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短い文章「短歌」の魅力にたどりついた。一番少ない労力で「作品」を作る方法


プロットは短い方が伝わる?何を言ってるんだ??

コルクマンガ専科で衝撃的だったことの一つに「プロットは短いほうが伝わる」がある。
山田ズーニー先生の授業の授業しかり、企画書から広げていく8行プロット及び32行プロットしかり、「文章は極力コンパクトに。そのほうが伝わる」という方針だ。
はて、何を言っているのか???
私はプロットを、厨二が書いた小説並みに書きこむ。
そうでなければ、感情の流れがわからず、なんでこの展開になるのか、の説明がつかないのだ。
実際に「細かいですね」と言われることはあるけど、OKをもらえばそのままネームに進めるので、悪いことだとは思わない。
展開のおおまかな流れ自体は、口頭の打ち合わせで既に終了しているから、コルク漫画専科でやった8行プロット及び32行プロットみたいなものも打ち合わせで終わっている。
だからそのあと私がやるプロットは「ネームの設計図」くらいの細さなのだ。

だけど、最近それでは伝わらないケースが出てきた。
プロットから先いつまでも進めなかったり、プロットでOKが出ても、その先のネームで「そもそも方向性が違う」とひっくり返ることがあり、最初から細かいプロットを書くのが苦痛になってきた。
そうなると、まずはシンプルなプロットで確認する必要があるんじゃないか…と思うようになってきた。

最近私がプロットに使っているNotionで、「このページを要約する」という機能ができた。
選択した文字を要約するよう指示すると、確かに数行の箇条書きでまとめてくれたので「ああ、ごとう先生が言ってたのってこういうこと?」と思い、試しに自分が書いたプロットと一緒に編集さんに送ってみた。
すると「あんまりこのタイプ(箇条書き)のプロットは見たことない…」という事だったので(だよね)、もしかしたら少年漫画とTL業界では、プロットの役割が違うのかもしれない。
ごとう先生は「少女漫画のプロットとかさ、『そこでいい感じになる』とか書いても意味ないじゃん」と言っていたけど、そこで「見つめ合う」とか「気持ちを確信する」とか…、い、いろいろあるんだよ!

それでも引き続き、どこまで書くべきかを編集さんによりけり、試行錯誤している。

短いプロットが苦手。だから、短歌を書いてみた。

それまで、プロットはネームの設計図なのだからとにかく細かく書いてきた。
だけど、「短くすること」で、その他の可能性をキープする効果があるらしいことはわかった。
でも、書きたい。もっと詰め込みたい。あれがこれでこうだよって言いたい!

冒頭で引用したごとう先生の記事は、佐渡島さんに勧められた「3行日記」のことだけど、この3行日記…私もやってみようかと思ったのだけど、てんで面白くない。
だって、楽しかったこととか、新たな発見とか、もっと書きたいじゃん!!!

そんな欲求を抱えてもやもやしていたとき、ふと「そうか、短い文章だと見栄えが悪いから嫌なんだ」と気づいた。
何言ってんだ、好き嫌いの問題かよと思うけど、箇条書きのような単純な文章だと、私にとっては情報量が少なすぎる。情景も浮かばない。もっとあれこれ情景を説明したくなる。
でも短歌はどうだろう。短歌は5・7・5で短くまとまっており、そしてそれだけで情景を物語る「作品」として成立する。
短くまとめることの美しさと可能性を、古典の型に嵌めることでようやく気付いた。

短歌から広がるイメージって意外とすごい

試しに、短歌SNSなどを探してみた。この短い文章でも作品として評価される場があれば楽しめるかもしれない。
結果として、自分が求めるようなめぼしいSNSは今のところなかったのだけど、sikanoteという縦書きアプリを見つけた。

https://apps.apple.com/jp/app/sikanote/id1632002055

このアプリ、デザインが良くて、縦書きのポエムや短歌なんかを書いて登録すると、なかなか私好みに表示してくれるのだ。
これで日頃あったことをふと短歌にすると、なんかすごく情緒溢れる、感情を揺さぶった出来事があったみたいな気分になる。
誰に見せるでもなく、日記の亜種みたいな感覚で書き溜めている短歌を読み返せば、だいたいの情景は思い出せるし、忘れてしまったことも補完できる。
たった5・7・5の文字数なのに、1話分のエピソードは作れるんじゃないかと錯覚する。
なるほど、これは楽しい。

ごとう先生が「ひとつのプロットから色んな物語ができる」と言っていたのは、このことじゃないだろうか。
………。
なるほど、ようやく腑に落ちた。


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