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90-90-90と新たな目標

1981年の最初のエイズ症例報告以来、HIV/AIDS対策は段階的に発展を遂げてきました。2020年に向けた取り組みでは、HIV陽性者の診断、治療、ウイルス抑制に関して90-90-90という数値目標が設定されました。この目標は「HIV陽性者の90%が自身の感染を認識し、診断された人の90%が抗レトロウイルス療法(ART)を受け、治療を受けている人の90%でウイルスが抑制される」というものでした。

医学的な治療管理の視点に加え、HIV陽性者の生活の質(QOL)も重要視されるようになり、90-90-90-90という新たな指標も提案されました。これは従来の3つの90%に加え、「ARTを受けている人の90%が良好なQOLを報告する」という要素を加えたものです。QOLの評価には課題もありますが、HIV陽性者の身体的、精神的、社会的な健康を総合的に捉える重要な指標として注目されています。

そして2025年に向けては、さらに高い目標として95-95-95が設定されました。現在、世界では約3990万人がHIVと共に生活しています。新たな目標は、単なる数値の引き上げではありません。HIV陽性者とリスクのある人々のコミュニティを中心に据え、医療アクセスの改善と感染認識の向上を目指すとともに、パンデミックによって深刻化する健康格差の解消も視野に入れています。また、この目標は持続可能な開発目標(SDGs)の枠組みの中に位置づけられ、国際的な保健医療政策の重要な指標となっています。

本稿では、90-90-90についての解説を行いつつ、新たな目標である95-95-95について、その背景、目標設定の意義、そして具体的な達成に向けた取り組みを詳しく見ていきます。


世界のHIVの疫学

HIV/AIDSは依然として世界的な公衆衛生上の課題であり、2023年には世界中で約3990万人がHIVと共に生活しています。感染者数は増加傾向にあり、効果的な対策が急務です。

現状の課題は、医療アクセスにおける地理的・経済的格差、感染認識における検査機会の不足とスティグマという2点に集約されます。特に、低所得国や農村地域では、医療施設へのアクセスが限られ、経済的な負担も大きいため、ART(抗レトロウイルス療法)の利用が難しい状況です。また、HIV検査に対する社会的な偏見や差別が根強く、検査を受けることへの抵抗感が感染認識の遅れに繋がっています。

ARTへのアクセスは改善傾向にあるものの、全HIV陽性者の77%にとどまっており、依然として不十分です。また、約540万人が自身の感染を認識していないという深刻な問題も存在します。

成人では約3860万人、子供では約140万人がHIV陽性であり、特に女性の感染率が高い傾向があります。治療アクセスにも男女差が存在し、女性は83%であるのに対し、男性は72%となっています。女性の感染率が高い背景には、ジェンダー不平等が深く関わっています。多くの地域では、女性は経済的に自立することが難しく、性交渉における意思決定権も低い傾向があります。そのため、HIV感染のリスクが高い状況に置かれやすく、感染を予防するための手段を講じることも困難です。さらに、女性への偏見や差別が、検査へのアクセスを妨げる要因にもなっています。

地域別に見ると、東部・南部アフリカが最も感染者が多く、世界の過半数を占めています。この地域では、特に女性や若年層での感染が深刻です。トランスジェンダー、ゲイ男性、薬物使用者、性産業従事者などの特定の人口集団は、一般人口よりも著しく高い感染率を示しており、社会的な差別や偏見がその原因となっています。これらの集団に対する対策としては、アウトリーチ活動の強化、差別禁止法の導入、包括的な医療サービスの提供などが求められます。また、当事者団体との連携を通じて、ニーズに合った支援を提供することが重要です。

子供の治療アクセスは、成人よりも著しく低い水準に留まっていますが、HIV陽性の妊婦への抗レトロウイルス薬の提供は一定の成果を上げています。

全体として、世界のHIV感染症の現状は改善傾向にあるものの、地域や人口集団による格差が大きく、脆弱な集団への対策が喫緊の課題です。治療・予防への投資も目標額を大きく下回っており、更なる取り組みが求められています。治療・予防への投資が目標額を大きく下回っている背景には、国際的な資金援助の減少、優先度の低下、政治的な不安定さなど、様々な要因が複雑に絡み合っています。このような状況を打開するためには、各国政府のHIV対策へのコミットメントを高め、国際的な資金協力を促進するとともに、効率的な資源配分が求められます。

