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カレーなるごろごろライスカレー 【ショートショート】

山之内スミエ先生!先ほどはうちのスタッフが大変失礼いたしました!
今日の「ハロー!クッキング!」は先生の料理の回と知りながら他の料理番組の台本と入れ換わってMCに渡してしまいまして、しかも一番肝心な先生の紹介の時にイタリア人料理研究家名を大きな声で言ってしまいました。
Abramo Torisginoってよりによって先生に、油も摂り過ぎ~の、って洒落になりませんよね。
しかも男性名ですよ。MCは山之内先生をちゃんと見て言ったんですかねえ。仮に男っぽく見えてもイタリア人には見えないでしょう。
いやいや冗談です。すみません。

一番先生にご面倒をかけたのは予定の料理とMCの進める台本の料理が噛み合わなかったことです。そのことじゅうじゅう判っております。料理番組だけにじゅうじゅう!なんつって。せんせーい!怒らないでくださいよ。冗談ですよ、冗談。社会の潤滑油の冗談ですよ。
先生だっていつも番組内で冗談仰って全国のお茶の間を沸かせてらっしゃるじゃないですか。
まあ、湧いてるのはお茶の間だけでスタジオはシーンとしてますけどね。
ああせんせーい。

今日はMCが台本そのままに「トマトソース煮込みハンバーグ」で進めましたが、先生に準備いただいたのが「カレーなるごろごろライスカレー」だったですよね。
先生お得意の洒落を存分に使ったメニュー名なのに、ああ、残念。全国のお茶の間に先生の上質な洒落を披露したかった。いや本当ですよ。
先生のアイデアメニューは、メニュー名の通り、具がごろごろ大きいカレー。
子どもに対する食育そして家族の繋がりを絡めたそのコンセプトにはスタッフ一同感動しました。
細かい細工がないから子どもたちが危険なく包丁の練習ができる。具が大きくて火が通りにくいところは電子レンジをうまく活用する。そのことで子どもたちにそれぞれの素材の火の通り方を解りやすく安全に学ばせることができる。出来上がりに素材感が感じられてさらに見た目の面白さもある、メニューとしての特徴もある。家族の皆にわあと言わせるインパクトがある。テーブル上にその話題の花が咲き続ける。しかし、いつものカレーと材料は同じ。
そんな素晴らしいポイントづくめのサイコーのアイデアを一瞬にして木端微塵にしてしまいました。先生、本当に無念でなりません。

番組の冒頭でMCが「トマトソース煮込みハンバーグ」と言ったとたんに先生の表情からオープニングの時のあの笑顔がたちまち失せて、ディレクターに「カレーなるごろごろライスカレー」「カレーなるごろごろライスカレー」と口パクで何度も伝えようとしてましたね。
先生、それはいくらなんでも読唇術むずかしいですよ。
ディレクターもそれはすでに気づいておりましてね。あの時気づいていないのはMCだけなのですから。
ただ、ディレクターは最高の機転を利かせたと思いますよ。
生放送で25分枠しかない番組で急に台本変わったらMCそりゃもう頭ん中真っ白、顔真っ青、赤っ恥かいてもうフランス国旗みたいになりますから。彼女なにしろ経験が浅いので収拾つかなくなります。
それなら台本をそのまま進めて、ここは経験豊富な先生の方に台本に沿って頑張っていただこうとそう咄嗟に判断したのですな。もう3分くらい経過していたので25分生番組でとても挽回できませんから。はい。
え?いくら経験豊富でも他人のレシピをMCの話すスピードで実演して一品作りあげるなんてアクロバットより難しいって。先生先生、ご冗談を。先生、アクロバットされたことない癖に。はははは。

