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エンジニアの力で、酒蔵の負担を減らす──末松 宏一(ぱすかる)さん

Google Japanから、2024年に稲とアガベに転職した「ぱすかる」さんこと末松宏一さん。前職の時から日本酒の大ファンで、秋田県に足繁く通っていたと言います。

日本酒を愛するぱすかるさんの使命は、酒蔵の業務を効率化するシステムを開発すること。新しい活躍の場として男鹿に移住し、稲とアガベで働くぱすかるさんにお話を聞きました。

Google Japanから稲とアガベへ

──ぱすかるさんは、前職はGoogle Japanに勤務されていたと伺いました。稲とアガベへ入社したのはいつですか。

ぱすかる:2024年の2月です。ほぼ同じタイミングで、渋谷のベンチャーで働き始めたので、ダブルワークの状態です。

──Google Japanでは、何年ぐらい勤務されていたのでしょうか。

ぱすかる:東京大学大学院の情報理工学研究科を修了してから新卒で入社したので、15年くらいですね。

──Google Japanでは、どんな仕事をされていたんでしょうか?

ぱすかる:ソフトウェアエンジニアとして、いろいろなプロダクトに関わりました。Googleの検索ボックスに文字を打つと、検索候補のキーワードが10個くらいずらっと出てきますよね。あのオートコンプリート機能を全ユーザー向けにリリースしたのが入社後最初のプロジェクトでした。

日本からはぼく一人がこのチームに参加し、主にイスラエルのチームメンバーと協力して開発を進めました。ほかには、今はなくなってしまった「iGoogle」、ブログサービスの「Blogger」やGoogleマップにも携わっていました。

──今は、稲とアガベで何を担当されているのでしょうか。

ぱすかる:ざっくり言うと、面倒な作業の自動化を進めることですね。たとえば、僕が来る前は、ECサイトで受けた注文を手作業で伝票印刷システムにコピーしていました。この作業を自動化し、注文データが自動的に転送され、印刷準備が整った状態になるようにするなど、人間が行う必要のない作業の自動化を進めています。

ほかにも、出荷周りのプロセスには、改善して自動化できる作業がたくさんあるんです。実際に自分で作業をしてみて、だるいなと感じた部分を効率化していっています。

──作業を自動化することで、スタッフは他の業務に集中できるようになりますね。

ぱすかる:あと、今、ホームページのリニューアルを進めているので、実際にホームページを作るエンジニアの役割も担当しています。

デザイナーさんから依頼されたデザインをもとに、ウェブサイトを構築しています。リニューアル後はECシステムと連携したサイトになるので、このシステムとしっかりと統合させる必要があって、その点も考えながら進めているところです。

日本酒に出会って、秋田に通う

ぱすかるさん個人所有の氷温庫には、秋田酒がたくさん

──そもそもぱすかるさんが日本酒を好きなったきっかけは何だったでのでしょうか。

ぱすかる:きっかけは、前の会社の先輩に連れて行ってもらった日本酒のお店でした。そこで飲んだ日本酒がとても美味しくて、初めてお酒の美味しさを実感して、通うようになったんです。

残念ながら、そのお店は閉店してしまったのですが、店長が「ぱすかるさんはこのお店に行くべきだと思う」と勧めてくれたのが、秋田のお酒だけを置いているお店でした。そのお店にもハマってしまい(笑)、秋田のお酒が大好きになりました。それで、実際に秋田へもちょこちょこ来るようになったんです。

──日本酒と出会い、秋田の酒を好きになって、秋田を訪れるようになったのですね。

ぱすかる:そうですね。稲とアガベに入社する前の1年間は、ほぼ毎月秋田に通っていました。

──秋田へ通っていたことが、稲とアガベへの入社につながったのでしょうか。

ぱすかる:稲とアガベへ入社する直接のきっかけは、去年(2023年)の2月にレイオフの発表があったことです。「5月末で退職するか、あるいは会社に残るか」という選択を迫られて、条件が良かったので退職しようと考えていました。