90-90-90について

UNAIDSは、2020年までに達成すべき目標として、以下の90-90-90目標を掲げました。

  • 90%のHIV陽性者が自身の感染を認識する

  • 診断されたHIV陽性者の90%がARTを受ける

  • ARTを受けている人の90%でウイルスが抑制される

90-90-90目標は、それまでの対策が検査・治療の遅れ、治療中断といった課題を抱えていたことを受けて、より具体的な数値目標を設定することで、対策の加速化を図るために生まれました。UNAIDSが2011年に提唱した「HIV/AIDSに関する政治宣言」の目標が達成困難となったことを受け、より包括的で効果的な戦略が必要とされたのです。2030年までのエイズ流行終息という長期的なビジョンを実現するためには、検査、治療、ウイルス抑制というケアカスケード全体を強化する必要があったのです。

目標の策定過程では、幅広い関係者の意見が取り入れられました。2013年12月にUNAIDSプログラム調整理事会から要請を受け、世界各地で関係者との協議が行われました。市民社会をはじめ、検査医学、小児HIV治療、青年層に関わる専門家など、様々な立場からの意見が集められました。

こうした丁寧な準備期間を経て、HIV治療の新たな指針として90-90-90目標が定められました。この目標は、HIV陽性者の発見から治療、そしてウイルス抑制までの一連の過程において、具体的な数値目標を示すことで、各国の対策強化を促す役割を果たしています。世界の多くの国々が、この目標に沿って自国の対策を見直し、強化する契機となりました。

この背景には、抗HIV療法の著しい進歩があります。1981年の最初のエイズ症例報告以来、治療は劇的に進化し、1996年には強力な抗HIV療法が、2015年には一日一錠で服用できる薬剤も開発されました。

また、以下の3つの重要な研究成果が目標達成を後押ししています。

  • 治療の予防効果の実証:HPTN052試験により、治療が予防効果を持つことが科学的に証明された

  • 早期治療の有効性:START試験により、早期治療のメリットが示された

  • ケアカスケード研究の重要性:医療ケアへの関与を追跡し、課題を特定する手法が確立された

ケアカスケード研究は、HIV陽性者への医療提供体制の現状を客観的に評価し、改善策を導き出すための基礎的なデータを提供する重要な研究手法です。この手法により得られた知見は、医療システムの構造的な改革の方向性を定める際の科学的根拠となります。

Gardnerらによる米国の調査では、110万人のHIV陽性者を対象に、医療ケアの連続性を分析しました[1]。この研究では、診断、医療ケアの開始、継続的な受診、ARTの実施、ウイルス抑制という一連の過程において、各段階での継続率の低下が確認されました。調査結果によると、HIV陽性者全体の21%が自身の感染状態を認識していませんでした。また、診断を受けた人々のうち75%が6-12ヶ月以内に医療ケアを開始したものの、定期的な受診の継続率は50%まで低下し、最終的にウイルス量が検出限界以下に抑制されている割合は全体の19%であることが分かりました。

Gardnerらの調査結果から、医療ケアの各段階で継続率が低下する要因を分析すると、以下のような課題が明らかになります。まず、診断を受けたにも関わらず医療ケアを開始しない理由は、経済的な困難さや医療サービスへの不信感、精神的な不安などが考えられます。また、治療を開始しても継続できない背景には、医療機関へのアクセスが困難、治療の副作用、服薬の煩雑さ、スティグマによる心理的な負担などが挙げられます。これらの課題を克服するためには、患者中心のケアを提供し、経済的・社会的な支援を充実させる必要があります。

