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47-2.心理職の存在意義は何か?

特集:対話で拓く心理支援の新たな地平

下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.47-2


「そもそも心理支援は精神科治療とどう違うのか」出版記念講習会

精神科治療と心理支援の徹底対話
―世界の最前線を知れば日本も変わる!?―

【日程】7月6日(土曜)9時〜12時

【プログラム】
◾️企画趣旨 「対話の力を信じる」 下山晴彦
<注目新刊書>そもそも心理支援は精神科治療とどう違うのか
https://tomishobo.com/catalog/ca192.html
<前半>
◾️基調講演「精神医学・医療の最新動向と心理支援」黒木俊秀
◾️指定討論「心理職の未来に向けて」信田さよ子
<後半>
◾️課題提起「心理職は『ときめき』を取り戻せるか」下山晴彦
◾️鼎談:黒木✖️信田✖️下山
◾️参加者との質疑応答

【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](無料):https://select-type.com/ev/?ev=Bajx2zjtqRo
[iNEXT有料会員以外・一般](1000円) :https://select-type.com/ev/?ev=xBdBo4iJvC4
[オンデマンド視聴のみ](1500円) :https://select-type.com/ev/?ev=m3sfjIBOWb8

注目新刊本「訳者」研修会

[心理職必須]セクシュアリティの理解と支援
−LGBTQIA+のアイデンティティを巡って−

【日時】2024年6月29日(土曜)9:00~12:00
【講師】柘植道子(一橋大学保健センター 特任准教授)

【申込み_7月9日まで】
[オンデマンド視聴のみ](3000円):https://select-type.com/ev/?ev=Y1F3QsQl1g4


1. 心理職の存在意義とは何か?

心理職は公認心理師として国家資格になり、就職口も増えました。しかし、心理職として明るい未来が見えてこないという声が聞かれます。それは、公認心理師となったことで、心理職が医学モデルや行政モデルの管理の枠組みの中に組み込まれ、心理職としての主体性や専門性が見失われつつあることと関連しているのかもしれません。
 
では、心理職でしかできないこととは何だろうか?心理職の存在意義とは何だろうか?
 
臨床心理iNEXTは、「心理職の存在意義」を改めて問う時期にきていると考えます。そこで、7月以降は、「医学モデルとは異なる心理職の専門性とは何か」をテーマとすることとしました。そのスタートとして、冒頭でご案内をした「精神科治療と心理支援の徹底対話―世界の最前線を知れば日本も変わる!?―」(7/6土曜)を企画しました。本号では、この研修会とも関連して「脅威への反応」の観点から心理職の存在意義を考えてみます。
 
それとともに臨床心理iNEXTでは、事例検討会を通して現場での実践から「心理職の存在意義」を確かめていく作業を丁寧にしていきたいと考えています。その手始めとして7月28日(日)の午前中に、臨床心理iNEXT代表の下山晴彦がパニック発作を抱えた女性の事例を提示し、ユング派分析家の大塚紳一郎氏と認知行動療法セラピストの田中恒彦氏を指定討論とした事例検討会を開催します。臨床心理マガジンの次号で詳しいご案内をします。
 
また今後、皆様が心理職として発展するためにどのようなテーマや技能を学びたいのかについてアンケートを実施し、皆様と一緒に心理職の存在意義を確認できる研修会を企画していく予定です。ぜひご協力をお願いします。 


2. 現実は脅威に満ちている

今年2024年の元旦は忘れ得ぬ日になりました。車の運転中、ラジオのアナウンサーが「津波が来ます。逃げてください」と悲壮な声で繰り返すのを聞きました。「津波が来た」、「輪島の朝市が焼け落ちた」、「能登半島の道路が寸断されている」と能登半島での地震の被害の状況がニュースで刻々と入ってきました。そして、羽田空港での衝突事故。何が起きるのかわからない現実を目の当たりにしました。

ついこの間まで世界中でコロナ禍の緊急事態が続いていました。ウクライナでは戦争が続いています。中東ではイスラエルとパレスチナの紛争が拡大しています。台湾有事もあるかもしれません。実際に北朝鮮からはミサイルが飛んできます。その北朝鮮とロシアが事実上の軍事同盟と言われる条約を結んでいます。インバウンドということで海外諸国からのお客様を歓迎している感のある日本ですが、実際の現実世界は脅威に満ちています。

海外に目を向けなくても、国内では能登半島において、その後も余震が続き、復興は道半ばです。南海トラフ地震や富士山の爆発、首都直下型地震などがいつ起きてもおかしくないのが現実です。改めて、私たちはいつ何時脅威に襲われてもおかしくない中で生きていることに気付かされます。不安の中で生きているのが現実だと実感します。


3. 脅威への反応は“精神疾患”なのか?