退職後の進路は、酒蔵に入るか、ベンチャーに入るかの二つで考えていました。結局、その両方を実現することになったんですが。

3月に稲とアガベが男鹿で主催したOGA温泉ジャックというイベントに参加したところ、岡住さんから「ぱすかるさん、会社を辞めるならうちはどうですか?」とお誘いいただいたんです。

既にいくつかの酒蔵と話をしていたんですが、自分のスキルセットとの相性を考えたとき、稲とアガベがいちばんやりやすい気がして選びました。

──最近は、伝統的な製造工程を見直して、効率化を図ろうとしている酒蔵も増えているように感じます。

ぱすかる:そうですね。稲とアガベは社員や蔵人たちがみんな若いので、DXに対する抵抗がなく、むしろ積極的に取り入れようとする姿勢が強いと思います。コンピューターに苦手意識を持つ人はほとんどいないですし、スマホも使いこなしていますし。その点で相性が良いと思ったのが、稲とアガベを選んだ大きなポイントです。

──誘われる前から、岡住さんのことは知っていたのでしょうか?

ぱすかる:岡住さんとの出会いは、稲とアガベの設立よりも前にさかのぼります。岡住さんが木花之醸造所(東京都)を始める半年くらい前に、ある飲み会で初めてお会いしました。そのとき、僕が趣味で作っていた温度センサーを蔵で活用できるかもしれないという話をしたんです。

──日本酒用の温度センサーですか?

ぱすかる:僕が自宅でお酒を保管している氷温庫は温度が表示されないので、温度計を入れる必要があるんですが、氷温庫を見ないと温度を確認できないのが不便だなと思って、指定温度から外れたらスマホにアラートが来るようなシステムを作ったんです。これなら、知らない間に氷温庫の温度が下がってお酒が凍ってしまい、瓶が割れるようなことも防げます。

そんな話をしたところ、岡住さんが「麹の品温管理にも使えるかも」とこのシステムに興味を示してくれて。木花之醸造所を始めたときにシステムを導入したんです。

──岡住さんが造るお酒は好きですか?

ぱすかる:好きです!木花之醸造所の時からお酒は全種類買っています。

エンジニアの価値を発揮できる職場

2024年の猩猩宴で、足立農醸の足立さんと

──稲とアガベの仕事を通して、特に楽しいと感じる点や、やりがいを感じる場面はどのようなところでしょうか。

ぱすかる:稲とアガベは、なんでもできるところがいいなと思っています。たとえば、酒造りにも携わる機会がありますし、出荷業務など、これまで経験したことのない分野にも挑戦できるのがおもしろいですね。メンバーから「助かる」と言われると、やりがいを感じます。

──みんなが忙しく人手が足りていない中で、ぱすかるさんの役割は、人間の手を介さなくても済む作業を可能な限り自動化することなんですね。

ぱすかる:そのとおりです。出荷作業などを手伝いながら、「この順番で作業を行えば、全体の作業量を減らせるのではないか」といったことを考えるのが楽しいんですよね。人間は必ずミスをするものだという前提に立って、いかにミスが起こりにくい環境を作れるかを常に考えています。

──入社前と後で印象が変わったことはありますか? また、予想していた以上に大変だと感じた点はありますか?

ぱすかる:ぼくは楽観的な性格なので、とくに大変だと感じることはあまりないんです。入社前のイメージとほぼ近いんですが、一つ驚いたことがあります。それは、岡住さんが思ったより蔵に入っていないこと。それでいて、あの味を維持できているのは本当に驚きですね。

──以前、岡住さんから「誰でもできる工程を確立しつつ、決め手となる部分は自分が担当するようにしている」という話を聞きました。これは賢明なアプローチだと思います。

ぱすかる:そうなんです。稲とアガベでは、蔵に入ったばかりの人でも行えるプロセスができ上がっているように思うんです。

90%精米は高精白なお米に比べて水を吸いにくいので、手間のかかる限定吸水をしなくていいし、水を吸わないのでお湯で洗米して表面の油分を落とすこともできる。これらはすべて、誰でもできる酒造りと密接につながっていて、それゆえに従業員の働きやすさを向上させている点がおもしろいと思います。

──経営者としての岡住さんについては、どのように思っていますか?