この研究手法の利点は、医療ケアの各段階における具体的な課題を明確にできることです。例えば、HIV検査の普及による診断率の向上、医療機関への受診促進、継続的な通院支援など、それぞれの段階で必要な対策を特定することができます。これらの知見は、ケースマネジメントやアウトリーチ活動などの具体的な支援策の立案に直接的に役立ちます。

ケアカスケード研究は、HIV陽性者の医療への関与を段階的に評価する上で重要な手法ですが、いくつかの限界も指摘されています。例えば、データの正確性や収集方法によるバイアス、医療システムの複雑さなどが挙げられます。特に、ケアの各段階でデータを追跡する際に、個人情報保護の問題やデータの欠損が生じることがあります。そのため、ケアカスケード研究の結果を解釈する際には、これらの限界を踏まえる必要があります。

このように、90-90-90目標は単なる数値目標ではなく、HIV/エイズの流行を終息させるための科学的根拠に基づいた実践的な戦略として、世界のHIV/エイズ対策の礎となりました。

世界の達成状況

2020年の90-90-90目標は、世界全体では達成されませんでした。2018年の調査によると、世界のHIV陽性者のうち、79%が自身の陽性状態を認識、78%が治療を受け、治療を受けている人の86%でウイルス量が抑制されています[2]。

地域別の達成状況には大きな格差があります。西欧・中央ヨーロッパ・北米地域が最も高い達成率を記録している一方で、中東・北アフリカ地域では、HIV陽性者の半数以下(47%; 26-80%)しか自身の陽性状態を認識しておらず、29% (17-43%)が治療を受け、22% (13-32%)でウイルス量が抑制されるにとどまっています。一方で、東部・南部アフリカ地域では、ウイルス量抑制率が2015年の43% (37-50%)から2018年には58% (50-64%)まで上昇しています。

地域別の達成状況に大きな格差が見られる背景には、医療体制の脆弱さ、社会経済的な格差、政治的な不安定さ、文化的な要因などが複雑に絡み合っています。例えば、東部・南部アフリカでは、HIV感染者が多いものの、医療従事者や医療資源が不足しており、十分なケアを提供することが難しい状況です。また、紛争や貧困が蔓延している地域では、人々が医療サービスにアクセスすること自体が困難になっています。

性別による差も明確です。特に東ヨーロッパ・中央アジアでは、男性の陽性認識率が女性と比べて20%ポイント低く、カリブ海地域や西部・中央アフリカでも10-15%ポイントの差が生じています。また、小児の治療カバー率は54% (37-73%)で、成人の62% (48-75%)を下回る状況です。

性別による差が明確に現れているのは、ジェンダーに基づく不平等が根本的な原因です。特に、東ヨーロッパ・中央アジアでは、男性の陽性認識率が低い理由として、男性特有の健康に対する意識の低さ、医療へのアクセスが困難な状況、男性をターゲットとした予防戦略の欠如などが考えられます。また、多くの地域では、男性がHIV検査を受けることに対する抵抗感が女性よりも強く、そのことが検査受診の遅れに繋がっている可能性があります。

2018年までに、オーストラリア、ボツワナ、カンボジア、デンマーク、エスワティニ、フランス、ドイツ、アイスランド、アイルランド、ナミビア、オランダ、ルワンダ、スペイン、タイ、イギリスの15か国が、全HIV陽性者の73%のウイルス量抑制という目標を達成しています。しかし、世界全体では目標達成までに770万人の不足があり、多くの国と地域で2020年までの90-90-90目標達成は困難な状況です。

このような状況から、HIV検査・治療プログラムのさらなる拡充と、特に男性や小児、そして特定地域に対する重点的な支援が必要と考えられました。2020年の90-90-90目標が世界全体で達成できなかった原因は、各国の取り組み状況のばらつき、資金不足、医療インフラの未整備、スティグマや差別の根深さなどが挙げられます。これらの課題を解決するためには、各国の状況に合わせた柔軟な対策を講じるとともに、国際的な連携を強化し、資金援助を拡大する必要があります。

