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斉藤佳苗(2024)『LGBT問題を考える――基礎知識から海外情勢まで』鹿砦社

 素晴らしい本が出版された。医師の斉藤佳苗さんが書かれた本書は、今後、トランスジェンダー問題について考えたり議論したりする際に、真っ先に参照されるべき基本書・教科書となるべき書籍である。なお、タイトルにある「LGBT問題」とは、実質的にはトランスジェンダー問題のことであり、性的指向を表す「LGB」はほとんど関係ない。また、著者の言う「LGBT思想」とは、別の言葉で言えば、「トランスジェンダリズム、ジェンダー・イデオロギー、性自認(至上)主義」などとも呼ばれて、要は「性別は肉体では決まらないという考え方」のことである。

 著者の斉藤佳苗さんは、「序文」によると、ほんの1年前まではトランスジェンダー問題についてほとんどなんの知識もなかった「ふつうの臨床医」だったが、あることをきっかけにこの問題に関心を持ち、海外の情報を集めたり、性的少数者当事者の声などを聴いた結果、日本でも急速に広まりつつあるジェンダー・イデオロギー(トランスジェンダリズム)に基いて社会制度設計を行うととんでもないことになってしまうと気づき、noteやXなどネット上で情報発信してきた記事を、一冊の本にまとめたものだという。よくぞ1年でここまで調べ上げたと驚嘆するほど、海外情報を中心に膨大な情報と資料が掲載されている。

 ここでは本書の内容のごく一部を簡略に紹介したい。



LGBT当事者≠LGBT活動家であることに注意

 性的少数者当事者の中には、LGBT活動家の意見がまるで性的少数者の総意であるかのように思われるのは迷惑だと思っている人も多く、逆に一部のLGBT活動家は、LGBT思想に賛同しない当事者に向って、「政治的連帯をしないものはLGBTではなく、ただのホモセクシャルだ」と主張する人もいる。


ジェンダー・セルフID制度(性自認法)とは

 性別適合手術も、精神科医の診断書も必要なく、自分の性自認を申請するだけで、法的に性別を変更することができる制度。

  2012年にアルゼンチンが始めたのを皮切りに数十カ国で採用されているという。最近ではスペイン、フィンランドが2023年に、ドイツ、スウェーデンが2024年にセリフID制度を導入した。

  イギリスでは2004年にジェンダー承認法(本書では「ジェンダー認識法」と呼ばれているが、ここでは一般に使われることの多い「ジェンダー承認法」と記す)が制定され、世界で初めて性別適合手術なしで法的性別を変更できるようになった。ただし、医師の診断書は必要である。2017年、英国政府がジェンダー承認法を改正し、ジェンダー・セルフID制度の導入を検討し始めたのに対し、多くの女性たちから反発の声が上がる。結果、2020年にはイングランドで、2024年にはスコットランドでジェンダー・セルフID制度の導入を阻止し、同年6月にはスコットランドのジェンダー承認法で「トランス女性も女性に含む」としていた「女性の定義」を削除させる。

  日本では2023年に性同一障害特例法で、性別変更に必要とされていた生殖腺要件が違憲とされたことで、FtMについては手術なしで性別変更が可能となり、今年7月時点で数十人が戸籍の性別変更を行っている。もうひとつの手術要件である外観要件(異性と類似した性器の外観を持つこと)については今年7月、広島高裁差戻審で、外観要件自体は違憲とはされなかったものの、女性ホルモンのみで男性器のあるまま外観要件を満たすという奇妙な決定が出た。こうして日本も徐々にセルフID制度に近づきつつある。

 

女性スペース問題について

 LGBT思想により、海外では男性器を持つ“女性”が女性スペースに侵入して、多くの混乱を起こしている。

  ・2022年8月、身長187センチ、体重100キロ超の性犯罪歴がある自称“女性”ジェーン・ジェイコブ・グリーンがカナダの女性専用シェルターに滞在し、他の女性利用者に性的暴行を行い、逮捕された。