少し穏やかな時を過ごすと、平和であることが日常のように錯覚をしてしまいます。しかし、その脅威が強烈であったり、繰り返し続いたりする環境の中では不安や抑うつの感情が強くなります。そのような場合は、不安や抑うつを感じることは、むしろ正常な反応です。他の人よりも少し繊細であったり、脅威を先取りしていたりする人は、このような反応が出やすく、持続しやすくなります。これは、特にPTSDといったトラウマ反応だけでなく、日常的な現象です。

しかし、メンタルヘルスでは、不安や抑うつの感情が長引き、生活の支障が出てくると「精神疾患」として診断されます。病気としての「特別枠」が与えられます。診断をされると、それは、脅威となっている環境とは切り離されてその人個人の病気や障害となります。そうなったのはその人の問題であり、その人が治す責任を負うものとなります。

さらに、病気であるから、生物的要因が想定され、薬で治すことが推奨されます。そうなると、人間を苦しめる脅威の存在が隠されてしまいます。脅威は、多くの場合、その人が生きている環境にあります。しかし、環境の問題は不問にされ、その個人の健康管理の問題となります。つまり、個人化されるのです。これは医学モデルの最も深刻な弊害といえます。


4. 脅威への対処が心理支援の基本

実際には、脅威が続く環境の中では不安や抑うつの感情を感じることは、正常な反応です。他の人よりも少し繊細であったり、脅威を先取りしていたりすると、それが目立つだけです。その強弱はあるにしろ、実際には不安や抑うつは、環境との関係で起きてきます。
 
心理支援では、脅威的な経験により不安や抑うつを抱えて来談する人が対象となります。子どもにとっては、家族の不和や対立は脅威です。学校での虐めも、深刻な脅威です。その強弱はあるにしろ、不安や抑うつは、環境との関係で起きてきます。問題が生じた初期に環境に適切に働きかけて、その脅威が減じれば、問題は改善されていくことが多くなります。
 
日常生活を過ごすことは、このような脅威を感じ、それに対してどのように対処するのかを考え、それを乗り越えていくことの繰り返しです。一人で考えるだけでなく、人に助けられて乗り越えていきます。それが人間としての成長となります。もちろん不安や抑うつが、環境調整などでもコントロールできない場合には医学的治療との協働は必要となります。しかし、最初から病気として個人化してしまうことは、問題を見誤ることになります。
 
心理支援は、人を環境から切り離さず、環境を含めた関係の問題として理解します。時として関係者の協力を得て問題解決を進めます。子どもの問題であれば、保護者に関わっていただきます。問題を病気として個人化するのではなく、脅威に気づくこと、脅威を共有すること、協力して脅威に対処していく方法を探り、実行していくことが心理支援の基本であり、心理職の存在意義と考えることができると思われます。 


5. なぜMental disorderが「精神疾患」と訳されるのか?

病気として問題を個人化してしまうことは、その脅威に気づくこと、その脅威を人々と共有すること、その脅威に協力して対処すること、それを乗り越えるための対処法を身につけていくこと、といったチャンスを潰してしまうことにもなりえます。
 
そのことと関連して長らく不思議に思われていることがあります。DSM-5-TRでも、何故かMental disorderが依然として「精神疾患」と訳されています。Disorderは、日本語で言えば“不調”といった意味合いです。それを敢えて「疾患」と訳すことの意図は何なのでしょうか。素朴な疑問です。精神分裂病を統合失調症に、痴呆を認知症に変更するなど名称変更には積極的な業界であるのに、なぜDisorderを「疾患」と訳すことに拘るのでしょうか。
 
それは、脅威に対する反応である不安や抑うつを「病気」として診断する傾向とも重なってきます。近年では、環境反応生の強い“発達障害”や“複雑性PTSD”も「精神疾患」となっています。果たして、このような問題を病気にして良いものでしょうか。かつては、発達障害や複雑性PTSDの2次障害が、統合失調症やうつ病として、誤って診断されたことも少なくないといわれています。
 
改めて、人間の不安や抑うつのあり方をどのように捉えるのかが問われています。日本の精神科医療は、世界に比較して入院期間や多剤大量投与など深刻な問題を抱えています。これは、心の不調を安易に病気や疾患として個人化してしまう日本の精神医療の風潮と密接に関わっているのではないでしょうか。このような風潮を、真剣に見直しても良い時期ではないかとiNEXTは考えています。 


6. 精神科診断はディメンジョン分類に移行する?