日本の達成状況

日本のHIV対策は、治療成果が高い一方で、90-90-90目標の達成には至っていません。

HIV陽性者の診断から治療、ウイルス抑制までの一連の過程を「ケアカスケード」として評価し、UNAIDSが提唱する90-90-90目標への到達度を検証した研究を紹介します[3]。

この研究は、診断HIV陽性者数の推定には2011-2015年の献血者データを使用し、診断済みHIV陽性者数は厚生労働省への報告データから算出しました。さらに、全国382のAIDS中核拠点病院へのアンケート調査により、治療状況とウイルス抑制の達成度を確認しています。

2015年末時点での分析結果では、日本の90-90-90目標の達成状況は次のようになりました。

  • 第1の90%目標である診断率は85.6% (22,840/26,670人)

  • 第2の90%目標である診断されたHIV陽性者の治療率は82.8% (18,921/22,840人)

  • 第3の90%目標である治療を受けているHIV陽性者のウイルス抑制率は99.1% (18,756/18,921人)

文献3より作成

医療機関での治療の質は極めて高く、定期通院しているHIV陽性者の91.8%がARTを受けており、その99.1%でウイルス抑制が達成されています。これは日本の医療システムの有効性を示す結果といえます。高い治療成果を上げている要因としては、全国民が医療保険に加入していること、医療機関へのアクセスが容易であること、医療技術が高いことなどが挙げられます。しかし、これらの強みがある一方で、検査受診率の低さが課題となっています。

この研究結果から、日本のHIV対策における課題が、検査診断の受診率の低さにあると考えられます。HIV検査に対する心理的な抵抗感や、検査に関する情報へのアクセス不足などが背景にあると考えられます。特に、感染リスクの高いMSM(男性と性交渉を持つ男性)への検査普及が課題となっています。

日本における90-90-90目標未達の主な要因は、HIV検査の受診率の低さです。 つまり、HIVに感染しているにもかかわらず、自身がHIV陽性であることを知らない人が一定数存在していることが課題となっています。また、新規感染者の約3割がAIDS発症時まで感染に気づいていないという現状は、検査診断の遅れを明確に示しています。

HIV検査に対する心理的な抵抗感や、検査に関する情報へのアクセス不足、検査機会の少なさなどが、検査受診率の低さに繋がっていると考えられます。特に、HIV検査に対する偏見や差別が根強く、検査を受けることへの抵抗感が強いことが問題です。また、検査を受けられる場所や時間が限られていること、匿名性が確保されないことなども、検査受診を妨げる要因となっています。これらの課題を解決するためには、啓発活動の強化、検査機会の拡大、匿名性の確保などが不可欠です。

日本におけるHIV感染者の多くはMSMです。MSMへのHIV検査普及の遅れが、90-90-90目標達成の大きな阻害要因となっています。MSMへのHIV検査普及が遅れている要因としては、MSMコミュニティへの情報発信が不十分であること、MSMへの偏見や差別が根強いこと、検査機会が限られていることなどが考えられます。これらの課題を解決するためには、MSMコミュニティへのアウトリーチ活動を強化し、MSMに特化した検査サービスの提供を促進する必要があります。

新規感染者の約3割がAIDS発症時まで感染に気づいていないという現状は、検査診断の遅れを明確に示しています。このような状況を改善するためには、早期診断を促進するとともに、感染の初期段階から治療を開始するための体制を整備する必要があります。また、HIV検査を普及するための啓発活動を強化し、検査へのハードルを下げる必要があります。

新たな目標の設定

95-95-95について

2020年の90-90-90目標が世界的に未達成に終わったことを踏まえ、2021年には、より高い目標として95-95-95目標が採択されました。この目標は、より多くの人々を早期に診断し、治療につなげ、ウイルス抑制を達成することで、HIV感染症の流行を終息させることを目的としています。90-90-90目標からの進化は、より積極的な検査と治療の推進、そして高いウイルス抑制率の達成を目指すという点にあります。

