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15-3.一緒に取り組もう!受験と就活

(特集 繋がろうよ!心理職)
井上 薫(東京大学特任研究員)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.15

1.仲間と公認心理師試験の勉強を始める

2020年1月,公認心理師の勉強を始めた。半年ほど勉強すればなんとかなるだろうと思っていた。しかし,買った参考書の分厚さ,内容の細かさをみて,開始早々不安を抱えることになった。

もしかして,勉強を始めるのが遅かったかな?

すぐに,共に試験を受ける大学院の同期に連絡をとった。ほとんどの同期が同時期に始めていたことに安心し,参考書などの情報を交換しあった。そうして3月に入り,同期と公認心理師試験に向けた勉強会が始まった。修士課程を修了し,所属していた研究室の特任研究員になる予定であった私は,勉強会のリーダーを担うことになった。

当初,第3回公認心理師試験は6月21日(日)に実施されることになっていた。残り3カ月,どのようにしてブループリントを網羅しようかと考えていた。この時は,すでに新型コロナウイルスが世界的な問題となっていたが,試験が延期される可能性はほとんど考えていなかった。

ひとまず,大項目ごとに担当者を決め,勉強会でまとめを発表することになった。週1回2時間ほどの勉強会。1回で2つの大項目を扱えば,なんとか24もある大項目を一周できそうだ。とりあえず,勉強会に向けて勉強すれば,合格ラインの知識は積むことができるだろうと思っていた。

2.公認心理師試験への疑問

しかし,実際に初めてみるとそんなことはなかった。
様々な参考書を持ち寄って資料を作成してみると,1つの大項目に多くの情報が詰め込まれていることを知った。さらに,各参考書の知識のレベルがばらついている。それぞれの参考書で太文字や赤文字になっていることが異なっていたりする。その全てを網羅して,1つひとつを丁寧にやっていては,勉強会の時間では収まりきらない。勉強会の目的は,特に重要な事柄について取り扱って,項目の全体像を整理することになった。

今まで学んできた心理学・臨床心理学やそれに近い項目については,何が重要であるか,何がポイントであるかは,分かっている。そのため,そのような項目については,整理された資料を作ることできたし,新しい知識を身につけることも難しくはなかった。

しかし,公認心理師試験で求められる範囲は,今まで学んできた臨床心理学の範囲をはるかに超えている。そのような大項目を担当した時には,知識を整理することに非常に苦労した。

よく知らない分野だから,全てが重要に見えてくる。最初は,ひとまず全部を詰め込んだだけの,赤文字だらけの資料が完成してしまっていた。『人体の構造と機能及び疾病』を担当したときは,1カ月前から資料を作って,ギリギリ間に合わないぐらいだった。

「身体疾患で,心理師が知っておくべきものは?」
「高血圧の数値とか覚える必要あるのかな?」
つまるところ,
「実際の心理支援では,最低限どこまでわかっている必要があるんだろう?」
という疑問を抱えて心理支援という観点からの知識に心理支援という観点からの優先順位がつけられないでいたのだ。

そうした疑問は,徐々に
なぜ,心理学・臨床心理学を専攻していたのに,こんなにも触れたことのないワードがたくさんあるのだろう?
これは本当に公認心理師に必要なことなのだろうか?
という公認心理師試験,またその勉強に対する疑問へと変わっていった。

幸い,身近に医療従事者がいて,まず重要な点を聞くことができたため,整理ぐらいはできる資料は作れたと思う。しかし,医療従事者でも,自身が勉強に使っている医療参考書を引っ張り出して答えてくれることもあった。そこまで細かい知識を前にして,単純な暗記が苦手な私は焦った。

公認心理師試験の勉強で得た知識を使って,支援をしている自分の姿が想像できない。この資格が取れたら,どのようにこの知識を活用すればいいのか。資格試験が終わったら,すぐにでも就職先を見つけたいと思っていた私にとって,働く姿が想像できないことは,大きな気がかりになっていた。私が働きたいと思っていた心理支援の現場は,私が今まで大学院で経験してきた臨床とは全く違う世界であるような感覚だった。今思えば,勉強していく中で,今まで学んできた,心理支援で必要な姿勢,中核となる知識や考えを見失っていた

とにかく当時は,「公認心理師に必要なことって何だろう?」という疑問を抱えながら,がむしゃらに試験勉強を進めていった。そして,試験の延期が発表された。正直に言えば,落胆半分,勉強の時間が延びたという喜び半分だった。

