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土井敏邦『ガザからの報告』
先日、土井敏邦氏の映画(30分の短縮版)を観て、土井監督の話を聞く機会があった。その後、土井氏の『ガザからの報告』を読んだので、簡単に感想を記しておきたい。
昨年10月7日以降、岡真理さんや土井さんの講演を聞いたり本を読んだりして、ハマスとハマスによる10.7攻撃の捉え方がかなり異なっていることは少し気になっていた。
まず昨年のハマス等による10・7攻撃について、土井さんは、あれは明白なテロだとして100パーセント全否定する立場であるのに対し、岡さんは、あの作戦の中には民間人の殺戮や拉致(人質)といった国際法違反の犯罪行為があったことは認めつつも、全体としてはイスラエルの不法な占領と漸進的ジェノサイドに抗する民族解放闘争の一環として捉えるべきことを強調している。そして、昨年10月に早稲田で行われた緊急セミナーでは、「非暴力で訴えても世界が耳を貸さないのだとしたら、銃を取る以外に、ガザの人たちに他にどのような方法があったでしょうか。反語疑問ではありません。純粋な疑問です。教えてください」と聴衆に訴えている。この点は、ハマスの目指す「武装闘争によるパレスチナの解放」が無効であることは、すでに1982年のPLOのレバノン撤退で明らかになっていた、とする土井さんとは対照的である。
また、ハマス兵士の中にレイプなどの性暴力を行ったとのイスラエル側の主張に対しても、岡さんは、「ハマースが集団虐殺を戦果として誇示するヴィデオはイスラエル側が作成し、拡散したこと」「パレスチナ人による軍事攻撃が、植民地支配からの解放を目指す抵抗である以上、民間人の集団殺戮やレイプなど積極的に国際人道法を侵犯し、あまつさえそれを世界に誇示することは、合理的に考えて彼ら自身にとり何ら益はない」ことなどを挙げて、イスラエルの主張する事実そのものに疑問を呈している(岡「この人倫の奈落において」『世界』2024年1月号)。これらの個々の事実を検証する力は私にはない。
しかし、土井さんの話を伺って、最も説得力を感じたのは、家も仕事も希望もすべてを失って生と死の淵をさまよわされているガザの人々が、ジェノサイドを行っているイスラエルに怒っているのは当然だが、(ああすればこうなることが確実にわかっていながら)その引き金を引いたハマスに対して怒り狂っている、ということである。これは今もガザ地区にいるジャーナリストM氏から土井さんが得た情報であるが、もちろんこれは単にM氏の意見ではなく、M氏が可能な範囲で取材して得られた結論であるという。人々は、「どうか人質を解放して戦争を終わらせてくれ!」とハマスに要求していが、ハマス指導部は聞く耳を持たない。なぜなら、ハマスを真に牛耳っているのはシンワールなどガザ地区内部の指導者ではなく、外から資金を集めてくる海外在住の幹部だからである。人々はハマスの攻撃の目的が理解できず、「この攻撃でお前たちは何を達成したのか!」と激しく怒っているのに、である。
土井氏がハマスの10・7攻撃を批判するのは、それがテロであるからであると同時に、それがガザ住民の「植民地支配・占領からの解放」につながるどころかかえって遠ざけてしまうからであり、その結果がもたらしたガザの甚大な被害と民衆の絶望のためである。この点、土井氏の立ち位置は「ガザの民衆」の視点、「地べたで生きる住民」の視点という点ではっきりしている。「民衆はいったい何に苦しんでいるのか」という視点で考えれば、以上の土井氏の主張は極めて説得的で理解できるものだと思う。民衆が苦しんでいるのは、イスラエルの占領と暴力だけでなく、「ガザ住民の生存と安全」など全く考慮しないハマスの強権支配と暴走でもあるのだ。
ガザ地区を30年以上取材している土井氏によれば、2007年に権力を掌握する以前のハマスは慈善活動、とりわけ生活困窮者支援に力を入れ、教育、医療、文化活動、食料支援なども熱心に行っていたため、民衆の強い支持を得ていたが、権力掌握後は腐敗し、民衆の支持を失ってしまったという。元ハマス支持の男性は、「(ハマス)政府は住民のことをまったく考えていません。ハマスが守ろうとしているのは権力とガザの支配だけです」と怒りを隠さなかったという。
以下、質疑応答で出た問いと土井氏の答えを記す(記憶に基づいて書いているので、細部は正確ではないことをお断りしておく)。
Q.戦争終結後、何が起きるか?
A.ひとつはガザからの脱出が増えるだろう。家もインフラも産業もすべて破壊されてしまった。生活を再建するには途方もない時間がかかる。2014年の攻撃の後も、湾岸産油国などからの援助によってようやく再建できかかったときに、今回の虐殺が起きた。今回は2014年の比ではない。ガザの人々は絶望している。特に深刻なのは、倫理や道徳観が崩壊してしまったことだ。これまでガザの人々があれだけひどい環境の中でも何とかやってこられたのは、人々の助け合い・支え合いの精神があったからだ。今回のジェノサイドによって、それさえ崩壊させられた。これこそ長期的に見て最も深刻な問題かもしれない。
特に子供のいる家庭では、もはやガザにいる限り、子どもにまともな教育を受けさせられないと思って、なんとか国外脱出を図るだろう。
それができない人々の間では自殺が増加するだろう。イスラム教では自殺は禁止されているが、2017年から2018年にかけて焼身自殺を含む自殺が急増した。今回の停戦後にもそれが確実に起こるだろう。
Q.終戦後、ガザはどうなるか?
A.終戦後、イスラエルはガザを西岸のB地区、すなわち行政権はパレスチナに任せ、治安維持をイスラエルが掌握するという方式をとるだろう。その場合、ハマス以外に行政権を担える組織がいるかどうかは疑問だ。ガザの人々はファタハや西岸の自治政府を全く信用していない。かといってPFLPに行政を担える力はないし、イスラム聖戦もハマスと共闘しており、ほとんど違いはない。もしかするとイスラエルはハマスの穏健派に行政を委ねるかもしれないが、それを決めるのはイスラエルであってガザの人々ではない。今後もしシンワルはガザの最高責任者になれば【注:翌日、最高責任者になったというニュースが流れた】、ハマスに未来はない。
Q. イスラエルの人々は何を考えているのか?
A. 10・7のようにイスラエル人(ユダヤ人)が1日に1200人も殺されるということはイスラエル史上初めての出来事。このニュースを見て、イスラエルでは「第2のホロコースト」だという言説が飛び交った。ハマスのテロで残虐に殺された人々のニュースが毎日のように流され、イスラエルの人々はパニックになった。そのため、イスラエル軍がガザに報復するのは当然だと考えている。しかし、イスラエル軍がガザで実際にどんな攻撃を行っているかということはイスラエルのメディアではほとんど報道されていない。イスラエル国民は恐怖感を持っている。その恐怖心が現在の報復・復讐を正当化している。
そのためイスラエルでは、人質を解放しろというデモは各地で起きているが、ガザへの虐殺をやめろというデモはほとんど全く起きていない。