体的に見ると、COVID-19感染者の相当数がLong COVIDを経験していることが分かっています。

米国疾病管理予防センター(CDC)の2022年の報告によると、成人の6.9%がLong COVIDを経験したと報告されています。また、別の研究では米国成人の7.3%がLong COVIDを経験したと推定されています[3]。スコットランドの研究では、異なる追跡期間で調整後の有病率が6.6%から10.4%の間であることが示されました[4]。また、発生率に関しても、非入院のCOVID-19患者を対象とした研究で、7.5%から41%という幅広い推定値が報告されています[5]。

また、Long COVID患者の多くが、日常生活に大きな制限があると報告しています。2023年の中頃の時点で、米国のLong COVID患者の約26.4%が、活動に大きな制限があると報告しています。

症状

Long COVIDにはさまざまな症状が報告されています。最も頻繁に報告される症状には、極度の疲労感、呼吸困難、認知機能障害(ブレインフォグ)、筋肉痛、頭痛が含まれますが、これらに限定されません。多くの患者が、心悸亢進、めまい、消化器症状、皮膚症状なども経験しています。特筆すべきは、これらの症状が単なる回復の遅れではなく、独立した病態として認識されつつあることです。

海外からのLong COVIDの発生状況に関する45の報告(計9,751例)の系統的レビューでは、主に入院患者を追跡した16の報告で、COVID-19の診断/発症/入院後2か月、または退院/回復後1か月に、患者の72.5%が何らかの症状を訴えていました[6]。最も多いのは倦怠感(40%)で、息切れ(36%)、嗅覚障害(24%)、不安(22%)、咳(17%)、味覚障害(16%)、抑うつ(15%)と続きました。

Long COVIDの診断のため新たな診断スコアも提唱されており、海外85施設から9,764例(SARS-CoV-2感染30日以内の2,248例、30日以降の6,398例、非感染の1,118例)の報告があります[7]。PASC(postacute sequelae of SARS-CoV-2 infection)スコアと提唱されているこのスコアは、頻度が2.5%以上だった37の症状について分析されました。PASCスコアに寄与する症状を抽出し、LASSO回帰により1〜8の範囲で重み付けを行い、12の症状とそれぞれのスコアを次のように定め、12点以上をPASCと定義しました。このスコアはあくまで提唱であり、今後これが実臨床において有用かどうか検証が重ねられていくと考えられます

PASCスコア

日本からの調査では、軽症者を含む525名において、診断後6か月の時点で約80%は罹患前の健康状態に戻ったと自覚していましたが、一部の症状が遷延すると、生活の質の低下、不安や抑うつ、睡眠障害の傾向が強まることが分かりました。より長期の観察を行った日本国内の研究として、回復期患者457名を対象にしたアンケートによる追跡調査があります[8]。急性期において84.4%が軽症、12.7%が中等症、2.9%が重症であったコホートにおいて、発症または診断から12か月後に残っていた症状、及びその頻度は記憶障害(5.5%)、集中力低下(4.8%)、抑うつ状態(3.3%)、疲労感(3.1%)、息切れ(1.5%)、嗅覚障害(1.1%)、咳(1.1%)、味覚障害(0.4%)、脱毛(0.4%)でした。発症時または診断後6か月時点で26.3%、12か月時点で8.8%に何らかの症状が観察されました。特に女性、急性期に肺炎があった人、急性期に重症度が高かった人で遷延しやすい傾向が見られました。

海外の86.1万人の患者を対象とした41の研究のメタ分析においても、女性(OR, 1.56; 95% CI, 1.41-1.73)、年齢(OR, 1.21; 95% CI, 1.11-1.33)、高いBMI(OR, 1.15; 95% CI, 1.08-1.23)、喫煙(OR, 1.10; 95% CI, 1.07-1.13)、併存疾患の存在(OR, 2.48; 95% CI, 1.97-3.13)、およびCOVID-19による入院歴(OR, 2.37; 95% CI, 2.18-2.56)はLong COVID発症リスクの増加と関連していると報告されています[9]。

変異株の種類による罹患後症状の頻度の違いを検討した研究では、デルタ株の感染者は、オミクロン株の感染者と比較して約2倍の頻度で罹患後症状がみられやすいと報告されています[10]。

これらの症状のほとんどは時間の経過とともに改善すると考えられていますが、残存している一部の症状が長期の追跡調査でどのように推移するかは今後の検討課題となっています