  ・2019年、カナダの強姦被害女性のためのシェルターが、トランス女性の利用を断った結果、自治体からの補助金を打ち切られたうえ、窓に「TERFを殺せ」などと落書きされ、ネズミの死骸を釘で打ちつけられた。TERFとはTrans Exclusive Radical Feministの略で、トランス女性を女性として認めないフェミニストを指している。

  ・2022年の東京トランスマーチでも「FUCK THE TERF」と書かれたプラカードが掲げられた。

  ・東京都の強姦被害者支援団体が2021年、トランス女性を「トランス女性」と表現したことが差別的であるとして、港区から補助金を打ち切られた。

  ・アメリカ女子競泳チームの大学生で、16歳の時に性暴力被害経験のあるポーラ・スキャンランは、大学から、男性器のあるトランス女性と一緒に女子更衣室を使用することを指示され、大学に苦情を申し立てると、トランスジェンダーへの理解が足りないとカウンセリングを勧められた。

  ・アメリカ・ワシントン州の地方裁判所は2023年6月、未手術のトランス女性の女湯利用を認めない施設を差別と認定した。

 ・イギリスで、実の娘に8歳から17歳まで9年間、性的虐待を加えた罪で2016年に逮捕され、有罪判決を受けた男クライブ・バンディは、服役中の2023年、女性を自認し始め、名前も別人に変更した。

  ・日本でも未手術トランス女性が女湯に侵入する事件が2023年4月と2024年2月に起きている。

 

女子スポーツ問題について

 ・2003年、IOC(国際オリンピック委員会)は、「性別を変更した選手に関するストックホルム合意声明」を発表し、性別適合手術を行っているなどの条件を満たした当事者の参加を認める。

  ・2016年、「性別変更と高アンドロゲン血症に関するIOC合意形成会議」というガイドラインが発表され、一定の条件を満たせば、性別適合手術を受けていないトランス女性が女子スポーツに参加できるようになる。

  ・2017年、ニュージーランドのトランス女性、ローレル・ハバードが重量挙げの国際大会女子部門に出場して優勝。2021年には初めてのトランスジェンダーのオリンピック選手として東京五輪にも出場した。

  ・2019年、アメリカのトランス女性、セセ・テルファーが陸上競技の全国大会で優勝した。「彼女」は2016年と2017年には男子選手として大会に出場し、200位以下の成績だった。

  ・2022年、2年前までは男子チームに所属していたアメリカの未手術のトランス女性、リア・トーマスがNCAAの競泳大会で優勝。

  ・2023年にセルフID制度を導入したスペインでは、男性として過ごしている人物が、「競技中は女性であるように感じる」という理由で自転車レースの女子部門に出場し、1位を獲得した。

 

異論者に対するキャンセル行動

 ・元サセックス大学の哲学教授であり、大英帝国勲章も受賞した著名な哲学者であり、レズビアンでもあるキャスリーン・ストックは2018年7月、ジェンダー承認法の改正に反対し、「多くのトランス女性はまだ男性器を持つ男性であり、…女性が服を脱いだり、眠ったりする場所に彼らが入るべきではない」と主張したところ、トランス活動家たちからの激しい攻撃が始まり、ストックを「トランスフォビア」として解雇を求めるキャンペーンが行われ、2021年、サセックス大学を退職に追い込まれた。最近、ストックの著書の邦訳『マテリアル・ガールズ:フェミニズムにとって現実はなぜ重要か』が出版された。近々紹介したい。乞うご期待。

  ・元シンクタンクの研究員であるマヤ・フォーステイターは2018年9月、ジェンダー承認法の改正をめぐり、「男性は女性になれない」とSNSで主張したところ、激しいバッシングを受け、2019年、雇用契約を打ち切られた。同年12月、雇用裁判所がフォースターの信念は法的な保護を受けないとの判決を出した際、『ハリー・ポッター』シリーズの作家、J・K・ローリングがフォーステイターを支持する内容をSNSに投稿して激しいバッシングを受けた。