よく解ります。朝から何度も脳内リハーサル済ませて準備バッチリなのに、そして、カレーの材料が指示通りテーブルに乗っているのに、突如にしてトマトソース煮込みハンバーグを生放送で作れと強制される無常感、理不尽さ。
私もこないだ温泉玉子作ろうとしてうっかり固めちゃったので急遽玉子サンドに変更しました。まさか1分の違いで朝ご飯の和食が洋食に変わるなんてまあびっくりしました。
もちろん、私どもも裏で頑張ったんですよ。先生の元台本とMCの語る間違った台本を見比べました。そう、材料ですよ材料。
牛肉OK。にんじんOK。玉ねぎOK。じゃがいもあまる。カレー粉あまる。トマトなし。バターなし。小麦粉なし。パン粉なし、スパイスなし。
そりゃあ、先生が舞台で大慌てされたの判りますけどこっちも冷汗かきましたよ。だってトマトなしではトマトソース煮込みできないの料理研究じゃなくても判ります。
急いで学生スタッフを社員食堂に走らせました。ホールトマト、トマトジュース、トマトピューレ撃沈!トマトならあるってトマト両手に抱えて走って帰ってきました。トマト両手に抱えて4階から1階に全速力は多分彼の人生ではもうしなくていいでしょう。
カメラに映っていない時に先生にトマト投げましたら先生うまくキャッチしてくれましたね。本当に有難うございます。
食べ物投げたら罰当たるっておばあちゃんからよく叱られましたけど、いちいち手渡ししてたらカメラに写り込みますからねえ。MCにパンした時にホイッ、MCにパンした時にホイッ。天国のおばあちゃんも許してくれるでしょう。
トマト、バター、小麦粉、パン粉、スパイス、いろいろ先生にキャッチしてもらって。一番緊張したのが小麦粉でした。
先生にカメラがパンした時に、頭から小麦粉かぶってたらMCが大笑いします。
あのMC今年3年目なんですが、入社面接で「笑顔を絶やさないのがとりえです!」って言ったのをエラく上の連中が気に入って一発採用になったんですわ。
まあ、それが良くも悪くもその言葉どおりの女の子でして、たまには笑顔を絶やせと言いたくもなるくらいよく笑いましてね。笑い上戸で笑い上戸でもう一度笑い出したら「お腹痛いぃぃ!お腹痛いぃぃ!それ以上言わんといてぇなぁ!かんにんしてえ!かんにんしてえ!」て、いや彼女関西出身なんですけどね。
さらに思い出し笑いも酷いものでこないだ一緒にランチ食べてる時なんか彼女突然飲んでる牛乳ぶぶっと私の顔に吹き出して。もう漫画みたいでっしゃろ。ああ、彼女の関西弁うつったけど、エラい惨状ですわ。あれ社内でよかったですわ。
なんでも昨日の先輩の冗談話思い出したらしく、早速その先輩を呼んで厳しく指導しました。彼女に面白いことを語るな、と。
なんの話でしたかねえ、ああそうそう。先生が小麦粉かぶった話でしたね。あ、かぶってない。ああ、そうでしたかな。失礼しました。

材料の説明の時に、MCが「今日はハンバーグですが、こんな大きな固まり肉を使うのですか!」と先生をさらに逆なでする言葉を吐きましたが、そのコメントの返しがナイスでした。
「ええ、料理はこ・こ・ろです」
全然意味がわかりませんが、とにかく感動しました。
ごろごろ感を出すために材料は特に大柄なごろごろしたのを選んでいただけに先生は本当に大変だったと思います。
あの大きな牛肉の固まりからハンバーグのタネのミンチ肉を作るのにカメラがMCを映している間に細かくコンコン刻んでいたわけですから。いやまあ、ホテルシェフの見習いさんが包丁さばきの練習でキャベツを千切りするみたいにコンコンコンコンコンコンともの凄いスピードで、キャベツならまだしも、肉を、そう牛肉固まりを、ですよ。コンコンコンコンコンコンと一瞬にして4人前のハンバーグのミンチ肉にしたわけですから。え、卓球で鍛えた?意味がわかりませんが。

MCがさらに先生を試すかのように「トマトは例のイタリアの品種の長ぁいトマトが合いますねえ」と言ったのに対し、先生だってそれを否定できませんから「ええまあそうです」という割には、調理台には、満月様のようなどっしりした真ん丸トマトが鎮座しているものですから、もうそりゃこっちもびくびくしました。
取りあえずカメラマンに「トマト映すな!」と言ったら何をどう勘違いしたか、トマトを大写しにしてしまったじゃないですか!これ全国ネットですよ!
つい今朝方まで「このまま古くなって最後は従業員のまかない利用だな、表舞台に立ちたかったな」と社員食堂の冷蔵庫の隅で不貞腐れていたスーパーの特売トマトが急にどアップで全国ネットですよ。
またMCが気の利かない女で「え、このトマトってまんまるくないですか?」て、せめて「丸くないですか」ならまだしも「まんまるくないですか」て正円形を強調して、明らかに言葉で先生を刺しにきましたね。先生、過去の放送でなにか彼女に意地悪しませんか?あ、した。。じゃあそれですわ。それ。
でも、先生の返しがなお素晴らしかった。
「料理はこ・こ・ろです」
先生、いくら心込めても日本のトマトはイタリアトマトにはなりませんよ。もしなったらイタリア政府がだまってませんわ。

