他者を非人間化する者はまず自らを非人間化する
病院や学校、モスクや難民キャンプ、救急車といった民間施設・設備のみならず、電力や水道など人間の生活を維持する上で不可欠の基本インフラに対する攻撃を延々と繰り返すイスラエル軍の残虐さは、国際法云々以前に人間性の喪失を深く疑わざるを得ないが、その動機や背景を知るうえで有益な示唆を与えてくれるのが、宮田律氏の『ガザ紛争――暴走するイスラエル極右思想と修正シオニズム』であり、とりわけその第6章である。
それによれば、イスラエル軍が意図的に民間人や非軍事施設の病院や学校などを攻撃するのは、「ダヒヤ・ドクトリン」という軍事戦略に基いているという。その名称は、2006年にイスラエルがレバノンのヒズボラと戦った際、ヒズボラが拠点としていたベイルート南部のダヒヤ村を徹底的に爆撃したことに由来するのだが、「テロリスト」に対する住民の支持を失わせるため、「テロリスト」が活動する社会にできるだけ多くの損害を与えるという、人口密集地帯に対する民間人の犠牲を前提とした作戦のことである。このときの空爆では、約1000人の民間人(その3分の1は子ども)が死亡し、村は瓦礫と化して、社会生活は機能不全に陥ったという。イスラエル軍は2014年のガザ攻撃の際にもこのダヒヤ・ドクトリンを適用したが、昨年10月から始まった対ガザ・ホロコーストでも大規模かつ全面的にこの作戦を適用している、というわけだ。
本書には、「ガザに核爆弾を投下するのも選択肢の一つだ」とか、「ガザの住民たちはアイルランドか砂漠に移住すべきだ」などと発言したイスラエルのエルサレム問題・遺産相の言葉も紹介されているが、イスラエルがガザに投下した爆弾はTNT火薬に換算すれば、攻撃開始から1カ月弱の間に、すでに広島型原爆の1.5倍以上の爆弾が投下されているという。今日でガザ攻撃開始からちょうど10カ月である。どれほどの惨劇が繰り広げられたのか想像することもできない。
いずれにせよ、イスラエルのガラント国防相がガザに対する完全包囲攻撃を命じた際、「我々は人的動物(human animals)と戦っているのであり、それにふさわしい行動をとっている」と語ったように、イスラエル政府がパレスチナ人を人間とは見ていないことは当初から明らかだったが、今や明白になってきたのは、こうした非人間的攻撃を平然と繰り広げるイスラエル政府やイスラエル軍が人間性を半ば喪失しているのではないか、ということだ。
ここで注意すべきは、「ダヒヤ・ドクトリン」の他に、イスラエルの軍事行動を非人間化しているもうひとつの要因として、AI兵器の影響が考えられるということだ。「変わる戦場 まるでゲーム」と題した今年3月25日の朝日新聞の記事によれば、イスラエル軍の前参謀総長であるアビブ・コハビは昨年6月、地元メディアに対し、諜報員によれば「1年の50カ所」程度だった標的探しが、AIツールの稼働で「1日の100カ所」の攻撃目標を洗い出せるようになったという。その後、同軍が「ハブソラ(福音)」(この命名感覚を見よ!)と名付けたAIツールにより、「ハマスへの報復」(という名の)攻撃では約1カ月で1万2000カ所の「標的」を割り出したという。恐ろしいのは、AIが攻撃目標を決定し、人間がそれを実行していることである。イスラエル軍の内部告発者たちは、AIの情報が人間の決定をコントロールしてしまっていると主張しており、イスラエルの調査報道メディア「+972マガジン」はこのシステムを「大量殺戮工場」と呼んでいる。コハビ前参謀総長は、「懸念するのは、我々が自分たちの心がコントロールされていることに気が付かず、AIに取って代わられてしまうことだ」と述べているが、非人間的攻撃を行う者は、すでにAIツールのロボットと化してしまっているのである。