1980年のDSMⅢで操作的診断基準になり、それがメンタルヘルスに関わる職種の共通言語になりました。欧米では心理職も含めてメンタルケア専門職は操作的基準に従って、精神疾患(mental disease)ではなく、心の不調(mental disorder)と理解し、多職種のチームのメンバーが平等に議論をしていきます。医師に、薬物の処方以外の特権が与えられることはありません。
 
しかし、日本においては、上述したように最新のDSM-5-TRの表題においてもmental disorderは「精神疾患」と訳されています。また、分類名における“disorder”も、病気の性質や様子を意味する「症」が訳語となっています。それとも関連して日本では診断は医行為であり、医師以外は行なってはならないことになっています。医師には特権が与えられています。日本では、このように旧い医学モデルがメンタルヘルスにおいて用いられています。世界のメンタルヘルスの進化から大きく取り残されてしまっているように思われます。
 
世界のメンタルヘルスは、さらに発展をしています。近年の疫学ビッグデータの解析研究、遺伝子研究、そして心理学研究によって、現行の精神科診断のカテゴリー分類そのものの妥当性が疑問視されるようになっています。これは、冒頭でご案内をした研修会「精神科治療と心理支援の徹底対話―世界の最前線を知れば日本も変わる!?―」(7/6土曜)の基調講演「精神医学・医療の最新動向と心理支援」において、黒木俊秀先生によって解説されます。
 
現行のDSMのカテゴリー(区分)的分類は遅かれ早かれ無くなり、ディメンジョン(次元)的理解に変わっていくことが予想されます。これは、日本では、ほとんど知られていない事実です。精神医学の中核にある診断分類のあり方が変わることは、メンタルヘルスのあり方が本質的に変化していくことです。


7. 医学モデルでは、疾患管理が目的となり、脅威が隠される

このような世界の潮流の中で、日本のメンタルヘルスはどのようになっていくのでしょうか。相変わらず旧式の医学モデルを維持しようとするのでしょうか。日本特有の、医師中心のヒエラルキーを維持しようとするのでしょうか。心理職は、このような変化にどのように対処するのが良いのでしょうか。従来のように精神医療の方針に従うのが良いのでしょうか。
 
心理的苦悩には、その人が自分の心理的状態をなんとかしようとする気持ちが含まれています。その「何とかしようという気持ち」は、自らの心理状態の改善を目指すパワーです。心理支援とは、対話を通してそのパワーをより健康に向けてエンパワーしていくことです。それとともに問題を生じさせる脅威を特定し、その環境を改善していくことも重要な課題となります。
 
ところが、医学モデルは、対話ではなく、診断によって心理的苦悩を「疾患」として分類し、問題を個人化してしまいます。そして、薬物療法でその疾患の管理をします。そうすることで苦悩の要因となっている脅威を隠してしまうことが起きます。心理的苦悩のパワーをエンパワーするのではなく、逆に診断と薬物治療を通して問題を個人化し、管理することが目標となります。したがって、心理職が医学モデルに従うことは、その個人化や管理に加担してしまうことにもなりかねません。問題を「個人の心理の障害」として個人化し、管理してしまうことになります。 


8. 改めて心理職の存在意義とは何か?

心理職の原点は、対話を通してサービスの利用者の語りをしっかりと聴き取り、利用者と協働してその問題の成り立ちを明確にしていくことです。心理職が主体性と専門性を取り戻していくためには、原点に立ち戻ることが重要となります。では、そのためには、どのような技能が必要でしょうか。

それは、利用者との間で信頼関係を形成するとともに、それを基盤として問題に関連する情報を収集する初回面接の技能、そして収集した情報を分析し、再構成して問題の成り立ちを明らかにするケース・フォーミュレーションの技能であると思われます。その際、その人にとって脅威となっている環境の影響を組み込むことが重要となります。脅威との関連で問題を理解し、問題解決の支援をすることが、医学モデルとは異なる心理職の存在意義であると考えられます。
 
さらには、事例検討会を通して、ケース・フォーミュレーションをより問題の現実に即したものに練り上げ、適切な介入方針を策定していくことも必要となります。このような基本的な技能や方法を、じっくりと時間をかけて習得していくことが心理職の主体性と専門性を回復する原点になると考えます。その点で臨床心理iNEXTは、今後「事例検討会」を重視していきたいと考えます。

■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第47号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.47-2
◇編集長・発行人:下山晴彦

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