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3.公認心理師試験に臨む

そうして迎えた2020年11月,臨床心理iNEXT主催の直前講座に参加した。河合塾の宮川先生を迎えた講座は,1カ月後の試験に向けて心を落ち着けられるものだった。講座に参加していたみんなも同じ苦労をしているんだなーとか,どのように勉強すればいいかという,ある意味勉強の基本のやり方を振り返ることができた。
また,臨床心理iNEXTマガジンでの宮川先生のインタビューには,勇気づけられ,励まされた。

僕は公認心理師試験に向けた勉強は,心理学のワールドツアーだと思っています。心理学の世界一周旅行です。公認心理師試験の勉強を通じて,ありとあらゆる心理学の世界を旅することができます。「あれもやらなきゃいけない,これもやらなきゃいけない」と思うと大変です。でも,ワールドツアー,世界一周旅行すると思うとちょっと楽しいじゃないですか。

宮川先生へのインタビューの場に参加させてもらい,改めて記事を読んで,未知の分野に足を踏み入れることは楽しいことであるのだと,本来の勉強の意味を感じた。8カ月ほどの”ワールドツアー”で,さまざまな世界に触れた。興味深いものもあったし,自分はこの領域が面白いな,こんな支援があるのだと思うこともあった。それぞれの領域がそれだけで成立するのではなく,さまざまな領域の支援者が協力し合いながら誰かの心を支えていけるのだと感じた。

「きっと,今までの勉強もこれから臨床の現場で活躍する時に力になるんだな! 公認心理師試験を合格できれば,この知識を持って現場で活躍するぞ!」
ここで合格できればこの知識を持って活躍したいと,将来に対する気力にあふれた。

そうして,臨んだ第3回公認心理師試験。直前講座を受けて,宮川先生のインタビュー記事を読んで,ようやく感じ始めた勉強の意味が,またわからなくなってしまったように感じた。

「なぜ,そんなところまで訊くのか?」

これが試験中,また試験直後,また今も感じる正直な感想である。
もちろん,そんな問題ばかりではない。きちんと勉強していれば取れる問題が大半だし,事例問題に関してはさまざまな議論はあるが,疑問を感じるような選択肢などはなかった。だから,そこさえ落とさなければ受かるのかもしれない。

それでも,問題として出題される以上,ここまでのことを求められるのかと感じてしまう。
グレリン? レプチン? 向精神薬の薬物動態?
防衛機制の実験的研究の結果から発展した心理検査なんて,調べても全く出てこない……。

・こういうことを知っていて,どんな時に役に立つのだろう?
・多職種連携って,ここまで知っていないと成り立たないの?
・生理学的知識の問題が多いが,医者や看護師の役割と心理師の役割はどう違うの?

再び,「公認心理師で必要なこととは何か?」という疑問を抱えることになった。このような疑問を持ちながら,私は来年度の仕事を探し始めた。
この就活によって,さらに厳しい現実を見ることになった。

4.新人心理職として就活の現実

今は大学で特任研究員として雇ってもらっているが,いつまでも頼りきりではいけない。求人情報に目を凝らす日々が始まった。

雇用条件をザーッと流し見していくと,自分が思っていたよりも心理職の雇用条件は良いものに見えた。
意外にも常勤職員の募集が多く,お金ももらえる。

・雇用形態の中では,常勤職員の募集が最も多い
・東京都での常勤職員の求人では,月収25万以上のところがほとんど


心理職は非常勤が多く,年収もあまり高くないというように聞いていただけに,嬉しい情報だった。年収1,000万を目指す方からすると低いのかもしれないけど,賞与も考えると女性の平均年収ぐらいはもらえる。普通の生活ができればいい私からすると,「意外にそんなこともないんだなあ」と感じた。

しかし,必須条件,歓迎条件をみて,また壁にぶつかることになった。それは臨床経験の少なさである。

・臨床心理士や公認心理師の資格を持っていること
・求人を出している職場の領域での支援経験があること
・臨床経験3年以上を求めるところも
・産業領域は会社での勤務経験を求めるところも

臨床経験が必須条件でなくても,「経験がある方は大歓迎!」という文言がほぼ付いている。
もちろん,良い待遇の仕事を得るために高い条件,質の良い人を求められるのは当然だと思う。

しかし,臨床心理士や公認心理師の資格は大学院を卒業して,資格試験を受けることができる。だから,資格が取れる見込みを持って就職活動を始めても,臨床経験が全くない(大学院の実習経験を含めてもいいのだろうか)ため,常勤職員に就くことは難しい。となると,経験が浅いうちは,やはり非常勤の仕事につく選択肢しかなくなってしまう。

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5.新人心理職は,社会人として生活できるのか?