  ・元法廷弁護士で、2019年10月、トランス活動家団体ストーンウォールの方針に反対する権利団体LGBアライアンスを設立したアリソン・ベイリーは、殺害予告を含む激しい攻撃にさらされた。

  ・元オープン大学教授で、学問の自由を守るためにジェンダークリティカル研究ネットワークを設立したジョー・フェニックスは、学生や同僚らによって激しい攻撃にさらされ、2021年にオープン大学辞職に追い込まれた。その後、フェニックスは裁判に勝訴し、オープン大学から謝罪を受けた。

  ・日本でも2018年ごろからSNS上でLGBT思想に異論を唱える女性たちが次々とアカウント削除に追い込まれ、2019年には東京大学の三浦俊彦教授が、2022年には武蔵大学の千田有紀教授が激しい攻撃を受ける事態が出現した。

 

ジェンダー肯定医療をめぐる医療スキャンダル

 ・ジェンダー肯定医療とは、性別違和を訴える患者の要求を無批判に肯定し、ひたすらその希望に沿うように医療を提供することで、「世界トランスジェンダーヘルス専門家協会」(WPATH:ダブリューパス)というトランスジェンダー医療の世界で最も権威がある団体が発行しているガイドラインが推奨している。アメリカは積極的にジェンダー肯定医療を推進していたが、2023年に入ってからは、受診初日に性同一性障害と診断して14歳の少女に男性ホルモンを投与するなど、あまりにも杜撰すぎる診断と治療をめぐって、アメリカで続々と脱トランス者(性別移行を後悔して元の性別に戻る人々)による医療訴訟が起きており、現時点で10件以上の裁判が同時進行している。これらの問題を受け、アメリカの多くの州では未成年者へのジェンダー肯定医療を禁止する法律が次々と制定された。アビゲイル・シュライアーが2020年に『Irreversible Damage』(邦訳名『トランスジェンダーになりたい少女たち』)を出版してから4年間に、その内容を裏付けるような事実が次々と判明しているのである。

  ・2019年、スウェーデンの公共放送SVTはドキュメンタリー番組『トランス列車』で、急増するトランスジェンダーの若者と脱トランス者(性別移行したことを後悔して元の性別に戻る人々)の問題を取り上げて大反響を呼び、これをきっかけに大規模な調査が行われた。その結果、2021年、スウェーデン最大の病院カロリンスカ大学は、有害事象の多発を理由に未成年者への薬剤投与と手術を全面中止し、2022年にはスウェーデン政府は未成年者へのジェンダー医療を大幅に制限するガイドラインを発表した。

  ・2019年、イギリスの元トランス男性のキーラ・ベルは、杜撰な診断とジェンダー医療によって被害を受けたとして、医療を提供していたタヴィストック・ジェンダーアイデンティティ発達サービス(GIDS)を訴えた。この医療訴訟をきっかけに、医療機関の実態調査が行われ、そのあまりにも不十分な医療体制などからGIDSの閉鎖が決定した。さらに、未成年者に対するジェンダー肯定医療についての大規模調査(The Cass Review)が実施され、2022年に出された中間報告では思春期ブロッカーなどの未成年者に提供されていた医療の安全性や有効性について疑義が出された。2023年2月には、閉鎖が決定したGIDSの実態を告発する『Time to Think: The Inside Story of the Collapse of the Tavistock’s Gender Service for Children』が発売され、思春期少女の圧倒的増加や、その多くが発達障害や精神疾患、複雑な家庭背景などの問題を抱えていたこと、それにもかかわらず安易に薬剤や手術などの医療が提供されてしまっていたことが示され、人々はこの医療スキャンダルに衝撃を受けた。