ぱすかる:岡住さんは、人を活かすのがうまいなぁって思います。新しい人が入ってくると、その人の才能が最大限発揮できる仕事を必ず用意してくれるんですよね。

入社前、岡住さんは「ぱすかるさんに作ってもらったシステムを、ゆくゆくは他の酒蔵に展開したい」という話をしていました。

まさにエンジニアの価値ってそこなんです。一度システムを作れば、どこでも使うことができる。岡住さんは、エンジニアの価値を最大限に引き出す方法を考えて、さらにそれを収益化させる方法まで用意した上で、僕を雇ってくれたんです。これは経営者として本当に素晴らしいことだと思います。

「この案件はあの人にやってもらえばうまく行く」と、モノとモノを紐づけるのが上手なんですね。いろいろな人と会って膨大な量の情報や知識を吸収していて、それを整理してうまく活用しているのがすごいと感じます。

──日本酒が好きで、日本酒業界に関わりたいという希望があったぱすかるさんにとって、稲とアガベは、ちょうどいい職場だったのではないでしょうか。

ぱすかる:おもしろいのは、時々突拍子もない提案や計画が持ち上がることです。たとえば岡住さんが、突然Twitterで「お酒の生産量を10倍に増やす」とつぶやいたりしますよね(笑)。

生産量を10倍にするなら、いろいろな工程を見直す必要があるので「今のうちに準備しておかないと後で大変なことになる」と思うんですが、こういった予想外の展開や挑戦も、実は楽しいと感じています。

なぜかというと、生産量が10倍になれば、ぼくのエンジニアとしての価値も10倍になるから。自動化の効果が10倍になるので、自分の仕事がどれだけ価値を生み出しているかを実感できるんです。

酒造りの効率化に挑戦したい

──最後に、これからの目標を教えてください。

ぱすかる:酒造りの効率化に取り組んでいきたいです。発送の自動化は進んでいるんですが、実際の酒造りの工程には、まだまだ改善の余地があります。かなり難しいので、まだ具体的なアイディアは浮かんでいないんですが、酒造りそのものの自動化ではなく、蔵人がやらなくてもいい仕事を減らすという方向性です。

さらに、そのシステムを他の蔵に広げていくことですね。 僕が親しくさせていただいている酒蔵に、まずは試験的にシステムを導入してもらい、フィードバックをもらうところから始めたいと考えています。

もう一つは、ロボット技術の活用です。たとえば、酒瓶へのラベル貼りの作業。今は生産量が少ないので、手貼りでも問題ないんですが、もし生産量が10倍になったら、作業量も10倍になってしまいます。

──ぱすかるさんにとって、稲とアガベは、大好きな酒蔵でエンジニアとしての才能を活かし成長できる、理想的な環境なんですね。酒造りの効率化に取り組んでいきたいという情熱が、稲とアガベに新たな価値をもたらして、更なる発展を促す力になるのだと実感するインタビューでした。

【岡住代表コメント】
ぱすかるさんは、知れば知るほど、この人本当にすごいなあと、すごいをどんどん更新し続けていて、未だ底が知れない方です。心から優しくて、愚痴も言わないし、陰口多めなうちの組織で(笑)、全然人のこと悪く言わないような人格者でもあります。曲者揃いのうちの組織でみんなから慕われている稀有な人。ぱすかるさんをうまく活かせるかどうかが日本酒の未来をつくるんだという想いで、やりがいを感じてもらえるような仕事をこれからいろいろお願いするので、今後ともよろしくお願いいたします。実はマネジメントも向いていると密かに感じているので、全然違う部署のマネジメントしてもらうとかいうキラーパスも飛んでくるかも(笑)。

この記事の担当ライター

Yoko Ishikawa
フリーランスライター←ローカルツアーオペレーター/Japanese Sake Adviser (SSI)/東京出身/アメリカ・ラスベガス在住。アメリカに住み始めてから日本酒の魅力に目覚めて、自宅での酒造り&発酵沼にハマり中。試し桶「稲と日本茶(TeaRoom)」と出会って以来、稲とアガベのファン。
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