  • 全てのHIV感染者の95%が自身の感染状態を知る

  • HIV感染が診断された人の95%がARTを受ける

  • ARTを受けている人の95%がウイルス学的抑制を達成する

いくつかの国、例えばボツワナ、エスワティニ、ルワンダ、タンザニア、ジンバブエは、すでに95-95-95を達成しています。

2021年のボツワナでの第5回AIDS影響調査(BAIS V)は、世界で初めてこの目標達成を実証した調査として、歴史的な意義を持っています[4]。調査結果は、HIV対策における包括的なアプローチの重要性と、目標達成が可能であることを明確に示しました。

具体的な達成状況を見ると、ボツワナは以下の成果を上げています:

  • HIV陽性者の95.1%が自身の感染を認識

  • 感染を認識している人の98.0%がARTを受療

  • ART受療者の97.9%でウイルス量が抑制

特に注目すべき点として、女性では全ての指標で95%を上回る成果を達成しています:

  • 感染認識率:96.4%

  • ART受療率:98.4%

  • ウイルス抑制率:98.6%

一方で、以下の課題も明らかになっています:

  • 若年層(15-24歳)の感染認識率は84.5%と目標を下回る

  • 男性の感染認識率は93.0%と改善の余地がある

  • 地域間格差が存在し、首都ハボロネでは85.3%、セリベ・ピクウェでは100%とウイルス抑制率に差がある

ボツワナが95-95-95目標を達成できた背景には、2002年からの無料ARTプログラム、2016年の"Treat All"戦略導入、2019年の外国人居住者への治療提供拡大といった、長年にわたる包括的な取り組みがあります。これらの取り組みに加えて、効果的な啓発活動、地域社会との連携、医療従事者の献身的な努力も、目標達成に大きく貢献しています。ボツワナの成功事例は、適切な政策と持続的な努力によって、HIV/AIDSの制御が可能であることを示す重要な証拠となっています。

95-95-95目標の達成は、適切な政策と持続的な取り組みによって、HIV/AIDSの制御が可能であることを示す重要な証拠となりました。今後は、若年層や男性への重点的なアプローチ、地域間格差の解消など、さらなる改善に向けた取り組みが期待されています。また、世界的にはまだ達成に至っていない国が多く、地域格差も存在します。特に、最初の95、つまりHIV感染者の検査診断が大きな課題となっています。

多くの国が95-95-95目標達成に苦戦している現状は、検査・治療体制の不備、医療資源の不足、貧困、紛争、社会的な差別や偏見など、様々な要因が複雑に絡み合っていることが原因です。特に、検査の普及率が低いことが大きな課題となっており、検査を受けることに対する抵抗感や情報不足、医療サービスへのアクセス困難などがその要因として考えられます。これらの課題を解決するためには、各国の実情に合わせた具体的な戦略を策定し、国際的な支援を強化する必要があります。

日本においても、95-95-95目標を達成するためには、検査機会の拡大、検査へのアクセス改善、キーポピュレーションへの対策強化などが必要です。特に、MSMコミュニティへの効果的な情報提供と検査へのアクセスの向上が不可欠です。また、若年層への啓発活動を強化し、HIV感染症に対する正しい知識を普及させることも重要です。さらに、医療機関と連携し、患者中心のケアを提供することで、治療の継続率を高めることが求められます。

95-95-95は、AIDS流行終結に向けた重要なマイルストーンです。この目標達成のためには、各国が検査・治療体制の強化、予防啓発活動、スティグマや差別の解消など、包括的な対策に取り組む必要があります。また、95-95-95を達成した国でも、更なる改善や新たな課題への対応が求められます。継続的なモニタリングと評価、データ収集の精度向上も重要です。

90-90-90-90について

90-90-90-90は、UNAIDSの90-90-90ターゲットに、QOL(生活の質)の要素を追加した指標です。90-90-90がHIV感染の診断、治療、ウイルス抑制に焦点を当てているのに対し、90-90-90-90は、HIV感染者が質の高い生活を送れるようにすることを目指しています。