次第に非常勤の仕事に絞って,仕事を探すようになっていった。
すると,やはり今までに聞いていたような厳しい現実があった。

・時給に関しては大きく幅がある:東京都では,1,020円~3,000円
・最も多いのは時給1,500円
・ごく稀に月給制がある
・資格は必須が多いものも,資格取得見込み可も多い
・経験を問わない

生活のことを考えると,いくつかの職場を掛け持ちをする必要も出てくるだろう。さまざまな現場で働くことで,公認心理師試験のような”ワールドツアー”をより体感できると考えることもできる。そこで頑張れば,キャリアアップもしていけるだろう。

しかし,ここまで楽観的に考えるだけの余裕があるだろうか。現実はどうだろう。
非常勤で安定せず,いくつかの職場を掛け持ちせざるをえない。それでも収入が高くない。
さらに言えば,資格を持った心理士・心理師になれるのは,最年少で24歳である。大学を出て,大学院を出るか実務経験を2年以上積むことで,初めて資格試験を受験することができる。その頃には,大学時代の同学年の人たちは,多くが就職して数年経っている。やっと資格を取れても,時給で,安定していなくて,将来のキャリアビジョンも見えにくい。完全に“高学歴プア”である。周りに取り残されているような感覚が凄まじい。これでは,精神的にかなり辛い。

心理職は,そんな中でも自分で道を切り開いていけるような,上昇志向が強い人,精神的に強い人の方が向いているのかもしれない。

「私は,このような現実の中でやっていけるのだろうか?」

実際に,臨床現場で働いたことはないから,現実はどうかわからない。だが,就活をしていく中で,このように考えてしまった。さらに,このような厳しい現実の中で,公認心理師試験で生じた,「公認心理師に必要なことは何か?」という疑問がさらに膨らんでいくことになる。

6.求められる心理職とはどのような姿か?

もともと私は,医療領域や産業領域で臨床をやりたいと思っていた。だから,目に留まる求人もクリニックや病院の募集や,EAPや企業での募集が多い。しかし,クリニックや病院での募集を見ると,先の公認心理師試験を思い出す。公認心理師試験を終えて,医療領域でどのような心理職が求められているのかを想像すると不安になる。

「私が思っていた以上の医学的知識を持った人を求めているのではないか?」
「公認心理師は,現場で高度な知識を持って,どのような支援をすることが求められているのか?」

医療領域,またその他領域でも,今の私が持っているよりも遥かに高度な,大量の知識を,公認心理師は持っている必要があるのではないか。今の私では,求められる知識を頭に入れるのも時間がかかるし,それを活かしながらクライエントの支援に関わるのはさらに時間がかかる。そうなると,私は求められたレベルに達している人間ではないと思ってしまう。

さらに,心理職は現場で1人しかいない,少数しかいないイメージがあることも,将来への不安の一つの要因になっている。現場では1人で鍛錬し,自力で勉強会のグループを見つけなければ,成長していけないような気がする。「現場で求められる公認心理師とは何か?」という疑問を持ち,考えるほど自分に自信がなくなっていく。

そもそも,求められる心理師像が分かっていれば,試験勉強中に感じていた「公認心理師で必要なこととは?」という問いにも少しは答えを見出せたのだと思う。しかし,この疑問を一人で解消できるほど,私は臨床経験があるわけではない。

公認心理師試験を経た就職活動は,「私は果たして,ここで求められるほどの力があるのだろうか?」という気持ちを抱えたものになった。厳しい現実の中で,自分が目指すべき公認心理師像がわからない。これは,非常に苦しいものだ。親をはじめ,周りに「就職どうするの?」と言われるたびに,「どうすればいいんだろう」と,ぐるぐる悩み始めて答えられない。厳しい現実と,キャリアビジョンどころか,最初に踏み出す職場での働く姿ですら思い描くことができない。

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7.心理職の現場がわからない!

この「わからない」原因は,おそらく『実際に心理職として働くとは,どんなことをすること』なのかが,わかっていないからだと思う。心理職の現場ではどのようなことをするのか具体的な行動がわからない,そこにはどんな知識やスキルが求められるかがわからない。