研究者たちは、Long COVIDを複数の表現型(フェノタイプ)に分類する試みを行っています。これは症状の組み合わせや重症度に基づいて患者をグループ化するアプローチです。例えば、Sudreらの研究では、症状の組み合わせによって少なくとも3つの異なるクラスターが特定されました[11]。具体的には、主に呼吸器症状を示すグループ、疲労を中心とするグループ、そして認知症状が顕著なグループです。

さらに、他の研究では異なる分類方法も提案されています。Griffinによるレビューでは以下の8つの表現型が提唱されています[12]。

文献12より作成

表現型の理解を深めることは、個別化された治療アプローチの開発に不可欠です。例えば、心血管系の表現型を示す患者には、循環器専門医の関与が必要かもしれません。これらの患者では、心臓MRIや心肺運動負荷試験などの特殊検査が有用である可能性があります。一方、神経認知症状が主体の患者には、神経内科医や心理療法士の介入が効果的かもしれません。認知リハビリテーションや特定の薬物療法が検討されるかもしれません。また、自己免疫反応が関与する表現型の患者では、リウマチ専門医の協力のもと、免疫調節療法の可能性が探られるかもしれません。このように、表現型に基づいたアプローチは、より的確な診断と効果的な治療につながる可能性があります。

さらに、Long COVIDの経時的変化にも注目が集まっています。一部の患者では症状が時間とともに変化し、異なる表現型へ移行することが報告されています。このダイナミックな性質は、長期的なフォローアップと治療計画の定期的な見直しの必要性を示唆しています。

病態

Long COVIDの病態メカニズムは複雑であり、完全には解明されていませんが、複数の仮説が提唱されています[13]。これらは想定されることの一部にすぎず、他の要因が関与しているか、複数の要因が絡み合っていると考えられています。

文献13より作成
  1. 病原体の残存や残骸
    末梢血や鼻咽頭ぬぐい液の採取といった従来の検査で検出できなかった場合でも、病原体が持続的な感染を確立したり、組織深部に非感染性の病原体の残骸を残す場合があります。病原体の残骸が免疫系を刺激して炎症が続き、様々な症状を引き起こす可能性があります。

  2. 自己免疫
    免疫系が誤って、感染症だけでなく、体内の組織を攻撃してしまうことがあります。これは自己免疫の活性化と呼ばれ、免疫反応が混乱して健康な細胞を標的にするようになることで起こります。

  3. 腸内細菌叢の異常/ウイルス再活性化
    マイクロバイオームと呼ばれる体内の細菌、ウイルス、真菌のバランスが、感染症や免疫反応によって崩れることがあります。これは、長期的な影響や、EBウイルスのような休眠状態のウイルスの再活性化につながる可能性があります。また、腸内細菌叢の変化は自己免疫疾患の一因となることもあります。

  4. 組織の損傷
    感染症や免疫反応による障害が十分に修復されず、長期的な組織障害が生じることがあります。例えば、呼吸器感染症による肺の損傷は、慢性的な肺機能障害につながる可能性があります。

治療

Long COVIDの治療は、その複雑な病態と多様な症状のため、個別化されたアプローチが必要です。現時点では特異的な治療法は確立されていませんが、症状管理と機能回復を目指した多面的なアプローチが推奨されています。

文献12より作成

治療の基本方針は、症状の軽減、日常生活機能の改善、そして全体的な生活の質の向上です。これには、薬物療法、リハビリテーション、精神的サポートなど、様々な要素が含まれます。

具体的な治療例として、疲労感に対しては段階的な運動療法や認知行動療法が効果的であると報告されています。英国のある研究では、適切に設計された段階的運動プログラムがLong COVID患者の疲労感と身体機能を改善したことが示されました[14]。

呼吸器症状に対しては、呼吸リハビリテーションが有効です。これには、呼吸筋トレーニングや呼吸法の指導が含まれます。ある研究では、6週間の呼吸リハビリテーションプログラムがLong COVID患者の呼吸機能と生活の質を有意に改善したことが報告されています[15]。

認知症状(ブレインフォグ)に対しては、認知リハビリテーションや脳トレーニングが試みられています。また、一部の研究では、抗炎症薬や抗凝固薬の使用が検討されていますが、これらの効果については更なる研究が必要です。

また、ワクチン接種がLong COVIDの治療に果たす役割についても注目されています。複数の研究結果から、ワクチン接種後にLong COVID症状の減少や生活の質の向上が報告されており、これは免疫系の調整や炎症の軽減によるものと考えられています。