  • 全てのHIV感染者の90%が自身の感染状態を知る

  • HIV感染が診断された人の90%がARTを受ける

  • ARTを受けている人の90%がウイルス学的抑制を達成する

  • ARTを受けている人の90%が良好なQOLを報告する

最初の3つは90-90-90と同じですが、4つ目の90%が追加されています。これは、HIV感染症が慢性疾患となる中で、単にウイルスを抑制するだけでなく、感染者が身体的、精神的、社会的に健康な生活を送れるようにすることが重要であるという認識の高まりを反映しています。

90-90-90-90は、HIV感染症対策において包括的なアプローチの必要性を示す重要な指標です。しかし、QOLの測定方法や評価指標については、まだ議論の余地があり、標準化が課題となっています。

QOLは、主観的な要素が強く、文化や個人の価値観によっても影響を受けるため、客観的に評価することが難しいという課題があります。そのため、90-90-90-90の達成状況を正確に把握するためには、標準化された評価ツールや指標の開発、データ収集方法の標準化などが不可欠です。また、QOLは身体的健康、精神的健康、社会的なつながり、経済的な状況など、様々な側面から評価する必要があるため、多角的なアプローチが求められます。

良好なQOLを達成するためには、医療提供体制の整備だけでなく、社会的な支援やスティグマ・差別の解消が不可欠です。例えば、カウンセリングサービス、精神的なサポート、就労支援、経済的な支援などが求められます。また、地域社会の理解と協力を得ることで、HIV感染者が安心して暮らせる環境を整備することも重要です。

90-90-90-90目標を達成するためには、今後の研究や実践を通じて、QOL評価の標準化や効果的な介入方法の確立が必要です。また、医療従事者に対するQOLに関する研修を実施することで、より患者中心のケアを提供することが求められます。さらに、感染者のニーズに合わせた包括的な支援体制を構築し、社会全体でHIV感染者のQOL向上に取り組む必要があります。

まとめ

95-95-95目標は、単なる数値目標を超えて、HIV/AIDS対策における質的な転換点を示しています。ボツワナをはじめとする成功例は、適切な政策と持続的な取り組みによってこの目標が達成可能であることを実証しました。しかし、目標達成には医療サービスの提供だけでなく、社会的・法的障壁の除去、スティグマや差別の解消、ジェンダーの平等の実現など、多角的なアプローチが不可欠です。また、検査・治療サービスを他の必要なヘルスケアサービスと統合し、切れ目のない支援を提供することも重要です。来年は95-95-95の評価を行う2025年です。各国・地域が具体的な行動を起こし、すべての人々がHIV/AIDSの脅威から解放される社会の実現を目指すことが求められています。

参考文献

1. Gardner EM, McLees MP, Steiner JF, Del Rio C, Burman WJ. The spectrum of engagement in HIV care and its relevance to test-and-treat strategies for prevention of HIV infection. Clin Infect Dis. 2011;52(6):793-800. doi: 10.1093/cid/ciq243. PubMed PMID: 21367734; PubMed Central PMCID: PMC3106261.

2. Marsh K, Eaton JW, Mahy M, Sabin K, Autenrieth CS, Wanyeki I, et al. Global, regional and country-level 90-90-90 estimates for 2018: assessing progress towards the 2020 target. Aids. 2019;33 Suppl 3(Suppl 3):S213-s26. doi: 10.1097/qad.0000000000002355. PubMed PMID: 31490781; PubMed Central PMCID: PMC6919229.

3. Iwamoto A, Taira R, Yokomaku Y, Koibuchi T, Rahman M, Izumi Y, et al. The HIV care cascade: Japanese perspectives. PLoS One. 2017;12(3):e0174360. Epub 20170320. doi: 10.1371/journal.pone.0174360. PubMed PMID: 28319197; PubMed Central PMCID: PMC5358866.

4. Mine M, Stafford KA, Laws RL, Marima R, Lekone P, Ramaabya D, et al. Progress towards the UNAIDS 95-95-95 targets in the Fifth Botswana AIDS Impact Survey (BAIS V 2021): a nationally representative survey. Lancet HIV. 2024;11(4):e245-e54. Epub 20240308. doi: 10.1016/s2352-3018(24)00003-1. PubMed PMID: 38467135; PubMed Central PMCID: PMC11289895.


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