  ・2024年3月、WPATH(世界トランスジェンダーヘルス専門家協会)から流出したファイルが公開された。それによれば、医療提供者側が、インフォームド・コンセント(説明と同意)をまともにとっていないという以前に、「子どもには自分が受ける医療が将来的にどんな影響を及ぼすか、そのメリットやデメリットを理解することは不可能である」と認識しており、「患者が治療を後悔することは珍しくない」と認識していることが明らかになった。また、重篤な精神疾患を抱えた患者にも積極的にジェンダー肯定医療を提供しており、解離性同一性障害(多重人格)の患者にも生殖器を切除するような重大な“治療”を行っていることも明らかになった。さらに、ノンバイナリー(性自認が男性でも女性でもない)人に対して、無性器化手術や両性器化手術などが提案されていた。また、ファイルの中では、従来トランス活動家が主張していた「トランスジェンダーは自殺率が高い」とか「性自認は生涯変化することはない」という主張にも疑義が唱えられていた。また、ファイルでは、幼い頃に異性の性自認を持っていたほとんどの子どもが思春期以後に、生来の自分の性別を受け入れていたこと、思春期の間に社会的移行を推進したり不可逆的な医療介入を行ったりすることで本人が自分の生来の性別を受け入れるチャンスをつぶしてしまっている可能性が指摘されていた。WPATHファイルの公開後、ニューズウィーク誌は「ジェンダー医療は若い患者をモルモットのように扱うのをやめるべき」と報じ、ザ・タイムズ紙は「インチキ医学」という見出しで、「人生を変える可能性のあるジェンダー治療により、若い命が損なわれている」と報じた。

 ・2024年4月、キャス・レビューの最終報告書が公開され、イギリスの平等・人権委員会は同月、その報告書を支持する声明を発表し、イギリスにおける思春期ブロッカーの処方が禁止され、スコットランドも思春期ブロッカーの一時停止を発表した。国連特別報告者であるリーム・アルサレムもキャス・レビューに言及し、「10代の若者への壊滅的な影響が明らかになった」と指摘した。イギリス政府は5月、学校ガイダンスの変更を告知し、キャス・レビューを踏まえて社会的移行に対して慎重な立場を示し、保護者と協力することの重要性を強調した。米国サウスカロライナ州は未成年者に対するジェンダー肯定医療のための薬剤投与や手術を禁じ、学校で社会的移行をする場合は保護者に通知することを義務付けた。英国政府は民間も含むイギリス全土で思春期ブロッカーの処方を緊急で禁止した。

 

引き返すイギリスと突き進むドイツ

 ・以上のように、イギリスでは2018年以降、女性たちを中心とした活発な市民運動を受けて、ジェンダー肯定医療を見直し、生物学的性別を重視する方向へ立ち戻る動きが進んでいるのに対して、ドイツでは2011年に連邦憲法裁判所が性別変更の手術要件を違憲と判断し、手術要件が撤廃されて以降、肉体の性より性自認を重視する方向にどんどん突き進んでいる。2017年にはSNS対策法が禁止され、プラットフォームの運営者に対して24時間以内に差別的な投稿を削除することが義務付けられた。2018年には法的な性別として、男性と女性以外の「第3の性」を承認した。2023年8月、自己決定法が可決され、翌年からジェンダー・セルフID制度が導入されることが決定した。2024年にはミュンヘン市でオールジェンダートイレの設置が義務付けられ、女子トイレがオールジェンダートイレに変更された。未手術トランスジェンダー女性のシャワー利用を拒否した女性専用ジムが訴えられて賠償金の支払いを命じられたり、女子更衣室の使用を断られた未手術トランス女性が職場を差別禁止法違反で訴える事例などが出ている。さらに、本人の性自認とは異なる性別で扱うミスジェンダリングに対する罰金刑も導入された。

  ・このようにドイツが(イギリスとは対照的に)ジェンダー・イデオロギーの暴走ともいえる状態に至った要因の一つが2017年に制定されたSNS対策法である。この法律により、ジェンダー・イデオロギーに反対するような投稿はすべて「差別的である」としてすぐに削除されてしまうため、SNSで拡散されず、影響力を持ち得ない。多くの人々が口をふさがれた状態のまま、ジェンダー・セルフID制度の導入が決まり、ミスジェンダリングに対して多額の罰金が科せられる事態にまでなってしまった。言論の自由がいかに重要であるかがこれでわかる。

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