しかし、さすがプロフェッショナル。そこからが見事だった。
材料さえ整ったら先生にとったら家庭料理の範疇のハンバーグなんてもうちょちょいのちょいですなあ。もちろん先生、明るく振舞われても心の中は土砂降りとは存じますが、そこはうまく大人の対応でまとめていただきました。
その道のりもなかなか険しく、MCがなおも「あれえ!なぜカレー粉がここにあるんですか?」とか「え、今日じゃがいも使いましたっけ?」とかの試練を神のように先生にいくつも与えましたが、先生はそこを「今日のサプライズ!」と明るく反射させて、顔は怒ってましたけど、バターをうまく使って、手早く「ジャガバターカレー風味」を作ってくださいましたね。
あれ、あとでスタッフもいただきまして、よくハフハフあんなのハフハフ即興でハフハフできるなあハフハフとハフハフいいながら感心しておりました。
でも先生。我が放送局の誇る最長寿番組「ハロー!クッキング!」の三十年の歴史において「今日のサプライズ」なんていうコーナー一度もなかったのに勝手に先生が呟くものですから、視聴者からあのコーナー継続するんだろ、しないならもう観ない、という脅迫めいた電話やメールが殺到しておりましてスタッフが悲しい悲鳴を上げています。
先生だからできますけど、25分枠で材料の残りものでもう一品作れったって、うちの父ちゃんが酔っ払ったときみたいなこと言うな、と他の先生方が嫌がります。まあ、こちらでなんとかしますけどね。

それとこれだけは本当に心から先生にお礼を言いたいのですが、通常の料理番組でよく使う、5分炒めた状態がこれでとか、オーブンに10分かけますとこちらの方にとか、の別準備が当然できませんから、全てリアルタイムの実演はさぞ大変だったと思います。
番組開始して急にトラブルが発覚し、材料投げられるのをポンポン受け取りながら慌てず騒がず時間内にまとめ上げたのですから本当に先生でなかったらどうなっていたかと。
エンディングの試食のところでは、フルマラソンのゴールシーンみたいに汗かいてハーハー言いながら先生卒倒寸前でしたねえ。
先生はもちろんスタッフに気を使ってそうは仰らないでしょうが、我々スタッフは全員倒れる方に賭けていました。
MCがケロッと「ああ、作りたてのハンバーグは、ハフハフ、ほんとに、ハフハフ、おいひーですねぇモグモグ」と言っているのを、もうそれは一人で風呂に入れなくなるくらい恐い形相で睨んでいるのを、うちのカメラマンがまた間違えて大写しで全国に流してしまいました。
トマトのこともあるので彼にはあとで指導しておきますが、生放送なのでカットできませんので前もってでありませんがご了承ください。
ご親戚の方なら親身になってあのカットのこと教えてくれると思います。

で、先生お味はどうでしたか。ライバルの考えたレシピは。
ええ!自分の考案したトマトソース煮込みハンバーグより美味かった?
やめてくださいよ!ご冗談は!
いやいやそんな落ちは想定外でした。私ども別の落ちを用意しているんですから。いやいや、今日一番汗噴き出しました。
先生、今日は本当に失礼しました。また改めて「カレーなるごろごろライスカレー」の回を設けますので、ぜひともその時はよろしくお願いいたします。
あ、もう二度とこのようなミスを繰り返しません。繰り返しませんが、万が一、万万が一、またMCに台本渡し間違えて、中華料理の陳先生の「ピリピリブーブー四川風酢豚」になったら、その時はまたうまくカバーのほどよろしくお願いしますね。
ね、先生この落ちの方が面白いでしょう。
せんせーい、ブーブーピリピリ怒らないでくださいよ。
お願いだから、ブタないで、モーたくさん!