ワクチン接種後、多くのLong COVID患者で症状数の減少が観察されました。Tranらの研究では、ワクチン接種群は未接種群と比較して、平均的に1.8個少ない症状を報告しました[16]。また、影響を受ける器官系統の数も有意に減少し、患者の生活の質を示すWHO-5幸福度指数スコアの向上も確認されました。具体的な数値を見ると、同研究のワクチン接種前後の比較で、症状数が6.56から3.92に、影響を受ける器官系統数が3.19から1.89に減少しています。さらに、WHO-5幸福度指数スコアは42.67から56.15に上昇しました。これらの改善は、患者の日常生活や仕事への復帰にポジティブな影響を与える可能性があります。

ワクチンの効果は免疫系の調整を通じて現れると考えられています。Nayyerabadi らの研究では、ワクチン接種後に複数の炎症性サイトカインやケモカインのレベルが有意に低下したことが報告されています[17]。特に、sCD40L、GRO-α、MIP-1α、IL-12p40、G-CSF、M-CSF、IL-1β、SCFなどの炎症マーカーの減少が顕著でした。これらの変化は、慢性的な炎症状態の改善を示唆しています。

しかし、ワクチンのLong COVIDに対する効果については、まだ研究段階であり、より多くの長期的かつ大規模な研究が必要です。また、ワクチンの種類や接種のタイミングによっても効果が異なる可能性があります。

重要なのは、Long COVIDの治療には包括的なアプローチが必要だということです。身体的症状だけでなく、精神的・社会的影響にも対応する必要があります。多くの患者が不安やうつ症状を経験するため、心理的サポートも治療の重要な要素となります。

Long COVIDの治療法は日々進化しています。現在、世界中で多くの臨床試験が進行中であり、新たな治療法の開発が期待されています。また、患者の経験を重視し、患者報告アウトカムを取り入れた研究も増えています。これらの取り組みにより、より効果的で個別化された治療アプローチの確立が期待されます。

予防

Long COVIDの予防は、公衆衛生上の重要な課題です。完全な予防は困難ですが、リスクを低減するための戦略が存在し、その重要性が認識されています。

文献12より作成

予防の主な方針は、まずCOVID-19自体の感染を防ぐこと、そして感染した場合の重症化を防ぐことです。これらはLong COVIDのリスクを直接的に低減することにつながります。

ワクチンは感染予防、重症化予防の目的で進められてきましたが、Long COVIDのリスクを減らす上で最も効果的な手段です。ワクチン接種を受けた人は、ワクチン未接種の者と比較して、Long COVIDの症状を発症するリスクが大幅に低いことが複数の研究で示されています。ワクチンは、急性感染症の重症度を軽減し、免疫システムがウイルスをより効率的に排除するのを助けることで効果を発揮します[9,18]。ワクチンを接種しても感染することがあるが,2回のワクチン接種完了によりlong COVIDを予防できる可能性が示唆されてます。

ワクチン接種に加えて、従来の感染予防策も依然として重要です。マスクの着用、社会的距離の確保、手洗いの励行などの基本的な予防策は、感染リスクを低減し、結果としてLong COVIDの予防にも寄与します。特に、変異株の出現や感染の波がある場合、これらの対策の重要性は高まります。

ニルマトレルビル/リトナビルは重症化リスクのあるCOVID-19患者に適応のある抗ウイルス薬ですが、このニルマトレルビル/リトナビルを発症から5日以内に内服した患者では、内服しなかった患者と比較してLong COVIDのリスクが26%減少したという研究結果が発表されています[19]。他にも、早期治療によって、うっ血性心不全、心房細動、冠動脈疾患、慢性肺疾患、急性呼吸窮迫症候群、間質性肺疾患、末期腎疾患などの発症リスクを低下させる可能性があります[20]。また、急性期の心筋障害リスクや主要な心血管イベントのリスクも減少させる可能性があります[21]。治療のタイミングは重要で、感染初期の早期治療がより効果的であることが示唆されています。これらの研究結果は、ニルマトレルビル/リトナビルが急性COVID-19の治療だけでなく、長期的な合併症予防にも役立つ可能性を示しています。

また、急性期後の適切な休養と段階的な活動再開も重要です。過度の早期運動や無理な社会復帰は、Long COVIDのリスクを高める可能性があります。患者の状態に応じた慎重な活動再開計画が推奨されます。