例えば,スクールカウンセラー(SC)になって教育現場にいて,支援が必要そうな生徒を見かけたとき。その時に,どのように関わっていくのか。

試験では,まず直接アプローチするのではなく『担任に様子を伺いアセスメントする』という選択肢が正解となるだろう。しかし,その『担任に様子を伺う』とは,どんなタイミングで,どのようにできるのか。SCの1日のスケジュールの中でどの時間にそれを行うことができるのか。担任が気づいていない,問題視していないような時にはどのように切り出せば良いのか。選択肢で正しいものは分かっても,それを実行する想像はできない。
そのほかにも,知識の中では身近な言葉の実体が掴めない。コンサルテーションとはどういうものかという概念は知っているし,コンサルテーションを行うことが求められるということも知っているが,実際にどのような形で行われるのか想像がつかない。
実際の現場を知らずに,ただ知識だけを詰め込んでいるから頭でっかちになってしまっているのだ。

大学院では,様々な現場で実習をさせてもらった。しかし,実習生だからこそ一部の仕事しか見ることができないことも多い。私が実習に入っている以外の時間に,その現場で面倒を見てくれる心理職の方は何やら仕事をしている。そして,その実習以外での準備がないと実際に現場で役に立つことができないように感じた。

私たち実習生は,心理職の方が準備をして,お膳立てしてくれた現場の一部で関わる。もちろん,そこから学ぶことはたくさんあるけれど,実習以外の時間に何をやっているのかわからない。もっと優秀なら,私と同じ実習を経て,心理職が現場で求められることを学べたのかもしれない。しかし,残念なことに私は心理職の一部しか見ることができなかった。「心理職は現場でどのようなスケジュールで動くのか」「現場でどのように動いているのか」を知ることができなかった。だからこそ,「これから,どういった知識を持つ必要があるのか」もわからず,公認心理師試験を文字の知識で覚えることになった。得た知識が,どのように現場で生きるのかを考えることができなかった。

「こんなことまで知らなければいけないのか」と自分の知識のなさに愕然とし,求められる心理職の水準を勝手に高く想像してしまった。そして,自信をなくして,将来が見えなくなってしまったのだと思う。

8.心理職の現場をもっと知りたい!みんなで繋がりたい!

そんな状況の今思うのは,心理職の「現場」をもっと知りたい!ということだ。
ここまでの鬱々とした疑問を解消するのに,1人の力では難しい。
いろんな現場で働く人と,直接やりとりをして,いろんなことを聞いてみたい。

・精神科での心理職は,医師からどんな指示を出され,どうやって連携をとっているの?
・就労支援でのグループワークってどんなことをやっているだろう?どうやって心理職は参加しているんだろう?
・SCって1日をどんなスケジュールで,学校の中を動いているの?
・少年院で,どのように少年少女たちと接しているのかな?
・EAPの電話支援って,どんな現場でしているのかな?
・事務作業はどんなことがあって,大変なのかな?
・残業ってどれくらいあるのかな?
・仕事の前にどんな準備をしているんだろう?
・どうやって,鍛錬を積んでいったのかな?

もっともっと書ききれないほどの質問がある。いろいろなことを聞いて,現場を知って,自分の働く姿を想像したい。

また,同じような状況にいる人との『横のつながり』も,もっと欲しいと思う。今回の公認心理師試験も大変だったけれど,時には文句や愚痴を言いながら,互いにさまざまなことを教え合える仲間がいたからこそ,乗り越えられた。

しかし,今の就活には仲間がいない。勉強会を共にした同期は全員,博士課程にいるため,同じ状況を分かち合える人がいない。だからこそ余計に一人でグルグル考え込んでしまっているのだと思う。もっと,みんなはどう思っているか,どう就活をしているか知りたい。
そして,同世代で緩くつながって,一緒に成長をし,乗り越えられるような仲間ができると嬉しい。

今回の経験で,ソーシャルサポートの重要性を強く感じた。心理職を目指す人こそ,ソーシャルサポートを得にくいような現状なのかもしれない。だからこそ,現場にいる人や若手心理職との交流の場所や機会が,もっと気軽にあると良いなと思う。

私ももっと積極的に,今の時代でいえばSNSを活用して,繋がりを見つける必要があるのかもしれないけれど,できれば,もっと気軽に繋がれるような場所や機会が欲しいと思う。

そして,いつか将来的には,大学や大学院在学中,さらにその前から現場を見る機会が増えて,心理職が,もっとみんなにわかりやすい,将来を描きやすい職業になるといいなと思う。


※本記事と関連する対話集会型シンポジウム(臨床心理iNEXT主催)が予定されています。既にお申込みになった方は,Zoom登録を確認し,ご参加ください。

※2月28日(日)13時-16時 【無料・iNEXT会員優先】
結局,公認心理師とは何なのか?
─公認心理師試験から読み解く現状と課題─

野島一彦(跡見女子大学)/高坂康雅(和光大学)/宮川純(河合塾KALS)/下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT)

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Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.15


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