さらに、一部の研究では、急性期のビタミンD補充や抗炎症療法が長期的な症状のリスクを低減する可能性が示唆されていますが、これらについてはさらなる検証が必要です。

生活に与える影響

Long COVIDが生活に与える影響は身体的、精神的、社会的側面に及び、患者の生活の質を著しく低下させる恐れがあります。

Long COVIDが生活に与える影響が重大である理由は、その症状の多様性と持続性にあります。患者は極度の疲労感、呼吸困難、認知機能低下(ブレインフォグ)、心悸亢進、めまいなど、様々な症状に悩まされます。これらの症状は日常的なタスクの遂行を困難にし、仕事や学業、家庭生活に支障をきたす可能性があります。

例えば、イギリスの国家統計局(ONS)の調査によると、Long COVID患者の約50%が日常生活に何らかの制限を受けており、約20%が日常生活に重大な制限を受けていることが報告されています。また、アメリカの調査では、Long COVID患者の約27%が仕事や学業に大きな支障をきたしていることが明らかになっています[22]。さらに、認知機能の低下により、複雑な作業や長時間の集中を要する業務が困難になるケースも多く報告されています。

Hampshire らの研究では、COVID-19からの回復後も持続する認知機能の低下が客観的に測定されました[23]。この研究によると、COVID-19から回復した参加者は、感染していない参加者と比較して、全体的な認知機能スコアが約0.2標準偏差(SD)低下していました。これは、典型的なIQスケールで3ポイントの低下に相当します。

特に注目すべき点は以下の通りです:

  • 症状が12週間以上持続している参加者(未解決の持続症状を持つ群)では、認知機能の低下がより顕著で、約0.4SDの低下が見られた。

  • 集中治療室(ICU)に入院した患者では、より大きな認知機能の低下(-0.63SD、IQスケールで約9ポイントの低下に相当)が観察された。

  • 記憶、推論、実行機能(計画立案)に関するタスクが、COVID-19関連の認知機能の差異に最も敏感だった。

  • パンデミックの初期(オリジナルウイルスやアルファ変異株が優勢だった時期)に感染した参加者は、後の変異株(デルタ、オミクロン)に感染した参加者よりも大きな認知機能の低下を示した。

  • ワクチン接種を2回以上受けた参加者では、小さいながらも認知機能の優位性が観察された。

これらの知見は、Long COVIDが日常生活に与える影響の深刻さを示しています。認知機能の低下は、仕事や学業のパフォーマンス、日常的なタスクの遂行能力、さらには人間関係にまで影響を及ぼす可能性があります。

身体的な症状に加えて、Long COVIDは精神的健康にも大きな影響を与えます。ジョンズ・ホプキンス大学の研究者らによる調査では、Long COVID患者の約25%が不安障害を、約20%がうつ病を発症していることが報告されています[24] 。社会的な側面では、長期的な症状による活動制限や孤立感、経済的な困難なども患者の生活の質を低下させる要因となっています。

これらの影響を考慮すると、Long COVIDは単なる医学的問題ではなく、社会全体で取り組むべき重要な課題であることが明らかです。患者への適切なサポート体制の構築、職場や教育機関での理解の促進、そして継続的な研究と治療法の開発が急務となっています。Long COVIDの影響を最小限に抑え、患者が可能な限り通常の生活に戻れるよう、包括的なアプローチが求められています。

社会的損失

Long COVIDは、個人の健康被害を超えて、社会全体に深刻な影響を及ぼす重大な問題となっています。その社会的損失は、労働力の低下、医療費の増大、家族や介護者への負担など、多岐にわたり、経済的にも甚大な影響を与えています。

Nehmeらの研究によると、「Long COVIDの持続的な症状が人々の日常生活や就労能力を著しく阻害している」ことが報告されています[25] 。特に「ブレインフォグ」と呼ばれる認知機能低下は、患者の30〜40%に見られ、仕事の生産性を大きく低下させています[26]。

Cutlerは「Long COVIDによる労働力の損失は、米国だけでも年間約500億ドルに上る」と推計しています[27] 。さらに、スイス連邦社会保険局の報告では、「2022年11月時点で、新規障害保険請求の2.50%がLong COVIDに関連している」ことが明らかになっています。

Maltbyらの多発性硬化症に関する研究では、「記憶力や精神的速度の低下が、病気の進行度よりも経済的負担を予測する要因となる」ことが示されています[28] 。これは、Long COVIDの認知機能障害が社会経済に与える影響の可能性を示唆しています。

Long COVIDの社会的損失は直接的な費用にとどまりません。Morrisらの研究によると、「認知機能障害のある家族は、通常の生活水準を維持するために48%高い世帯収入を必要とする」ことが明らかになっています[29] 。さらに、Mavrikakiらの研究は、「SARS-CoV-2感染が神経変性疾患のリスクを上昇させる可能性」を示唆しており、長期的な社会的影響も懸念されます[30] 。Mirinの推計では、「Long COVIDによる年間の経済的損失は1400億ドルから6000億ドルに達する可能性がある」とされています[31] 。

Long COVIDがもたらす社会的損失は、個人、家族、そして社会全体に及ぶ重大な問題です。Voruzらは「この問題に対する理解を深め、適切な対策を講じることは、健康な社会を維持し、経済的な回復を実現する上で不可欠な課題となっている」と指摘しています。今後は、Long COVIDの神経心理学的影響に焦点を当てた学際的研究や、エビデンスに基づいたリハビリテーションプログラムの開発が求められています。

現在臨床試験中のもの

現在、Long COVIDの治療法に関して、様々なアプローチで臨床試験が進められています。以下に主な研究の概要をまとめます:

抗ウイルス薬の研究では、パキロビッド(ニルマトレルビル/リトナビル)の15日間の延長投与が試験されています。しかし、スタンフォード大学の試験では症状の大幅な改善は見られませんでした。一方、塩野義製薬は、エンシトレルビル フマル酸(商品名:ゾコーバ)のLong COVID予防効果を検証するグローバル臨床試験を実施中です。さらに、レムデシビルやモルヌピラビルなど、他の抗ウイルス薬も研究の対象となっています。

免疫調節薬の分野では、関節リウマチ治療薬や他の免疫調節薬が研究されています。特に、バリシチニブ(関節リウマチやCOVID-19急性期の治療薬として使用)のLong COVIDに対する臨床試験が計画されています。

腸に焦点を当てたアプローチとして、ララゾチドの研究が進められています。この薬剤は、腸の細胞接合を締め、ウイルスタンパク質が血流に入るのを防ぐことを目的としています。

サプリメント療法の分野では、ナットウキナーゼ、セラペプターゼ、ルンブロキナーゼが注目されています。これらは微小血栓を溶解する可能性があるとして研究が進められています。

その他の薬物療法として、低用量ナルトレキソンが抗炎症作用と鎮痛作用のために研究されています。また、イバブラジン(心不全治療薬)がLong COVIDに関連する体位性頻脈症候群(POTS)に対して試験されています。

非薬物療法の分野では、神経症状に対する高圧酸素療法や、日本で特に注目されている上咽頭擦過療法が研究されています。さらに、運動療法とリハビリテーション、行動療法、睡眠介入なども試みられています。

しかし、Long COVID研究には依然として課題が残されています。客観的なバイオマーカーの不足により、治療効果の測定が困難であることや、症状の多様性により患者のサブグループごとに異なる治療法が必要となる可能性があることが指摘されています。また、多くの試験が小規模であるため、得られる結論の強度が限られる場合があります。

これらの臨床試験は希望を与えるものですが、現時点でLong COVIDの確立された治療法はありません。研究者たちは、この複雑な症状に対する効果的な治療法を見つけるため、より大規模で綿密に設計された試験の必要性を強調しています。それまでの間、ワクチン接種と感染予防がLong COVIDのリスクを減らす重要な戦略であり続けています。

まとめ

Long COVIDは、COVID-19感染後に長期間持続する多様な症状を特徴とする複雑な病態です。疫学研究によると、その有病率は研究や対象集団によって大きく異なりますが、概ね感染者の10%程度の割合で報告されています。主な症状には極度の疲労感、呼吸困難、認知機能障害(ブレインフォグ)、筋肉痛、頭痛などがあり、これらは単なる回復の遅れではなく独立した病態として認識されつつあります。

病態メカニズムは完全には解明されていませんが、病原体の残存や残骸、自己免疫反応、腸内細菌叢の異常、組織の損傷などが関与していると考えられています。治療は症状管理と機能回復を目指した多面的アプローチが取られ、段階的な運動療法、呼吸リハビリテーション、認知リハビリテーションなどが効果的とされています。

予防においては、ワクチン接種がLong COVIDのリスク低減に最も効果的な手段とされています。また、ニルマトレルビル/リトナビルなどの抗ウイルス薬の早期投与がLong COVIDのリスクを減少させたという研究結果も報告されています。

Long COVIDの理解と管理は日々進化しており、現在も多くの臨床試験が進行中です。今後、より効果的で個別化された治療アプローチの確立が期待されています。

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